第41話

そんなこんなで、俺とリオンとミーナは今回の事件解決の立役者として、樹海の住民たちと交流することになった。


俺たちのことは既にヒルデガルトが周知していたこともあって、予想以上に好意的に見られていたらしい。さらに加えて、樹海を脅かす怪物を倒したということと、精霊シャーレアを苦しみから解放したことが重なり、畏敬の念に近いものを持つ人もいたように思う。あまりにも持ち上げが過ぎる時は、俺とリオンは示しを合わせたように『一番の功労者はミーナである』と伝えていた。その度にミーナは「にゃんで!?」と必死に謙遜していたが、かえって好印象だったようだ。


樹海同盟の盟主ヒルデガルトが姿を見せた頃には宴もたけなわで、集会の間は飲んだくれのたまり場になっていた。酒はそれぞれが持ち寄って飲ませ合っていたのだが、特にドワーフ印の火酒が強力だったらしい。ダイロンが「ええんか?」と言いながら勝手に杯に酒を注いで回った結果がこの惨状。異世界アルハラである。ちなみに、この世界では飲酒に年齢制限がないらしい。


「ぷはぁ! サイコ―ですわ!」


ラミアの中でもライラは酒に強い方らしく、顔を赤くしながらもダイロンから酒をついでもらっていた。「ええんか?」とダイロンが真顔で言いながら注いでいるのがなんだか怖い。


ちなみに、ダイロンはミーナにまで酒を勧めてきた。さすがに止めたのだが、ミーナは酒に興味があったらしい。


「ええんか?」

「うん……!」


恐る恐る見守っていたのだが、ミーナは意外にも酒に強いようで、「毒キノコもかじってたから強いのかも!」と素面しらふのような顔で言っていた。幻覚キノコを常用していたり、なにかと心配なミーナである。


ホムンクルスの体というのは痛みもあれば酔いもあるらしく、リオンはすっかり顔を真っ赤にしていた。そろそろ髪や目の色と区別がつかなくなりそうだ。


「そぉ~るぅ~」

「殿下、飲み過ぎです」


リオンがもはや俺の支えなしでは歩けないほどになっていたそんな時に、ヒルデガルトが近づいてくる。


「楽しそうだね」

「楽しみ過ぎかもしれません」


俺の答えが面白かったのか、ヒルデガルトは目を細めて笑っていた。全てを見透かすような銀の瞳が隠れると、美しさの裏に隠れていたかわいらしさが表に出てきたようで、一瞬どきりとする。


いつの間にかダイロンは別の場所に移動しており、既に酔いつぶれている男の杯に酒を注ぎながら「ええんか?」と言っている。もはやそういう妖怪に見えてきた。


ヒルデガルトいわく「彼は昔からああなんだ。祝い事になると楽しくなってしまうらしい」ということだが、酒は飲んでも飲ませるなと言ってあげた方がいいかもしれない。


と、ヒルデガルトの体がその長い銀髪ごと何かに巻き取られる。その何かとは、ライラの輝くような黄色い尻尾だった。


「むせきにん盟主を捕まえましたわ~~今日こそ、その座を降りてもらいますわよ~~」

「うふふ。悪くないね」


ライラが絡み酒を発動している。まさか体まで絡むとは。


ヒルデガルトは顔色を変えずに言う。


「ソール君。君たちには悪いけれど、自由解散ということにしよう」

「ちょっとぉ~? わらくしの話を聞いていましてぇ~?」

「主催者までこれでは、ね」

「これってらんですのこれって~?」


俺は苦笑しながら、「それがいいですね」と彼女の提案に賛成した。





すっかり潰れてしまったリオンを背負い、俺は歩き出す。いつもよりも熱いものが背中全体を覆うように伝わってきて、予想できたのに落ち着かない。心臓の鼓動が鳴りやまないのは酒を飲んだせいだと、俺は自分を騙すことにした。


耳元でうわごとらしきものが聞こえてくるので耳を済ますと、リオンは消え入るような声で「ソール」と口にしていた。俺が「はい」とそれに短く答えると、俺の首に巻き付いていたリオンの腕に力が入る。


「だっこがいい」と聞こえたのは気のせいだろうか。と思っていると、「お姫様だっこがいい」と強めに言われ、俺は思わず立ち止まった。


「殿下、酔い過ぎです」

「酔っとらん」

「酔っ払いはそう言うんです」

「……」

「一回だけですよ?」

「私とお前の間に回数制限など――わっ」


有無を言わさず命令通りにリオンを背中から前に移動させると、赤ん坊のように胸の前に手を置くリオンがいた。


「意外と、大胆だな」

「……俺も少し酔ってるのかもしれません」

「なあ」

「はい?」

「私は重いか?」

「えっと……羽のように軽いですよ」

「やだ。重い方がいい」

「ええ??」


リオンをお姫様扱いするのはなかなか難しいようだ。


リオンは「まだ部屋に戻りたくない。このままもう少し歩きたい」と人に抱っこさせておきながら無責任なことを言う。ただ、リオンの甘えじょうごを前にすると、ソールとしての俺は逆らえないらしい。彼女の言う通り、少し遠回りすることにした。


ミーナパパとママ、ナナが心配だったこともあり、ひとまず俺は調理の間へと足を運んだ。集会の間から調理の間へ行くには、死神の道を通る必要がある。いったいなんでこんな不吉な名前をつけたのだか。


と、リオンが俺の首に手を伸ばした。俺は一瞬びくりとしたが、リオンはやんわりと両手で首を挟んできて、「くっくっく、私は死神だ~」などと言う。


「お前の魂を刈り取ってやる~」

「ご勘弁を」


酔っ払いの言葉を適当に受け流しつつ、俺たちは調理の間にたどり着いた。


「パパさん!? ママさん!? ナナさん!?」


床を這ってまで料理を作ろうとしている三人を見て、俺は思わず叫んだ。


俺に気づいたパパさんが「ああ、ソール君……」と息も絶え絶えの声を絞り出す。


「もう……宴会は……終わったのかい?」

「終わりました! 終わりましたよ!」

「そうかい……よかった…………がくっ」

「パパさぁぁぁぁん!!!」


ミーナパパが力尽きるのを近くで見ていたミーナママが「あなた……!」と悲鳴を上げる。


「私も……あなたと一緒に……がくっ」

「ママさぁぁぁぁん!!!」


ミーナママも倒れると、ナナが絶望の顔をした。


「そんな……わたし一人でなんて……無理ですぅ……」

「もう作らなくていいですから!」


ナナは今さら俺に気がついたような顔をすると、ふっと柔らかな笑みを浮かべ、こと切れた。


「ナナさぁぁぁぁん!!!」


正確には、こと切れるように眠りについた。





俺も酔いのせいで変な気分になっていたらしい。大げさに叫んだおかげか、少し冷静になっている自分がいた。


「リオン殿下、部屋に着きましたよ」

「うむ……」


リオンをベッドに寝かしつけ部屋を出ようとすると、リオンに手首を掴まれる。


「私を一人にするのか」

「一人で寝られない年じゃないでしょう?」


リオンはまだ酔っているらしく、甘ったるい声を出していた。


「くく、妙な話だな。生まれ変わる前はいつも一緒だったのに」


リオンが笑って言う。それは、『リオン=ラズグリッド』としての話だろうか。それとも、『リオン』としての話だろうか。ただ俺には、前世で身近な女性はいなかった、と思う。


「ソール……お前は少し、変わったな」


リオンは横になりながら、俺を見上げて言った。


「俺が、ですか?」

「最初はただのむっつりスケベだったのに」

「あの……」

「今ではがっつりスケベだ」

「殿下……!」

「くく、冗談だ」


リオンにいいようにからかわれ続けるのも面白くないので、俺はさっさと部屋を出ることにした。


「ソール、ソール……ソール!」


ドアノブに手をかけた俺をリオンが引き留める。その声にからかうような調子はなかった。


振り返ると、祈るように組んだ手を枕にし、目を閉じているリオンがいる。その赤い髪がベッドの端から少し垂れているのがまるで血が流れているように見えて、きれいだと思った。


「私にとってのソールは、お前しかいないのだぞ」


リオンはそう言ったきり眠りに入ってしまったらしい。微笑を浮かべて、かわいらしい寝息を立てている。まったく、自分だけ言いたいことを言うんだから。


「俺にとってのリオンも、あなただけですよ」


そう口にしてようやく俺は、初めて彼女を『リオン=ラズグリッド』ではなく、ただの『リオン』として見ることができた気がする。


もしかしたら、リオンもそうなのかもしれない。俺を借り物の主人公ソールとしてではなく、今ここにある現実のソールとして見てくれたのではないか。


他人ソールを演じている自分が、糸を外された操り人形のように感じることがあった。動き方も知らないのに、動かないといけない人形――本当の名前すら分からない人形が俺だった。


だが今はもう、自分がソールであることに違和感がない。もちろん、ゲームの主人公のように上手くやれるかは分からない。それでも、ゲームではなくこの世界の主人公の一人として生きてみたい。


リオンと、ニーフェルアーズのみんなと一緒に。

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転生のホムンクルス ~俺だけ錬金術が使える世界で生まれ変わる~ 杉戸 雪人 @yukisugitahito

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