三章
第九話
六花(第六人格)は城の中の玄関前に他の人格と共に集合し、四季が現れるのを待っていた。
「お待たせ」
四季がやって来て手を挙げた。その表情には普段の自信と利発さは備わっておらず、疲弊が強く滲んでいた。
「で、誰がやったの?」
「それを今から話し合うんだよ」
五木が肩を竦めた。相変わらず議論のイニシアチブはこの二人が握るようだった。それで良いと六花は思う。自分で何か思ったことや考えたことを口にするのは不得手だった。それに、二葉のようにしゃしゃり出ようとしても退けられるのは分かっている。六花はいつものように膝を抱えて聞き手に回った。
「ぶっちゃけ言うけど、五木。犯人はあんたじゃないの?」
「どうしてそう思うんだい?」
「昨日の夜コントローラーを預かっていたのがあんただからよ」
「視覚も聴覚もなく人を殺して首を切り取って持って来られるとでも?」
「あんた自分で言ったんじゃない。犯人には協力者がいるって。玄関で生首を受け取るくらいのことなら、視覚も聴覚もなくても出来ることだわ」
「なるほど筋が通っている」
五木は手の平を晒して降参のポーズを取った。
「昨日は可能性の一つとして挙げただけの共犯者説だが、より一層真実味を帯びて来たな。それを根拠に疑われると、効果的な反論が思いつかずに悩ましい。せいぜい、簡単に自分が疑われると分かっていて、何故そんなことをしたのかと言えるくらいさ」
「それは前回の私が主張したくてたまらなかったことよ」
「前回と今回とでは事件の質が違う。前回の議論でぼくが披露した推理では、殺人は偶発的に起きたということになっていた。しかし今回の事件では、犯人は明らかな悪意を持って行動している。この違いは大きい」
「ですが、どちらの事件でも、犯人は同じような犯行声明を残しています。つまりそれぞれは一連の犯行ということになり、ならば前回の事件も計画的に行われた可能性が高いのではないでしょうか?」
二葉が口を出す。五木は誰もそれに答えないのを確かめてから、口を聞くのも嫌そうに応答した。
「第一の犯行の時点では、殺人が起きたのはあくまでも偶発的だった。計画的だとすればあまりにも状況が杜撰だからね。しかしその後犯人の気が変わるなどして、第一の犯行を組み込んだ一連の連続殺人にシフトしたとも考えられる」
「ははあ。そうなんですかね」二葉は半口を開けて頷いた。
「計画的だろうと無計画だろうと、今回の犯行に関しては私は完全にシロよ。私はコックピットの鍵もコントローラーも持っていなかったんだからね」と四季。
「そうとも言い切れない。むしろ第一発見者である君はかなり怪しい。ホストとして起床時の肉体の操縦権を得た君は、隠し持っていた生首を机の上にセットすることが出来た。然る後に生首を発見したと喚いたのだとして何らおかしなことはない」
何らかの理由で肉体が強制的に覚醒させられるケースを除けば、虹川一子の朝はコックピットに座った誰かがコントローラーの電源を入れることで始まる。その役割を担うのは、ホストである四季だった。
今朝もそうだった。珍しく早起きした六花が何となく廊下に出ると、それぞれの自室から五木と四季が現れるところだった。寝ぼけていた六花が五木と身体をぶつけ合うというハプニングはあったが、その後はいつものようにコックピットの開錠とコントローラーの受け渡しがスムーズに行われていた。そして四季が最初にコックピットに入ったのだ。
「それでどうする? 昨夜のぼくは完璧にコントローラーを管理していたが、それでも事件が起きたことには変わりがない。ぼくもまた、四季のようにコントローラーの管理権を失うのだろうか?」
「そりゃそうでしょ。他人から役割を奪っておいて、自分だけ例外だなんてムシが良すぎるわ」
「なら誰に管理を任せるね? ぼくも四季もダメで、三浦は既にコックピットの鍵を管理している。となると」
「わたしですね。六花さんでも良いですけど、わたしが長子ですし」
二葉が気持ち胸を張って前に出た。
「六花、頼むわ」
四季に言われ、六花は頷いた。二葉は落ち込んだ表情をした。
「二葉よりマシだからあんたに頼むけど、あんたにちゃんと管理できる?」
「大丈夫だよ。しないで子供扱い」
「あっそ。じゃあ任せたけど、ちゃんと鍵を掛けて寝るのよ」
「四季ちゃんに言われたくない」
六花は抱えた膝に顔を埋めた。
「それでどうするの今日は? 学校には行かないけど、美術予備校には行くんだよね?」
「そのつもりだけど?」
「だったら今日のプレイタイムもそのままで良い? 生首の話聞いて無理だと思ってたけど、予備校行くんならその前の一時間、友達と遊びたい」
「こんな時まで? まあ、良いけど。いやぁ、子供は遊びに貪欲よねぇ」
四季は他愛もないものを見るように苦笑した。
「手と足の他に、ツメがある体の部位はどこ?」
「分かんない」
ビーちゃんの問いかけに、六花は答える。
「正解は脳。脳って漢字には『ツ』と『メ』が入ってるからね」
「へえ。面白い」
「じゃあ次。どんな色の服を着ても黒くなるものって何?」
「それも分かんない」
「答えは影。じゃあ最後、世界で一番難しいなぞなぞって何でしょう?」
「全然分かんない」
「答えは『世界で一番難しいなぞなぞって何でしょう?』というなぞなぞだよ。世界一のなぞなぞなんて誰にも決められないでしょう? それに問題と答えが同じなら、永遠に同じことが繰り返されて絶対に答えが出なくなるから、それは世界で一番難しいとも言えるの」
「おもしろい」
公園のベンチでビーちゃんと共に腰掛けながら、六花はなぞなぞを楽しんでいた。
六花は年齢相応にそうしたなぞなぞを好んでいたが、それ以上に重要なことは仲の良い友人と時間を共有するということだった。六花の心は弾んでいた。ビーちゃんもまた、出題役として六花に問題を解かせることを楽しんでいる様子だった。
「すごいねビーちゃん。良く思い付くね。そんななぞなぞ」
「ネットに書いてあるの持って来てるだけだよ。自分で考えることもあるけど、調べた方が早いから」
「へえ。そうなんだ」
「でも他人よりはたくさん知ってる方だと思うよ。家族の中でこういうのが流行る時は、割とあーしが出題役を独占してるしね」
確かにそういうタイプはいる。六花の交代人格達の中では意外にも二葉がそれだったことがある。五木があからさまに瞬殺しすぎるので(昔は彼も二葉と口を利いた)、やがてそうすることは少なくなっていったが。
「出す方が楽しいよ絶対。皆優しいから付き合ってくれるしさ」
「ビーちゃんは大家族なんだっけ」
「そうだよ。家は狭いからすし詰め状態だけど、その分賑やかで楽しいよ。いーちゃんとかはうるさそうにいつもアタマを抱えて蹲ってるんだけどね」
「いーちゃん?」
「末っ子だよ。ちょっと六花ちゃんに似てるかな。大人しいけど上の子に従順で空気も読むから、自然と周りに守られる感じ。一番下の子ってそういう感じになるのかもね」
「それはその……場合によると思うけど」
六花が大人しいのは、最も歳の近い長子にあのうるさい五木がいるのが大きい。五木は六花を言いくるめ無力感で押さえつけるばかりで、年が近い癖に、仮初にでも肩を並べてくれることはなかった。
守られているという実感もない。二葉と三浦は六花にとっても盾と矛だが、それは家族全体にとってそうなのであって、六花個人が守られているのとは違う。四季は色んな局面で頼りになるし、気を利かせてくれることもあるが、反面自分のことを味噌扱い・子供扱いするところもあった。
虹川一子として生きて行く上で対話や協調が必要な場面は多々あるが、六花の主張が取り入れられることはほぼなく、またあえて意見する程の関心もなかった。勝手にやってくれという感じだった。そして主張はしないが責任も取らないという六花のスタンスは、四季や五木にとって好むところだったらしく、二葉のようには煙たがられることもなかった。
だがそれでも六花という魂は常に孤独を抱えていた。
「かくれんぼをしよう」
物思いにふけっているとビーちゃんが提案をした。六花は頷いてじゃんけんをして鬼を決めた。目を閉じて数を数えているとビーちゃんの隠れる音が聞こえて来た。
「もういいよ」の声を聞いて六花はビーちゃんを探し始めた。必敗に近い鬼ごっこよりマシだが六花はかくれんぼの勝率が悪かった。ビーちゃんの方が遥かに背が高く不利なはずなのに、この広くもない公園で彼女は驚くほど上手く隠れた。
だが今回はきっと見つけ出してやる。六花はそう意気込んだ。
「おい虹川。おい」
腕を掴まれた。
振り向くと男が二人いた。美術予備校の同級生だった。一人は泰然と腕を組みもう一人は憎悪に満ちた表情で六花を睨んでいた。睨んでいる方の顔は包帯で固定されており青黒い痣がはみ出していた。
「おまえ。前は良くもやってくれたな」
覚えがなかった。だが心当たりを探ることが無意味だと六花は知り抜いていた。どうせ三浦か五木あたりが作って来た敵に違いなかった。
「顔貸せよ」
六花は公園の公衆トイレの中に連行された。強いアンモニアの臭いがして六花は顔を顰めた。碌に掃除されていないのはそれだけ寂れているからで、よって誰かが入って来て助けてくれることも期待しづらかった。
「良くも俺のことをゴミみたいに路地裏に捨ててくれたよな。こっちは鼻の骨を折ったんだぞ。ちゃんと謝れよ」
どうやら、雪の描いた絵を汚そうとして三浦に殴られた男らしい。這いつくばって謝れば穏便に済む可能性もあったが、鼻白むあまりまともに声も出せなかった。
「何とか言えよ!」
男は六花の腹を殴った。鳩尾を痛打した六花はその場に蹲った。相手は六花と違い男性であり背が高く体格もたくましかったが、それを理由に手加減を求めるには、以前の三浦はやり過ぎていた。
「謝れって言ってるんだよ!」
蹲った腹に更なる蹴りが襲い掛かる。息が出来なかった。身動きが取れなかった。あまりの痛みに六花は目の涙が浮かぶ。この痛みから逃れる為なら六花は喜んでこの身体から出て行きたかった。
六花は迷わずにそうすることに決めた。後のことはどうでも良いから、とにかく今この痛みを肩代わりしてくれる存在に、六花は助けを求めた。
次の更新予定
虹川一子と五つの棺 粘膜王女三世 @nennmakuouzyo
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