第7章「崩れゆく絆と再起への道」

 南野からの助言を受け、瑛士と千紗は改めてクラスメイトたちにアプローチを試みた。夏休み中、部活や補習で学校に来るタイミングを狙い、一人ひとりに話を聞いていく。単なる映像素材ではなく、人としてどんな思いを抱えているのかを確かめる。それは地道で骨の折れる作業だった。


 まず鷹野にアタックする。朝、土手で撮影した映像をスマホで見せると、鷹野は驚いたように目を見開く。

 「勝手に撮ったのかよ」

 不機嫌そうに言うが、その声に厳しさは少ない。

 「ごめん。でも、見てほしかったんだ。鷹野がどれだけ真剣に走ってるのか、映像に残してみたら、すごくカッコよかった」

 瑛士の率直な称賛に、鷹野は少し照れたように顔を背ける。

 「何がカッコいいんだか。俺はただ自己ベストを更新したいだけだ。走ること以外、意味なんてない」

 「でも、その自己ベスト更新って、何か理由があるんじゃない? 例えば将来の夢とか、負けたくない相手がいるとか」

 千紗が優しく問いかける。鷹野は黙り込む。


 沈黙が降りる。遠くで蝉の鳴き声、運動部の掛け声、草を刈る機械音が交錯する中、鷹野はゆっくりと口を開く。

 「俺は、中学の頃怪我で一度走れなくなったことがある。医者に『二度と前みたいなスピードは出せないかも』って言われて、その時、全部失った気がした。でも、今また走れるようになった。だからこそ、前より速くなって、自分がまだ生きてるって実感したいんだ」

 その言葉は淡々としているが、瑛士と千紗には、鷹野が心の奥底に抱える焦りと痛みが透けて見えた。

 「だからって、映してどうする? 俺の独り相撲だろ」

 鷹野は自嘲気味に笑う。


 「独り相撲じゃないよ。クラスメイトみんなで作る映像の中に、鷹野の想いが刻まれたら、それは意味のある物語になる。傷ついても走り続ける人の姿は、見る人を励ませる。青春って、そういうのじゃないかな」

 瑛士が言葉を絞り出すと、鷹野はしばし天を仰ぎ、苦笑する。

 「へぇ、青春ね……まあ、好きにすればいい。俺は走るだけだ。あとでそれを編集してどうするかは、お前らが決めろ。でも、変な編集するなよ」

 それは事実上の許可だった。鷹野は核心を晒すことを怖れながらも、二人を拒絶しなくなった。その一歩が大きな前進だ。


 一方、麻里に対しては、千紗が腰を据えて話を聞くことにした。購買の前、アイスを舐めている麻里に声をかける。

 「麻里さん、前に言ってたキラキラって、どんなイメージなの?」

 麻里は少し眉をひそめる。

「さあね、私はただ注目されたいだけかもよ? 将来モデルになりたいから、映像でも綺麗に映りたいだけ」

 「モデルになりたいんだ……それってすごくわかりやすい目標だね。じゃあ、その夢に向かって頑張る姿を映像に残したらどうかな? 単に映えを求めるんじゃなくて、頑張るプロセスを映すことで、麻里さんの魅力がもっと伝わると思う」

 千紗が真剣な眼差しで言うと、麻里は戸惑ったように黙る。


 「私、正直言って、ただかわいく映りたいだけじゃないの。周りに埋もれたくないんだよね。将来モデルになって、この狭い街を出て、有名になって、いろんな人に認められたい。そんな希望を語っても笑われるだけだと思ってたけど……」

 麻里は視線を落とし、アイスを舐める口元が少し震えている。

 「笑わないよ。誰だって夢はある。それを映像で応援できたら、面白いと思わない?」

 千紗の言葉に、麻里は拗ねたような笑顔で頷く。

 「わかったよ。じゃあ私が映えるようなシーン、何か撮ってよ。モデルウォークの練習シーンとか、メイクの研究とかさ。そういう裏側を映せば、ただキラキラしてるだけじゃないってこと伝わるかもね」

 和解とはいかないまでも、麻里もまた、映像制作に前向きな姿勢を見せ始めた。


 こうして、鷹野と麻里という両極端な存在が、少しずつ作品に取り込まれ始める。一方で、他のクラスメイトたちも、夏休み中に撮った素材を見せながら説明すると、「だったら私もこんな場面を撮ってほしい」や「この楽器の練習シーンを入れてほしい」といった要望が出てくる。バラバラに見えたクラスが、少しずつ一本の筋へ向かって流れ始めるようだ。


 しかし、順調に見えた矢先、またしても問題が起こる。文化祭実行委員から「映像作品の場合、上演の時間や場所、機材のセッティングなどを早めに詰めてほしい」と要求が出たのだ。夏休みが半ばに差しかかり、準備期間は意外と短い。さらに突発的なトラブルで、当初予定していた教室での上映が難しくなるかもしれないという噂も出てきた。


 「上映場所が変わるかもって、どういうこと?」

 瑛士は困惑する。千紗は唇を噛む。上映環境が変われば、音響や照明のプランも練り直さねばならない。せっかくストーリーラインが固まりかけているのに、外部要因で計画が崩れかねない。


 さらに追い打ちをかけるように、編集作業が難航する。素材が増えるほど統合が難しくなり、何を削り、何を残すかの判断に迷いが生じる。南野に相談しても「最終的には君たちが何を伝えたいかだよ」と返されるばかり。途方に暮れた瑛士は、深夜の自宅で膨大な素材の山を前に頭を抱える。


 そして、決定的な出来事が起きる。夏休み最後の週末、強風の台風が近づき、花火大会が延期になるという報せが入った。彼らの映像のクライマックスとして想定していた花火のシーンが撮れないかもしれない。予備日の花火は文化祭直前になり、その日も天気が怪しい。

 「どうする、これ……」

 瑛士は暗い顔で千紗に尋ねる。花火なしでは、この作品の象徴が揺らぐ。日常を支える最後の光が失われたら、ストーリーはぼやけてしまう。


 千紗は困惑しつつも、必死で解決策を探す。

 「もし花火が撮れなかったら、別の象徴を使うしかない。でも、花火ほどわかりやすい象徴があるだろうか……」

 気持ちが沈む二人を、熱帯夜の風が生温く撫でる。カーテンが揺れ、外からかすかに虫の声が聞こえる。闇の中で、行き詰まりを感じながら、二人は絶望的な沈黙に包まれる。


 これまでの努力が台無しになるかもしれない。不安、苛立ち、自責の念が入り混じる。鷹野の走る姿も、麻里の夢も、クラスメイトの様々な瞬間も、花火で象徴する予定だったのに、その肝心の花火が消えかかっている。まるで道筋が見えない闇夜を手探りするようだ。


 瑛士は拳を握りしめる。ここで諦めたら、何も残らない。彼は失敗を通して学んだことを思い出す。何度でもやり直すことは可能だ。でも、今度ばかりは時間がない。文化祭は迫っている。

 「別の手段を考えるしかない。あるいは、花火がなくても成立する映像に構成を変えるか……」

 心が折れそうになるが、同時に南野の言葉が脳裏をよぎる。「映像に意志を込めろ」と。花火がなくても、青春の刹那は表現できるはずだ。問題は、それをどう描くか。


 千紗は憔悴した様子で椅子にもたれる。

 「瑛士くん、一度相談しよう。南野さんにも、クラスのみんなにも。私たちが花火にこだわりすぎたかもしれない。それ以外にも“今この瞬間”を象徴する方法があるかもね」

 その声は弱々しいが、諦めてはいない。失敗、紛失、対立、そして今度は象徴の崩壊。困難は畳み掛けるように襲いかかる。しかし、青春の物語は、こんなところで終わらない。


 闇夜に虫の声が満ちる。クーラーの弱い涼風が頬を撫で、窓の外では街灯がぼんやりと揺らめく。二人はまだ戦う意志を失っていない。崩れゆく絆と計画の中で、どう再起を図るのか。次の一手が迫られている。

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2024年12月17日 19:00
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暁に揺れる花影 マイステラー @x-mythteller

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