第4話 毒の絆

森と私は駐車場の出口に向かって歩いていたところ、上司の叫び声が聞こえた。


「ブレイクさん、森さん、私のオフィスに今すぐ来なさい。」


「佐藤様。」私たちは緊張しながら振り返り、声を揃えて答えた。「すぐに参ります!」


佐藤様のオフィスに入る前から、嫌な予感がしていた。廊下では藤川が書類をめくるふりをしていたが、私を見つめる目を隠そうともしなかった。裏切り者。声に出さずとも、彼女がそう思っていることは明らかだった。


「ブレイク、ドアを閉めて座れ。」上司の声には、いつもの軍隊のような威厳があった。


「森、君の同僚について手短に話す。理解してくれ。」彼は続けた。


私は言われた通りにし、森はただ頷いた。胃の中に結ばれたような不快感が一層強くなっていく。


「森の中の子どもの件ですか?説明できます…」冷静を装って話し始めたが、内心の焦りは隠せなかった。


「私をバカにするな。」彼の言葉が鋭い刃のように私を切り裂いた。


ふと、半開きのドアに目をやると、そこには遠慮なく覗き込んでいる藤川の姿があった。私は彼女を睨みつけ、小さな声で憎しみを込めて囁いた。


「裏切り者。」


上司が机を叩く音で現実に引き戻された。


「ブレイク!これは遊びではない。あの女との関係についてはもう知っている。」


反論しようと口を開いたが、彼は手を挙げて私を黙らせた。


「彼女が誰であろうと、今は問題だ。もしまた彼女と一緒にいるのを見たら、この署にはお前のデスクはないと思え。お前がここにいるのは情けであって、実力ではない。」


その言葉は想像以上に私を打ちのめした。歯を食いしばり、視線を落とすしかなかった。反論すれば、事態を悪化させるだけだとわかっていたからだ。ここでは何も言えない。


「何があったのか聞いてもいい?」と森さんが好奇心を持って尋ねた。私は悔しさで床を見つめながら、ズボンを強く握りしめた。佐藤さんが話し始めようとした時、私はため息をついた。


「探偵になる前、俺は中毒者だったんだ。」私はプライドを飲み込みながら言った。森さんは驚いたように息を吐いた。「黒田さんが俺を監視して、二度と手を出さないようにしてくれていたんだ。でも彼がいなくなった時…」


「この馬鹿がまた薬を手にしたんだ。」佐藤様が失望した口調で言った。俺は舌打ちをした。「そしてその薬を売っていた女が、あの娼婦だった。」


森さんは黙り込んでいた。私は唾を飲み込み、再びため息をついた。


「いいか、ブレイクさん。あの娼婦に会うのは禁止だ。お前はもう民間の警官ではない。3ヶ月間薬を断ったことを認めて昇進させたんだ。無駄にするな。」


その言葉を最後に、俺たちは佐藤様と別れた。森さんと俺はどちらも深い息をつき、彼女は藤川さんを見かけたらしく、彼女がすぐにその場を去るのを目で追った。俺は何も言わずに黙っていた。まだ心のどこかに無力さを感じ、また息をつく。


「そこで何をしているの?もう赤線街に向かわなきゃ。」森さんは冷たく、いつものように真面目な口調で言った。


「えっ?」


森さんは私を振り返り、軽い笑みを浮かべて言った。「君の友達に会いに行くわ。佐藤様と違って、私は君を信じてる。」


赤線街に到着すると、ため息が出た。この場所は、街の深い傷のようだった。派手なネオンの明かりが、隠しきれない絶望を覆い隠そうとしている。絶え間ない喧騒と壊れた人生たちの音が漂っていた。


森さんは慎重な足取りで歩いていた。汚れるのを恐れているようだった。彼女の目は素早く動き、周囲の空虚な顔を次々と捉えていた。一方、私はもう驚きもしなかった。戦争があっても、ここは依然として存在している。まるで売春と悪徳だけが崩壊に耐えるもののようだ。


「誰を探しているの?」と森さんが嫌そうに尋ねた。


「友達のアマラだ。」


「彼女の名字は?敬称なしで話すことはできない。」


そういえば、森さんはアマラを知らないんだ。


「木村アマラ。すぐに分かるさ。ここの他の女性とは違うから。」


森さんはそれ以上質問せず、慎重に私と並んで歩いた。汚れた街の中で目立つほど清潔に見える建物に着いた時、私は「行こう。」と言いながら中に入った。外の不快な匂いとは対照的に、ここは洗剤の香りが漂っていた。アマラは、他の娼婦とは違う。


風鈴が鳴ると、奥から声が聞こえた。「ちょっと待ってね、すぐ行くわ。」


「いらっしゃい、ダーリン。」カーテンの向こうから金髪の女性が現れた。森さんが一緒にいるのを見て表情を変え、ため息をついた。「本当にロイ?今度は同僚まで連れてきたの?」失望が声に滲んでいた。私は首を振った。


「アマラ、彼女は森雪子さん。新しい相棒だ。」私は言った。森さんは軽くお辞儀をした。「森さん、こちらは木村アマラ。」


「初めまして。」と森さんが言った。


「どうぞよろしくお願いします。」アマラは答えた。私は別の方向を向いた。彼女の表情を見れば、何をするつもりか分かる。「さて、交流が済んだところで、商品を持ってくるわ。」


「薬を求めに来たわけじゃない。」私は声を強くしようとしたが、アマラは既に笑っていた。


「いつも同じことを言うわね、ロイ。」彼女は引き出しから白い粉の袋をいくつも取り出した。疲れた目で私を見つめて言った。「隠しきれないでしょう?」


喉が締めつけられるようだった。彼女の口からその言葉を聞くことは何よりも痛かった。


「そんなことない…今回は違うんだ、アマラ。君は俺のことを知っているだろう…今回はそんな理由で来たんじゃない」


「もちろん知っているわ」アマラは腕を組んだ。「そして、そのバッジなんてただの仮面でしかないって分かってる」


俺は歯を食いしばり、地面を見つめた。無力感が体を蝕んでいく。


「君もよく分かっているだろう。これがなければ、君は自分の人生を前に進められないんだ」


「いいえ、今回私たちは違う目的で来たんです、木村さん!」森さんが突然口を挟んだ。彼女の声には怒りが込められていた。「この男がここに来たのは、事件の手がかりを求めてのことです。そして残念ながら、助けられるのはあなただけ。でも、ただ仲間を侮辱するだけなら…」


「どうして助ける必要があるの?」アマラは森さんを軽蔑の目で見ながら話を遮った。「娼婦が警察を助けるとどうなるか分かる?そう、赤線の支えを失うのよ」


「私たちがその支えになることもできますよ」森さんが言ったが、アマラは笑い出した。俺はすでに彼女の答えを予想していた。そしてアマラはその期待を裏切らなかった。


「警察が“国の汚点”を心配するなんて?それは滑稽ね。あなたたちは私たちが“まとも”だったとしても助けやしない」


「そんなことはない。我々はすべての市民を守る」


「本当に?じゃあ、客が暴力を振るうためだけにお金を払うとき、誰が私を守ってくれるの?この建物に住むために請求される金をどう払うか、警察はどこにいるの?無理やりサービスを提供させられたり、サービス中に殴られるときにね」


森さんは何も言えなくなった。それは黒田さんが姿を消した後、彼女を守ると約束した時の俺と同じだった。


「そう思ったわ。もし手を貸せば、私を“守っている”連中に見捨てられる。それに、今でさえ地獄みたいな生活をしているのに、彼らなしでどうなるかなんて知りたくもないわ」


俺は10,000円札を取り出した。


「これを取って、サービスを買ったことにしてくれ。その間に質問に答えてほしい。俺のためじゃない、黒田さんのためだ」


「なんで敬語を使うの?彼は君の友達だったのに」


「彼の恋人が俺を許してくれるまでは、黒田さんを名前で呼ぶ資格がないんだ」


アマラは言葉を失い、俺の言葉に衝撃を受けたようだった。彼女は俺がどれだけ黒田さんのことを気にしているか分かっている。しかし、俺はまず彼女の信頼を取り戻したかった。


「分かったわ。一時間よ」


彼女は金を受け取り、俺たちを部屋に案内した。その部屋に入った瞬間、これは彼女が生活している部屋であり、サービスを提供するための場所ではないことに気付いた。ここにいると、黒田さんと彼女が一緒に暮らしていた時を思い出してしまう。


「ビジネスの修士号を持っているのですか?」と森さんは、書類を見ながら言った。


「やめてください、それは私の過去の一部です。お茶でもどうぞ?」


アマラは優しい声色で言ったが、その表情は冷たく、まるで早くこの場を終わらせたいかのようだった。私たちはうなずき、彼女が姿を消した後、床に座ったまま残った。


「アマラさんはあなたにとってどんな存在ですか?」と森さんが興味深そうに尋ねた。


「幼馴染です。彼女と黒田さんは付き合っていましたが、彼がいなくなってから彼女を支えようとしました。でも彼女はそれを拒んだ。」


ため息をつきながら、私はアマラと黒田が一緒に写っている写真を見た。今の彼女とは全然違う。昔は髪が黒くて、化粧もほとんどしていなかった。


「二人の間に何があったのですか?」


「同じような困難を共に乗り越えました。大学も一緒に進学して、お互いを支え合っていました。」


写真に視線を移しながら深いため息をつく。壁に飾られたアマラの写真を見ていると、彼女の昔の姿が懐かしかった。


「でも、私は警察に入ることで前に進むことができました。彼女は……まあ……」


「みんながあなたのように、困ったときに守ってくれる仲間を持っていたわけじゃないのよ、ロイ。」


アマラが遮り、お茶を持って現れた。


「さあ、何でも聞いてください。まだやることがたくさんありますから。」


「どうしてブレイクさんにそんな態度を取るんですか?」と森さんが怒りを込めて尋ねた。


「あなたには関係ないでしょう。」


「やめろ。」と私は森さんを見ながら言った。彼女は不満げに顔をそらし、私はため息をついた。


「彼女は、変えられない現実を受け入れるべきです。学位を持っているのなら、もっと良い仕事に就けるはずなのに。」


森さんが小声でつぶやいた瞬間、アマラは怒りを込めてお茶のカップを置いた。


「受け入れる?何を受け入れるの?戦争が私たちの家族、人生、夢を壊したこと?ビジネスの学位なんて何の役にも立たないわ。この世界が崩壊した今、生き延びるだけで精一杯なのよ。」


アマラが怒りを込めてお茶をすすり、森さんと私は黙り込んだ。彼女の言葉には真実があり、反論の余地はなかった。


「とにかく、何を求めているのか早く言いなさい。それに協力するつもりなら。」


アマラが言い、私は携帯電話を取り出して今回の件について彼女に見せた。彼女は黒田さんの元恋人で、警察の報告書を読む力を持っていた。


「ちっ。」とアマラは舌打ちした後、画面を見つめた。


「こりゃ厄介ね……でも幸いなことに、私がいる。」


「何か知っているのか?」と私は期待を込めてアマラを見た。


「最近、この地域を見張る人たちと会議があったわ。そのとき、子どもたちと一緒に避難してきた仲間がいるの。その彼女が言うには、顔に奇妙な傷がある男がうろついていたらしい。」


アマラは少し間を置き、私に厳しい視線を向けた。それは「あなたが追い返していた人たちよ」と言わんばかりだった。


「その男は子どもたちをじっと見ていて……ただ見ているんじゃない、まるで頭の中ですでに捕まえたような目つきだったらしいわ。」


「傷?どんな?」と森さんが尋ねた。


「まるで爆発から生き延びたかのような傷よ。」


その言葉に、私たちはうなずいた。森さんが詳細をメモし始める中、アマラは続けた。


私たちはアマラの方を見ながら頷いた。森さんは報告書を書き始め、アマラが詳細を話してくれた。彼の顔は歪み、身長は約1.70メートル、髪は暗く、服は汚れているという。


「これだけのことを知っていて、なぜ警察に報告しなかったんですか?」と森さんが報告書を書き終わりながら尋ねた。


「娼婦の話を警察が信じると思う?」アマラはお茶をすすりながら言った。「彼女は、ここの管理者たちに息子を守るよう伝えた。それで十分だと思うよ。」


「それも一つの方法かもしれないな……」と私は嘆息した。アマラをここから連れ出したいと思ったが、どう言えばいいのかわからなかった。「アマラ……」


「ここを出て、知り合いの伝手で仕事を探してあげる」と言うのが正しいのだろうか?まだその時ではない。「情報をありがとう。何かあれば……」


「憐れみなんかいらない。ただ、あのクソ野郎を捕まえて、私が手伝ったとは言わないでくれ。」


「約束するよ。」私は言い、森さんはさらに1万円札を取り出した。


「これで協力のお礼だよ。警察の保護を受けないのなら、せめてこれくらいは。」と森さんは微笑みながら言った。


「どうでもいい。」アマラはお金を取り、ため息をつきながら言った。「ここを出ていって。誰かに見られて、私が警察とつるんでいると思われたら困るからね。私も、他の人たちも。」


森さんと私は立ち上がった。私は少しの間アマラを見つめた。何か言いたかった。彼女を助けるか、少なくともこの悪夢の中で一人ではないと感じさせるような言葉を。しかし、彼女の表情、私を見ないようにしているその態度が、それが無駄だと告げていた。


「ありがとう、アマラ。」私は低い声で誠実に言った。


「行きな、ロイ。そして気をつけて……まあ、君が気をつけるとは思えないけど。」彼女の声は刺々しかったが、その言葉にはほんの少しの心配が隠されていた。


森さんと私は黙ったまま建物を出た。外に出ると、森さんはため息をつき、赤い街灯の明かりから離れながら口を開いた。


「どうしてあんな人とまだ友達でいられるの?」


私は立ち止まり、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。


「彼女がこの人生を選んだわけじゃないと知っているからだよ、森さん。そして、誰かが彼女に、まだ人間であることを思い出させなきゃいけないからだ。」


森さんは答えなかった。ただ頷き、私の言葉を受け止めるような表情を浮かべた。私たちは完全な沈黙の中で車に向かって歩き続け、それぞれの考えに没頭していた。


聞いたことの重みは消えなかった。この事件は、私が思っていた以上に暗い方向へと進んでいた。容疑者の特徴が分かったことで、ようやく追える手がかりができた。しかし、一歩間違えれば、私たちは多くを失う危険があった。


私は車のエンジンをかけ、横目で森さんを見た。


「これはまだ始まりだよ、森さん。これから何があっても大丈夫か?」


彼女は微笑んだが、それは苦い笑みであり、ほとんど挑戦的だった。


「あなたができるなら、私もできるわ。」


私は車を走らせ、赤い街灯とこの場所の亡霊を背にした。やるべきことは山積みだった。そして、私たち二人ともこれが氷山の一角に過ぎないことを知っていた。まだ捕まえなければならない殺人犯がいるのだ。

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グローバルの影狩り ブレイク調査 @AoiKazze73

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