第3話 妻、バニーガールになる

 私はゲームが好きだ。

 けれども、ゲームセンスは皆無だ。


 それはそれは下手くそである。


 だが、ゲームは好きだ。つまり、一方通行の恋であった。



 私は主にスマホでゲームをしている。某原神というゲームにドハマりして、ほぼ毎日のようにプレイしている。


 そのゲームはオープンワールドRPGで、広大で映像美な世界を堪能できるゲームである。




 RPGなので敵と戦ってストーリーを進めていくゲームなのだが、私はゲームが下手くそなので、戦えばキャラを失い、戦慄し、涙目になりながら退散する、という有様だ。



 というか、そもそも戦いたくない。平和であれ。



 

「じゃあ、ゲームでなにしてんの?」



 と夫のケイさんに聞かれた。

 私はドーンと薄っぺらい胸をはって答えた。



「キノコ拾ってる!」



「へー」と答えながらケイさんは、任天堂Switchの操作に戻っていく。



「……もう少し聞いてくれない?」



 私がそう言うと「……え?」と困惑した返事が返ってきた。

 これ以上、なにを聞けばいいのか? という表情だ。



「見て!」


 私はゲーム内で一番お気に入りの場所をケイさんに見せる。



「なに?」

「シー! 聞いて!」



 スマホの画面には、中国の貴州省を思わせる街並みが広がっている。


 私はキャラクターを椅子に座らせ、眼下に広がる風景を眺めた。




 ちょうど雨があがり、太陽の光が差し込んできた朝。たちこめていた霧が風にのって過ぎ去ろうとしている。


 古めかしい誰もいない塔と朝露にきらめく茶畑の街を見下ろしながら、美しい音色に耳を澄ませる。




 大きく息を吸い込んで、私は現実世界へと戻ってきた。



「最高じゃない?」

「うん、めっちゃ綺麗だね」

「でしょ!」



 私は大興奮だ。



「つまり、ゲームの中で音楽聴いて、風景を眺めて、あとキノコ拾っているんでしょ?」


「ううん。このエリアでは茶葉拾ってる」



 そう。私はこのオープンワールドRPGで、ゆるキャンしているのだ。




 いい感じの風景の中で足をとめ、キャラクターが座れる場所を探し出す。

 音楽に耳を傾け、世界の美しさにほれぼれする。


 

 そして、その土地の特産品を拾い集めるのだ。

 もはや観光である。



「素敵でしょ?」 



 自慢気に言ったが、ケイさんは自分がプレイしているゲームに夢中である。



「なにしてるの?」

「ドラ◯エ」

「ド◯クエ?」

「そう」



 あまりにも熱心なので、私は画面を覗き込んだ。



『ミカ』の文字が飛び込んできて、驚く。



「私の名前?」

「うん。キャラに名前つけた」


 かわいいところがあるではないか! と感心したところで私は眉根をよせた。




「待って。ミカはなぜそんな格好をしているの?」



 私の名前がつけられたキャラクターは、頭からうさぎの耳をはやし、お尻にはうさぎのしっぽをフリフリとつけている。



 それは、まさしくバニーガールの格好だった。



「職業、遊び人だから」



 ものすごく真面目な声でケイさんは言った。さも当たり前だろ、という風な感じで。



「はあ?」


 大きな声をあげると、初めてケイさんは「ヤッベ」と思ったようで目を大きく見開いて妻を見た。



「いや、だから、賢者にするためには、遊び人にならなくてはいけなくて——」 



 慌てて説明するケイさんの前で、遊び人ミカは、鞭をピシパシと敵にむかって振るった。

 


「鞭つかってるんだけど?」

「いや、だから、これは、鞭だと全体攻撃が、あの——」


 しどろもどろになるケイさんに詰め寄って、私は言った。



「はやく賢者にして!」

「わかった、わかった」


 うなずくケイさんの目の前で、遊び人ミカは敵に攻撃せず何故かダジャレを言っている。



「見て、遊び人だからダジャレ言ってる。あはは、おもろ」



 反省の色もなくケイさんは大爆笑している。




 何故に賢者になるために、遊び人を経由せねばならぬのか。

 酸いも甘いも噛み分けた者だけが、賢者という境地に辿り着ける、ということだろうか。



 深い。実に深いぞ、ドラ◯エ!



 その後、圧をかけること約三十分強。

 遊び人ミカは無事、賢者へと転職を果たした。



 それからというもの、逐一報告が入るようになった。



「ミカね、今メラゾーマ覚えたから」


 夫は楽しそうである。



 ゲームの世界で、妻がバニーちゃんの格好で鞭をふるい、賢者となり、そして、メラゾーマを唱えているのだから。



 ゲームの楽しみ方は人それぞれだ。

 身近な人の名前をつけて遊んだり、敵を倒さず観光したりと選択肢が多い。だから、魅力的だ。



「ミカ着ぐるみきれるよ? どうする?」



 皿洗いの手を止めて私は覚えたての呪文をボソっと詠唱する。



「メラゾーマ!」

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