セレ女の御姫様
週末、クラスメイトたちとアニメショップに行って、BL本の新刊を買った。ホクホクとした気持ちでその後は一緒に、カラオケに行った。
私が歌うのは、クラスメイトの希望で男性アイドルグループの曲だ。甘い愛を囁く系のポップスである。
「僕の御姫様~♪ 12時になっても離せやしない~♪」
「キャーッ!!! ヘレン様上手~!!」
「惚れ惚れしちゃいますわ……!!」
カラオケの採点でも、90点にはいかなかったけど、「色っぽい歌声ですね。思わず引き込まれような魅力があります」とコメントが表示された。
「医達さん、こんな特技があったのですね……!!」
「え、いやあ、別に特技ってほどじゃないよ。実際今、90点行かなかったし」
「機械は所詮機械ですわ!」
「とても魅力的な歌声だと思いますの!」
クラスメイトにべた褒めされた私は、「意外とこんな長所が自分にはあったのかも?」と気分が良くなった。
――
その日の晩、課題をやっていると、自室のドアがノックされた。「どうぞ」と入室を施すと「ヘレンちゃーん」と母が入ってきた。
「今日ね、松田さんと一緒にショッピングに行ってきたの」
母は片手に紙袋を携えていた。
「あら、良かったですね」
「ええ。これ、ヘレンちゃんにも見てほしいのよ」
「じゃーん!」と、母はピンク色のワンピースを取り出した。フリルとリボンがふんだんに使われているそれ。母はエレガントで大人びた婦人服が好きだ。こんな服を着る趣味はない。もしかして……。
「ヘレンちゃんに似合うと思って」
「きませんよ」
「ええー!」
「ぶぅ」と口先を母は尖らせたが、嫌なものは嫌だ。また、兄に「ぶりっ子」と馬鹿にされる。いや、兄だけではない。クラスメイトも、街行く人も、「何あれ」って反応をするに違いない。
「ええー、でもでも、着てほしいのよ」
「着ませんからね」
「あ、じゃあクローゼットに入れておくから、気が向いたら着るのよ」
「話を聞いてください」
私の部屋に繋がっているクローゼットルームに、母は入っていった。
絶対に、あんなに可愛い服を着ることはない……。
四年前、私のオシャレをみた兄とその友達の言葉は、私の柔らかくて大事な部分をエグった。
……。ああ、嫌なこと思い出した。課題が終わったら今日アニメショップで買ったBL本を読み耽ろう。
――
先日クラスメイトに歌を褒められて、いい気分になった私の趣味の欄に、「BLを読むこと」の他に「カラオケ」が追加された。
金曜日の放課後、帰宅部の私は一人でカラオケ屋に来ていた。受付で案内板を受け取り、指定の部屋に移動する。採点機能をオンにして、始めに適当な曲を流して音量を調整。これでよし。
私は歌い始めた。バンドのポップロックに、クラスメイトに褒められた男性アイドルグループの曲に、個人的推しBLカプのイメソンのボカロ。流行りの曲が多かった。たまに、ドリンクバーやトイレに行く。採点は80~87点の間だった。
一時間を過ぎたころ、私はこんなことを思っていた。
そろそろ、90点をとってみたい……!!
だから試しに、歌いやすいかつ、カッコイイ系の曲を入れ始める。けれど、どれも90点には程遠く、85点前後だ。コメントには「無理をしている感がある」「歌い始めがやや焦り気味」「うろ覚えのところがある」などと表示された。
「現実は厳しいな」
ふと、目に入った、デンモクのホーム画面にある「若者におすすめの曲特集」というボタンをタップする。半分ぐらいは私が先ほど歌った曲だったが、その曲名を見て息が詰まった。
『ミラクル・プリティー・オリジン☆』
小さい頃見ていたアニメの曲だ。カラフルで、キラキラしていて、私はそのアニメが好きだった。歌詞はばっちりと覚えている。もちろん曲調や音程も。
どくん、どくん。
「あっ」
気が付けば、私はその曲を予約していた。キラキラとしたイントロが始まる。
……今更、曲を取りやめるのもな。せっかくだし、歌ってみよう。
「は……始まりは、いっつも~、わくわく~♪」
やばい。歌い始めの声が震えた。それにちょっと恥ずかしい。
そういえば、この曲は主人公ちゃんの声優が歌っているんだよな。……90点とるには、主人公ちゃんになりきったほうがいいのかも。
「きゅんきゅん、しっちゃうよ~♪ キラキラ! オープンユアハート♪」
主人公ちゃんは、もっと能天気で声が高くて弾んでいると思う。なりきりと思ったら、それを再現できた。私だって、いつも学校で王子様を演じているんだ。その逆もできた。
……私、今恥ずかしい事をしている。知人に見られたら、内心ドン引きされそうなことをしている。
……けど、けど!!
めっちゃ、楽しい!! なにこれ、私が私じゃないみたい。なのに、存在が全肯定されているような感覚。
抑圧から解放されたみたいに、ドーパミンが脳みそ中を駆け巡る。
楽しい、楽しい!!
「あ、終わった……」
気づいたら、曲が終わっていた。
採点は、92点。
「うっそ……」
それから強烈な快楽と成功体験により、私は可愛い曲を歌うのにハマってしまった。
――
私はそれから、金曜日の放課後にカラオケ通いをするのが通例になった。
余談だが、初めて萌え系の曲を歌ったあとの日にクローゼットルームを見たら、母の買ってきたフリフリのワンピースが、一種類だけじゃないことに気づいた。水色やベージュ、黒もある。あの人、ちゃっかりと遺していったな……。
一旦家に帰って、クラスメイトとばったり会っても良いよう、カッコイイ系の黒コートの下にフリフリのワンピを着る。さらにカラオケから帰ってきたあとの時間は自室で、こっそり動画サイトで萌え系電波ソングを開拓する日々を送った。インターネットアイドルなどの曲にも詳しくなった自信はある。
――
私はその日、土曜日にカラオケ店にいた。いつも平日の放課後に行くので、休日の昼間のカラオケ店という空間に好奇心が沸いたのだ。結論から言うと、ただ料金が上がっただけだった。……それでも、歌う事は楽しいからいいんだけどね。
「きゅんっ、きゅんっ♪ キラキラの、魔法をかけて、あーげるっ♪」
黒コートは入室時点でハンガーにかけた。晒したフリフリのピンクのワンピースで、ノリのまま飛び跳ねたり振付をしながら、地声と裏声の境目を意識して歌う。
「あー、89点か……惜しい」
機械の採点は、ギリギリ100点に届かなかった。私が90点以上を取れたのは、初めて萌え曲を歌った日だけだ。コメントには「アレンジが強すぎます」と書かれている。うーん、歌っているうちにテンションが上がりすぎたからかな?
そのとき、急に誰もいないはずの部屋から、パチパチパチパチ!と音が響いた。
「?!」
「すごーいっ!!! めちゃめちゃ歌うま!!」
音が鳴った方向を見ると、同い年くらいの女の子が立っていた。私とは違って、顔がかわいい系だ。え、私が一人で予約した部屋に、なんでここに……?!
「へ……あの……」
「低音も高音も綺麗で、原曲を引き立てるような解釈の選び方にぐっときちゃった!! 」
まさか、褒められるとは思わなかった。疑問を素直に口にする。
「……キモくはなかったですか?」
「え、なんで? めちゃくちゃ可愛かったよ」
「可愛いって……うふふ……」
思わず両頬が熱くなり、両手を当てる。……あ、ヤバい。「うふふ」という声が高くなっていた気がする。私の地声は結構高いのだ。人と話すときは、意図して声を低くしている。学外で「ごきげんよう」と言わないのと一緒だ。キモがられたくない。
「って、そうじゃなくて、貴方なんでここにいるんですか?」
私は気を取り直して、常識的なことを言う事にした。暗に「店員さん呼びますよ」とちらつかせる。
「あっ、そうだった!! ごめんなさい、私部屋間違えちゃったみたいで……」
女の子は、素直に謝ってくれた。なるほど、間違えたのね。謝り方が「すまん」でも「めんご」でもなく「ごめんなさい」だったので、その礼儀正しさに免じて許すことにした。その矢先。
「燈ー!!!」
バッ!! 扉が蹴破られる。
え、何々?! 予想外の乱入である。
「お、おねえちゃん?! 」
あ、この女の子の家族なんだ。黒髪の少女は、蹴破った扉を手でおさえて、こちらを睨みつけていた。
「GPSの反応がトイレじゃなくて隣の部屋からしていたから、心配になってみにきたの」
「あ……ごめんね、遅くて。心配させちゃったね」
「謎の少女に部屋に連れ込まれているじゃない! 何?! 百合セでもするの?!」
「何言ってるの、おねえちゃん!?」
ええ……なんだこの人。
「どうした?」
……また新しく人が増えたし。
ああもう、腹いせにこの男の人でBL妄想しよう。
この人、めっちゃ顔が整っているな。芸能人みたい。なんか、アイツに似てるな。えみりぃ=ふらん先生の描く攻めのフレイア。ワンコ攻めが行き過ぎて変態臭いところも愛らしい男だ。そして、それを優しく、ときに厳しく受け止める受けのリオルドが良いんだ、とても……。
そしたら、呆然とした表情で、男の人は私を見た。
げっ、BL妄想したのバレた?! 流石に、本人の前でナマモノ妄想は失礼だったか。
「……」
「あ、あの。なんかすいませんでした……?」
じっとこちらを見つめている人に、一応謝っておく。それでも彼がこちらを無言で見続けるものだから、視線を落として両手をさすることにした。
「君が謝ることじゃないよー! 全部私と、おねえちゃんの言いがかりのせいだよ」
すると、最初に部屋に乱入した女の子が、そう言ってきた。
あー、なんか気疲れした。そろそろ終了時間だし、帰ろう。歌を褒められたのは嬉しかったけどね。
「私、帰りますから……」
「そんなことしなくていいのに!」
「いえ、終了十分前になったので。気持ちよく歌っているところを十分前のお知らせで邪魔されるの苦手なんですよ。それじゃ」
「えっ、ちょ、待って!!」
パシッ!! 女の子に、手を掴まれた。
「私、貴方とデュエットしてみたい!!」
「え……」
行動力すごいな、この子……。今どきの子は、そう思っても場の空気を読むものだ。
「連絡先教えてよ!! 私、六ノ瀬燈!! 中学二年生なりたてほやほやだよ!」
「燈?! 彼氏は作らないとしても、彼女は作るつもりだったの?!」
「おねえちゃんは黙って。」
女の子がピシャリとそう言い放つと、お姉さんが「あう……」と言ったきり黙り込んだ。わあ、ほんわかした雰囲気の子がガチギレすると怖いな……。
てか、そんなに私の歌声(しかも萌え系を歌っているとき)を気に入ってもらえたんだ。嬉しいな。私はスマホを差し出した。
「ラインでよければ……」
「わあ! 嬉しい!」
「嬉しいのはこっちですよ。だって全然キモいって思ってそうな反応しなかったし。……そういう人となら、萌え系電波ソングをいっぱい楽しみたいし」
「えへへ! よろしくね! お名前は?」
「医達ヘレン。よろしくね、燈ちゃん」
――
勉強机に向かっていたら、スマホが新着を知らせた。ラインで、燈ちゃんが一緒にカラオケに行く日の日程について問いかけをしていた。
『次の日曜日の昼間予約でいい?』
日曜日の昼間か……。私はスマホを手に取って、こう返す。
『平日の放課後のほうが安いし、空いているから部屋も取りやすいよ』
『そうなんだ! ありがと、じゃあ水曜日の放課後にしよ?』
毎回文末には、わざわざ丁寧に黄色の顔文字がついている。世間の陽キャ女子って感じだ。
『いいよ』
子犬が親指を立てているスタンプをおくる。
そのスタンプに既読がつく。それを見ているうちに、不安になってきた。脳裏に浮かぶのは、変声期特有の掠れた声の兄とその友達の蔑む声。
「やっぱり、私が可愛い子ぶったって、キャラじゃないよね」
その言葉は、じわり、といとも簡単に私の胸にしみた。
――
水曜日の放課後、燈ちゃんとはあのカラオケ店の前で待ち合わせした。私が先についた。スマホでBL漫画をチェックしていたら、タッタッタと足音が聞こえてきた。
「ごめーん、待った?!」
「ううん、全然」
「わあ、良かった!」
……なんか、デートの始めみたいな会話だ。すると、燈ちゃんが抱き着いてきた。ふわりと、いい匂いがする。うへっ!?
べ、別に私もいい匂いだとは思うけど。
「数日ぶり! 会えて嬉しい!」
「そうだね。私も嬉しいよ、うん」
びっくりしたのは顔に出さないようにする。
パーソナルスペースせまっ!? これが天性陽キャの底力か……。
――
階段を昇って、店の受付へと入る。カランカランと、ドアベルが鳴った。「予約した二名です」と言うと、店員はにこやかな対応で部屋を指示した。
部屋に入って、巷で「エモい」と流行っているデュエットソングを燈ちゃんと歌う。私はいつものキャラ的に低音パートを担当した。
それにしても。チラリと彼女の横顔を見る。……この子、高音綺麗だな。無理して引き出した感が全く無い。声楽でもやっているのかな? いや、それにしては声の感
じが前よりだ。声楽をやっている人独特の声の奥まった感じがないのだ。
結論からいえば、すごいのには変わりない。
――
「ヘレンちゃん、低音も似合ってるよね!」
「あはは、よく言われる。ありがと」
一旦、予約した曲を全て歌い終わる。なかなか、デュエットするの楽しいな。単純に歌唱が楽しいのと、燈ちゃんの歌い方が変幻自在で、次はどんな歌い方をするのかと予想する楽しみがある。燈ちゃんは、ドリンクバーから取ってきたオレンジジュースを腰に手を当てて、一気飲みしていた。
「んくっ、んくっ。ぷはあ。ヘレンちゃん!」
「なあに?」
「萌え系電波ソングはいいの?」
……触れられなかったら、今日は普通の曲を歌って解散しようと思ったのに。残念なような、嬉しいような。
どうしよう、言うべきかな? 初対面同然の子に、こんなことを言うのはどうなんだろう。燈ちゃんの顔をちらりと見る。薄く笑みを浮かべて、こちらを伺っていた。……この子なら、馬鹿にすることないよね。視線を下に下げる。
「うーん、あのね。……昨日寝る前思ったんだ。私なんかが、調子に乗って可愛い子ぶっても見苦しいだけでしょ?って」
「そんなことないよ!」
即座に否定された。私はハッと顔をあげる。普通、そこを言い淀んだりしない?
「私、初めて会った時、ヘレンちゃんの可愛い歌をすごいと思ったんだ」
「え……」
「完全に自分のモノにしていた。輝いていた! 可愛かったよ!」
「……」
「ねえもう一回、あーゆー可愛い曲を歌ってみてよ」
…………。希望の蜘蛛の糸のように、私の前につるされたソレ。私の心は、本音は、本能は、「縋る」一択だった。
「わかった、デュエット曲じゃなくてもいい?」
デンモクを手元に引き寄せる。照れくさくて、目はデンモクの画面を映した。
「あ、私は聴いてるよ」
その言葉に、ピタリと顔をあげる。
「いいの?」
「うん!」
きっと、燈ちゃんは歌い疲れたのだろう。お言葉に甘えることにした。
入れるのは、社会現象を起こしたけど二年前解散したアイドルグループ・encourage!の萌え系電波ソング。encourage!の解散時、広くニュースになった。
しばらくして、イントロが流れる。
……わ、セリフ部分にも音程バーがある。しょうがない。
「みんな~! いっくよぉー!!」
「はーい!!」
「?!」
燈ちゃんが、コールをしてくれた。ノリいいなあ。
Aメロの、早口パートへ声を、芯の通った感じを意識してマイクにのせる。
「世間のみなさまあれやこれやそれやなんとか、その他諸々大変ですが」
「ですね!」
「色々癒してあげたいなァだなんて自惚れ過ぎていますかね?」
「いえいえ!」
「よしよしよいしょにばぶばぶあやすよ!」
「ばぶぅ!」
「でもでもいざってときは自分で立ってねネグレクトじゃないんだから!」
「はいはい!」
やがて、私は歌唱に没頭する。音程バーに合うように、可愛く、キラキラと、そしてかっこよく!
「隣り合って♪」
「ハイ!」
「支え合って!♪」
「ハイ!」
「ともに歩んでいく~♪」
「ウィーアー、マリア! ウィーア、ユサコ!」
「見逃さないでね♪」
「ウィーアー、ノア! ウィーアー、リリス! ウィーアー、モモカ!」
「私たちの~、道筋~♪」
「フゥ~!!」
歌い終わった時、ずっと曲中コールをしてくれた燈ちゃんは大きな拍手をしてくれた。……自分ひとりで歌っていた時よりも、気持ちよかった。「可愛い」自分を、誰かに見てもらうのって、気持ちいいんだ。その事実を呑み込んでいると、燈ちゃんが目を輝かせて言った。
「すごい! 可愛い! 好き!」
「ほんと?」
「うん! すごいよ、本家の良さに自分の個性をのせていて、聴きごたえがあるの!」
「えへ……ありがとう」
燈ちゃんは、気持ち悪いと思わないんだ。胸が温かくなった。
――
それから、私はいくつもの萌え系電波ソングを披露した。
そしてさらに時間が経った後、休憩時間として、ライブ映像を観ることにした。最近のカラオケには、そういう機能もあるのだ。
画面に映るのは、encourage!のセンター・男薔薇 茉莉亜だ。慈愛の笑みを浮かべた彼女はキレキレのダンスを踊る。ふわふわした声質の歌だけど、低い所は低くメリハリがついていて、カッコよさも感じさせる。女性ファンも多かったんだとか。
『ファイト! 夕日に向かって~♪ ファイト! 走り出した貴方を~♪』
わぁ……。鳥肌が立つ。
脳がすごさを言語化することよりも、彼女に魅入ることを集中する。
『オーオー!! お・う・え・ん! してるからね☆』
……。
その曲が終わるころ、私は隣から両手を掴まれた。急でびっくりする。隣の彼女の顔を見る。紅潮した頬と輝いた瞳が、興奮を物語っていた。
「ヘレンちゃん、一緒に、私とアイドルになろう!!」
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世界線Fアフター ―現代日本風アイドル物語― 江都なんか @eto_nanka
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