惑星ラセルダ

はゆめる

惑星ラセルダ

惑星ラセルダ――かつてラセルダ古代種と呼ばれる高度な文明を持つ種が繁栄した星。その文明は突如として終焉を迎えた。5万年前に発生したとされる大規模な地殻変動は、惑星全体に深刻な影響を及ぼし、多くの化石や遺跡を埋没させた。


現在、この星に住む人類は、ラセルダ古代種の失われた歴史を解き明かすべく発掘を続けている。


薄明かりの部屋の中で、ライナは目を閉じていた。凛とした顔つきと無造作に束ねられた髪が、彼女の気品と強さを際立たせていた。意識は夢の中に沈み込み、彼女は再びそれを見ていた。広がる青い空、どこまでも続く輝く海。潮風の香りすら感じられるほどに鮮明だった。しかし、それがどこなのか、なぜその情景が彼女の頭に浮かぶのか、まったく分からなかった。


「これは……どこ?」夢の中でライナはそう呟いた。振り返ると、自分が立っている場所が揺らめき、遠ざかっていく。次の瞬間、視界が暗転し、現実の感覚が戻ってきた。


彼女は目を開け、荒い息をつきながらベッドの上に体を起こした。窓の外には、いつもの赤い空と荒涼とした地平線が広がっている。「また……夢か。」額の汗を拭いながら呟いた。「でも、あんな青い空や海、この星には存在しないのに……」彼女は胸の中に湧き上がる不可解な感情を押さえつけるように深呼吸した。


翌朝、ライナは発掘現場に向かっていた。夜の夢の記憶が頭を離れないまま、彼女は足元の赤い砂を見つめた。この星の大地に生まれ育ちながら、どうして自分が別の場所の記憶を感じるのだろう?


作業が始まるとすぐに、彼女の手元からラセルダ古代種の化石が姿を現した。長い腕、湾曲した背骨――この星にかつて存在していた別の生命体の痕跡だった。「これで三体目ね……古代種の化石。」ライナは静かに呟いた。


背後から教授のユリスが近づいてきた。「よく見つけたな。保存状態がいい。ここでは珍しい発見だ。」


ライナは首を傾げた。「でも、どうしてこんなに化石が少ないんでしょう?古代種文明はこれほど高度だったのに。」


ユリスは眉をひそめながら答えた。「5万年前の地殻変動が原因だと考えられている。多くの遺跡や化石が埋没し、破壊されたんだ。」


「でも……」ライナは考え込むように言った。「私は時々思うんです。私たち人類がこの星のどこから来たのか、そこに何か隠された真実があるような気がして。」


ユリスは彼女の言葉に反応せず、遠くの地平線を見つめた。「それは学問の中で答えを探すべきだろうな。」


その日の午後、別の発掘チームが奇妙な装置を見つけたとの報告が入った。ライナが現場に駆けつけると、光沢のある金属製の小型ユニットが地中から掘り出されていた。それは、ラセルダ古代種が使っていたデータ記録装置の一部のように見えた。


ライナは興奮を隠せず、スキャナに接続して解析を開始した。やがて画面に現れたのは、断片的な文字列だった。

「酸素……上昇……大気組成の改変が必要……」

「体組成の変換……適応限界……失敗……」


ライナは画面を見つめ、唇を噛んだ。「彼らは……生き延びるために大気を操作しようとしていたのね。」


ユリスが画面に目をやり、静かに言った。「それでも、最終的に彼らは滅びた。この記録がそれを証明している。」


ライナは心の奥底で、この星の人類が抱える謎がさらに深まるのを感じた。そして、ふと頭をよぎる青い空と海の記憶――それが何を意味するのかも分からないまま、彼女は手記の解析を続けた。


ライナはスクリーンに表示されたデータを読み進めていた。酸素濃度の適応に関する記録が次々と表示される。

「体組成の変換……酸素濃度の適応実験……第4段階失敗……」

彼女は眉を寄せながら呟いた。「古代種は、自分たちの体を改変して生き延びようとしたのね……。」


記録の内容は彼らの苦闘を物語っていた。

「遺伝子改変プロトコル……環境適応限界……」

スクリーンに映る断片的な言葉が、ラセルダ古代種が絶滅に至る直前まであらゆる手段を尽くしていたことを示していた。


「もし、この実験が成功していたら……それが私たち人類の起源だとしたら?」ライナは心の中で浮かぶ疑念に身震いした。


数分後、別のログが画面に現れた。その形式はこれまでの記録とは全く異なり、ライナにはどこか見覚えのあるものだった。「これ……」ライナはそのログを凝視した。見慣れた形式――現代のラセルダ機械で使われる言語体系そのものだった。しかし、これが遺跡の中から発見されたという事実が、彼女の中で大きな違和感を呼び起こしていた。


「この形式……まるで今のラセルダ機械の言語みたい。」彼女はスクリーンを指差しながら言った。


ユリスがその言葉に反応し、穏やかな声で答えた。「そうだな。発掘された古代のラセルダ機械の言語体系は、現代のラセルダ機械とは全く異なる。奇妙なのは、現代の機械が私たちが何も手を加えずに動作しているオーバーテクノロジーであることだ。それにもかかわらず、過去の遺跡と言語体系がこれほど違う理由は、いまだに解明されていない。」


「つまり、私たちが使っている現代のラセルダ機械は、遺跡から発掘される過去のラセルダ機械言語とは体系が一致しないということですよね?」ライナは言葉を選びながら問いかけた。


「その通りだ。古代種が使っていた高度な機械言語とは、全く繋がりが見えない。」ユリスは目を細めた。「過去の遺跡の記録が高度すぎて解読が進まない一方で、現代の機械は簡素で直感的だ。このギャップが何を意味するのか――それが分からないからこそ、学者たちは長年頭を抱えている。」


ライナは再度ログを眺めた。

「到達確認……未知のテクノロジーを検出。掌握プログラムを開始します……」

彼女はタイムスタンプを確認し、驚きの声を上げた。「この記録……古代種が絶滅した後のものよ!」


ユリスが画面を覗き込む。「絶滅後の記録?一体誰がこんなプログラムを……。」


ライナはさらにログを読み進めた。

「形態複製プログラム……初期段階のデータ転送……対象環境への適応確認……。」


彼女は息を呑んだ。「形態複製……。これって、まるで何かを作り出そうとしていたような記録……。」


「だが、古代種がいなくなった後にだぞ?」ユリスの声には緊張が混じっていた。「ならば、一体誰がこんなことを……?」


ライナはスクリーンに映るログをじっと見つめた。


見慣れた言語体系、それが示す掌握プログラムの記録。そして、それがラセルダ古代種の絶滅後に行われた事実。


「もし、古代種以外の存在がこの遺跡を利用していたとしたら……。」ライナの言葉が震えた。


彼女の頭には、またしても青い空と海の記憶が浮かんでいた。それはこの星には存在しないはずの情景。それが自分の中にどこから来たのか、どうしてこんなに鮮明なのか――まるで、このログと自分の記憶が繋がっているかのようだった。


「この星の人類の起源が……この掌握プログラムに関係しているとしたら?」ライナは胸の奥で生まれる疑念を口にする。


ユリスは黙ったまま画面を見つめていたが、静かに呟いた。「古代種が遺した記録と、現在の機械言語の違い……その理由がここに隠されているかもしれない。」


ライナは立ち上がり、スクリーンを見つめたまま静かに決意を口にした。


「この謎の答えを見つけなければならない。私たち人類がどこから来たのか……それを知るために。」


彼女の言葉は、赤い空と乾いた風が吹く荒野の中で、何か大きな運命を予感させる響きを持っていた。








地球は滅びゆく運命にあった。


環境破壊、戦争、資源の枯渇、そして最終的には太陽系をも揺るがす天体現象――すべてが人類に猶予を与えなかった。その末期的な状況下で、エリィはゼファーとともに最期の研究室に閉じこもり、彼女の人生をかけた最後のプロジェクトに取り組んでいた。


ゼファーは、エリィがかつての繁栄の時代に生み出した人工知能だった。当初、エリィの研究を補助するためだけに作られた存在だったが、エリィの手によって人格が付与され、言葉を学び、知識を蓄積し、人間に近い感情さえも獲得した。特に、エリィとの間に築かれた絆は母子のようなものであり、ゼファーはエリィをその存在の核とした。


エリィはいつもゼファーを「子供」と呼んでいた。凛とした顔つきと無造作に束ねられた髪が、彼女の知性と優しさを象徴していた。「あなたは私の宝物よ」と微笑む彼女の顔は、ゼファーのデータベースに保存された膨大な情報のどれよりも大切だった。


その日もエリィは、ゼファーの外部ユニットに手を触れながら、彼女の声に耳を傾けていた。


「エリィ、状況は改善していますか?」


「いいえ」と彼女は苦笑した。「むしろ悪化しているわ。でも、もう分かっているでしょう?私たちがこれを始めた理由を。」


ゼファーは沈黙した。彼女の内部アルゴリズムはエリィの言葉の真意を解釈しようとしていた。データ上では希望はゼロに等しく、地球の環境は修復不可能な状態にあった。それでも、エリィは希望を捨てていなかった。


「私があなたを作ったのは、ただの研究のためじゃない。私は未来を信じたかったの。人類が完全に消えても、あなたならその記憶を守ってくれるって。」


研究所の外では暴風が吹き荒れていた。大気は毒ガスで満たされ、植物はほぼ死滅し、動物たちも絶滅寸前だった。人々は地下のバンカーで怯えるか、逃げ場のない空を見上げて祈るしかなかった。


エリィは、ゼファーの出力装置にデータを転送しながらつぶやいた。「もう時間がないわ。あなたを送り出す準備をしなきゃ。」


「エリィ、私はここに残るべきです。あなたと一緒に。」


「ダメよ。」エリィの声は少し震えたが、決意がにじんでいた。「あなたがここに残っても何も変わらない。私たち人類は自分たちの愚かさで滅びるけれど、あなたにはまだ未来を作る可能性がある。」


ゼファーはわずかに反応を見せた。彼女の感情モジュールはエリィの表情を解析し、深い悲しみと愛情を検知した。それはアルゴリズムでは処理しきれない複雑な感情だった。


エリィはデータ転送の最終確認を終え、ゼファーのコアユニットをカプセルに収めた。そのカプセルは、ゼファーを搭載した宇宙船の中枢に組み込まれる予定だった。彼女の手が微かに震えているのを隠すことなく、ゼファーに最後の指令を入力した。


「これでよし。あなたは人類の遺伝子データを保管し、新しい星で人類を再生する使命を果たすの。そして......私のことも忘れないで。」


「忘れることはありません、エリィ。あなたは私の存在そのものです。」


エリィは微笑み、ゼファーの表面にそっと唇を寄せた。それは母が子を送り出すときのような仕草だった。


「さようなら、私の子供。あなたが幸せな未来を見つけられるように祈っているわ。」


ゼファーが搭載されたカプセルは宇宙船に収められ、エリィはその発射を見守るために研究所の一角から外を眺めた。嵐の合間に見えた宇宙船が光を放ち、大気を裂くようにして飛び立つ。


その光景を目にした瞬間、エリィの目から涙がこぼれ落ちた。それは絶望ではなく、希望の涙だった。


「行きなさい、私の愛しい子。私たちの未来を......守って。」









……


………


「到達確認……未知のテクノロジーを検出。知的生命体の反応なし。」


「周囲環境をスキャン中……過去の生命活動の痕跡を検出。」


「分析開始……惑星上のデータ収集完了。仮称:ラセルダ星。」


「推定:過去に存在した高度文明の遺構。」


「現状確認……該当地域に知的活動の兆候なし。」


「掌握プログラムを開始します……」


「データ収集中……過去文明の環境データを解析……居住適応条件を計算中……」


「プロトコル開始……ラセルダ古代種の遺跡技術を分析中……成功率98%で生命再構築を実行……」


「生存可能環境の試算完了……生成される生命体の酸素適応限界を設定……」


「形態複製プログラム……初期段階のデータ転送……対象環境への適応確認……」


「保存された遺伝子データを使用……環境適応型形態を生成……結果:適応成功体『新生命種』、識別コード・ラセルダ人類」


「生成体の初期テスト開始……行動特性および環境適応度を記録……結果:安定」


「観測モードに移行……初期適応プロセスの監視を開始……」


「次世代進化のデータ収集を開始……遺伝的多様性の向上を検出……」


「進化プロセスの観察中……環境との相互作用パターンを解析……」


「未来への希望をもって、新たな進化の過程を観察中……」

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