サイバーソードマン

黒江次郎

1.01

『闘いの準備はOK?』


 埃をかぶったアーケード筐体から、ラウンドコールが響く。


 ここはアンダーワールドのゲームセンター、南湖ナンコの地下フロア。店内は薄暗く、壁には色あせたポスターがべたべた貼られている。


 ずらりと並ぶ筐体は、どれも昔懐かしのレトロゲームだ。操作するのはレバーとボタン。画面は発色が悪い液晶パネル。まともに動く台は数えるほどしかない。


 おれはそのうちの一つ、2D格闘ゲームの『The Wish of Fighters』をプレイしていた。


〈だぁーっ! 今の反撃できただろ?〉

 パーカーのフードから、トカゲ型の機械獣メカビーストがひょっこり顔を出す。〈この下手っぴ!〉


 男とも女ともわからない、電子音声の罵倒が脳内に響く。ニューロLINKでの会話だ。


〈頭のなかでわめくなよ、ちびトカゲ。黙って見てろ〉

〈ぼくはトカゲじゃない! 強ぉいドラゴンだぞっ!〉


 このアホはリュウ。長い付き合いだが、名前以外はなにも知らない。


 男なのか女なのかも、なぜゴーストとして機械獣メカビーストのROMに憑依したのかもわからない。自分のことをあんまり話したがらないヤツだし、こっちも詮索する気はない。


 口は悪いし勝負事が絡むとすぐムキになるが、頼りになる相棒だ。一匹狼のおれがアンダーワールドで20年間生きてこれたのも、この奇妙な協力関係があってこそだ。


〈あーあ、画面端まで追いこまれちゃったよ。どうすんのさ?〉

〈たまには希望を見せてやらないとな? こいつがゲームやめちまったら、また対戦相手がいなくなるぜ〉


 リュウの茶々入れをスルーしつつ、おれは〝ジャスティスソード〟の操作に集中する。


 WoFのキャラクターは、ヒーロー陣営とヴィラン陣営に分かれている。


 ジャスティスソードはヒーロー側だが、見た目は限りなくヴィランに近い。デフォルトのスキンは全身黒ずくめの甲冑。両手に構えるのは、禍々しいオーラを放つ魔剣タルタロスだ。


 それでも、おれはジャスティスソードが一番のお気に入りだった。


 ヒーローでもヴィランでもない、曖昧なキャラ付けがいい。魔剣の闇に呑まれながらも、最後に正義を貫く。それがジャスティスソードの生き様アティチュードだ。


 スラム出身という共通点もあってか、おれにはどこかこいつが他人とは思えなかった。


 画面下のゲージが満タンになり、ジャスティスソードの魔剣が赤く輝く。そろそろ終わらせるか。


 勝ちを焦ったのか、敵のヴィラン〝マッドサイエンティスト〟が前ジャンプで飛びこんでくる。おれはすばやくコマンドを入力すると、必殺技のカースブレイカーでKOした。


「くっそー! また負けかよぉ!」


 筐体の向こう側で、ドレッドヘアの黒人が叫ぶ。


 名前はリー。この廃ビル周辺で、宅配ドローン狩りをシノギにしている不良のリーダーだ。


 何度か一緒に仕事セッションした仲でもある。おれもリーもこの街じゃ外人ガイジンだから、人種は違うがよくつるんでいた。


「お前さぁ、マジで強すぎだろ。チートかよ」


 リーが盛大にふてくされる。


 おれはくしゃくしゃの叶和圓イェヘユァンを一本引き抜くと、左手の〝盗賊の七つ道具マルチツール〟で火をつけた。


「おれが一番嫌いなモンを知ってるだろ、リー」

 青紫色の煙をふうっと吐く。「チーターだよ。もう一戦やろうぜ」


「あー、今日はやめとく。そろそろ稼ぎに出ないと」


 視界の端に浮かぶデジタル時計に目をやる。もう夜か。


 リーは椅子から立ち上がると、自分のタバコに火をつけた。アフリカ系部族の刺青タトゥーが、ネオンの光を浴びて淡く発光する。


「あんた、そんなに強いんだからさ。次のTGFに出たらいいのに」


 TGF。テンカク・ゲーム・フェスティバル。このクソみたいな街、世界セカイドームで毎年行われるゲームの祭典だ。


「そしたら、おたくの勝ちにカネ賭けるから。これがWin‐Winってやつ?」


「馬鹿いうなよ、リー」

 ボロいスニーカーのつま先で、目の前の筐体を蹴飛ばす。「このレトロゲームとはワケが違うんだぜ。まともなサイバネ抜きで勝てるほど甘くねえだろ」


「そりゃそうだけど」リーは肩をすくめた。

「でも、ふと思ったんだよ。勝負師の勘っていうかさ。もしかするとあんたなら、奇跡ミラクルを起こせるかもって……」


 リーの声は尻すぼみになり、やがてタバコの煙とともに消失フェードアウトする。


 リーだって理解してるはずだ。おれたちは所詮、路地裏のドブネズミにすぎないってことを。


 TGFの由来でもある天閣テンカクタワーの周りには、上位ランカーって呼ばれる連中がゴロゴロいる。ヤツらはみな金持ちリッチだ。貴族階級ノーブルだ。新しいスニーカーを買うみたいに、最新流行のサイバーウェアを次々とインストールする。


 アンダーワールドの住人がゲームに参加するのは、生身の体で戦車に突っ込むような自殺行為セルフ・キルに等しい。


〈いいじゃんか、そろそろ予選も始まるだろ?〉

 耳のなかでノイズが走り、リュウが会話に割りこんできた。〈参加しろよ。TGFにさ〉

〈おいおい、冗談だろ?〉


 だが、リュウの声音はいつになく真剣だった。


〈このガキがいってるみたいにさ、きみの才能は本物だ。きみはアホだしスケベだけど、天性のゲームセンスはぼくも認める。粗悪品の戦闘用バトルギアでもいい。敵にダメージを与える手段があれば、最高にファッキンいい勝負ができるはずなんだ。あと何回か仕事ギグをやって、あぶく銭ファッキン・マネーを稼げば――イテッ〉


 おれはくそファッキントカゲの脳天にデコピンしてやった。チョップしなかったのはおれの優しさだ。


〈ボケたこといってんじゃねえよ、リュウ。おれにはいつも、〝現実を見ろ〟ってお説教するくせに〉


〈おやおや、現実見えてないのは事実だろ?〉

 リュウの両目のセンサーが赤く光る。〈ろくに働きもしないで、毎日ザコを相手にレトロゲーム。きみのその生き方ライフスタイル、すっごくダサいぜ?〉


 こいつ、スクラップにしてやろうか。


 だが、リュウのひと言におれは黙りこんだ。


〈きみ、ゲーム好きだろ? ほんとは心の底からゲームを愛してるだろ?〉

 トカゲ野郎が畳み掛けてくる。〈だったら、当たって砕けろよ。どうせ負けるなら、ド派手に花火を打ち上げてやろうぜ?〉


〈けっ、簡単にいいやがって〉

〈それにね、次のTGFは特別﹅﹅なのさ〉

〈あぁ?〉

〈伝説が生まれるんだ。ここだけの話だけど――〉


 リュウがなにかいいかけた瞬間、外でデカい爆発音が聞こえた。


 まるで地震みたいに建物全体がぐらつく。銃撃戦なんてしょっちゅう起こる街だが、こいつは桁が違う。グレネード・ランチャーでもぶち込まれたような衝撃だ。


「ブースターだ!」

 リーの手下の筋肉野郎1号が、慌てた様子で店内に飛びこんできた。「連中、すぐそこまで来てる!」


 ブースターギャング。犯罪目的でサイバーテクを埋めこんだ、タチの悪い連中だ。


「ちっ、ツイてねえな」おれも椅子を蹴って立ち上がる。

「リー、お前もとっととズラかれよ」


 だが、ふり返るとリーの姿はすでに消えていた。さすがの逃げ足だぜ。


〈なぁ――〉

〈話は後にしろ〉


〈そうじゃないって〉

 リュウが低い声でささやく。〈もしかすると、チャンスかもしれないぞ〉


〈この状況がか? ブースターどもの改造フランケンバイクでも奪えってか?〉

〈いや、このビルの真下に死にかけの男がいるんだ。ここで問題。そいつの右腕はなんだと思う? 正解は――ジャジャーン、未登録の戦闘用バトルギアさ〉


 おれはごくりと唾を呑みこんだ。〈マジかよ〉


〈信じるかどうかはきみ次第さ。でもこんなチャンス、二度とないぜ?〉


 筐体の画面が切り替わり、CPU戦が始まる。あのラウンドコールが聞こえてきた。


『闘いの準備はOK?』


 パーカーのフードを深くかぶり、〝マルチツール〟のダイヤルを切り替える。ああ、OKさ。


〈ラスティ、ほら早く〉

「わかってるって。さぁ、ブッ飛んでいこうぜレッツ・ロックンロール!」


 おれはガタつく窓枠に足をかけると、廃ビルの闇のなかへ飛びこんだ。

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2024年12月20日 10:00

サイバーソードマン 黒江次郎 @kuroejiro

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