第2話
「今日はありがとう、ゆっくりしたデートってほんとに楽しいね」
陽が落ちる頃、彼女の口から甘い言葉が吐き出される。
「あなたに彼女がいなかったら次の私の誕生日を祝って欲しいの」
そう言うと満面の笑みで俺から離れて、足取り軽く街の奥へと消えていった。
次会う約束ができない、なんて思っていた俺を見透かしていたのか天然なのか、彼女はずるい。
いつも誘われてる俺は、逆襲してやろうと考えた。
さよならして電車に乗る直前、次はこちらからデートに誘うと呟いて地下鉄に飛び乗った。
思えばなぜこんな関係になったのか、考えが甘かったのか彼女が俺より何枚も上手だったのか。
年の瀬に会ってそのまま一緒に初詣に行った時から、もう捕えられていたのかもしれない。
土日は働いている彼女と遊びに行くために、有給の算段を立てる。「こうやって会うの社会人カップルみたいで楽しいね」と微笑んだ彼女に心臓を鷲掴みにされたなんて言ったら笑われるだろうか。
どこに行こうか、仕事の合間に考えたがなかなかに思いつかない。チャットを飛ばしても「今度はあなたが考えてくれるんでしょう?」とすますばかり。やっぱり勝てない。
結局、プラネタリウムに行くことにした。晴れた日のお昼間に、彼女に星を見て欲しかったのだ。
木曜日の午後2時30分、地下鉄の改札で待ち合わせる。仕事を片付けたその足で向かった俺は、少し遅れていた。
急ぎ足で周りを見渡す俺を見つけると、彼女は俺の前に躍り出た。
「お仕事お疲れ様、星見に行くんでしょ!はやくいこ!」
そう無邪気に笑うと、彼女は左側を陣取った。
お日様の光を浴びたいからと地下から外に出る。
植物かよ、なんてつっこみながらゆったりと歩く。平日の川沿いは陽だまりが散歩してる。冬のはずなのに春の陽気を感じられるのは、隣にハーフアップの彼女がいるからなのか。
仕事のこと、共通の友人のこと、気が早いけれど晩ご飯のことを話しながらプラネタリウムを目指す。途中見つけたお店をひやかしたり、高いビルに上ってみたり。
もしかしたら俺はデートのイデアを手に収めてしまったのかもしれない。
星に意味は無いかもしれないけれど、それを繋いだ星座には物語がある。
ただの空気の振動が感情を揺らすのに似てる。彼女の声は、耳朶を優しく打つと星空へと消えていった。
いつかあの言葉も星座になるんだろうか。古代の人が語り尽くした中に、未来の物語はあったのか。消えてしまうかもしれないベテルギウスに、なにを重ねるべきなのか。
冬の大三角を彼女の白い指がなぞる。スバルを見る彼女と、双子座を探す俺の目が合った。暗かったけれど、たしかに彼女は形のいい唇を曲げて泣きぼくろを下げた。交差した眼差しの奥で俺は流れ星を見つける。
笑った顔は、悔しいけれどかわいい。
映画を観終わったような感覚を残して、俺たちはプラネタリウムを出た。水面は西陽を反射して歩く2人を照らす。太陽の光をもらってる月みたいだと、彼女はそう言った。
さっき観たことに引っ張られすぎでしょと笑ったけれど、その淡い感覚を大事にしたかった。
彼女は突然テレビが買いたいと言い出した、それを置く棚も。あまりに突然で笑ってしまったけれど、晩ご飯まで時間があるからと見て回った。
機能性にしか目がいかない俺と違って、彼女は色にこだわった。そう言えば彼女の部屋は白で統一されていて、たまに差し色でパステルカラーが入っていて綺麗だったなと思い出す。
今日の薄い黄色のスカートと白いニットを合わせた服装も同じかと気がつく俺は、惹かれる心を止めることができなかった。
夜の7時、俺たちはお寿司を口にしていた。
多いから2人で一貫ずつ食べようと頼んだ鰻を、やっぱり美味しいからと彼女はひとりでたべてしまう。
幸せそうに頬を膨らます彼女を見ていると、明日も仕事だなんて鬱屈はどこかへ飛んでいった。
刹那とは甘くてずるい。このお茶を飲んだら今日は解散で、次いつ会うかの約束なんて恥ずかしくてできないな、なんて少し感傷的になる。
そんな俺の気を知ってか知らずか、彼女は甘味を頬張っていた。
お会計を済まして駅へと向かう。マフラーを巻き直した彼女はいたずらっぽく笑うと、口を開いた。
流れ星は本物じゃなくても、願いを叶えてくれるらしい。
なんてことない、いつかどこかであったかもしれない話 七転 @nana_ten
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