第3話

 同窓会の日は雪がちらついていた。さみいさみいとぼやきながら居酒屋の扉を開けて佐伯の名前を告げると、奥の座敷を案内された。座っていたのは三人組で、佐伯と高田たかだは俺と同じように老けていたし、三原はいかにも妊婦なデカい腹をしていた。 



「ういーす」 

「お、奥の舗装道先生!」 



 おおー、という歓声を上げながら迎えてくれた席で、高田たかだが真っ先に『無能の烙印を押されて追放された末の王子、憧れの異世界ダンジョンを旅してみる5』の単行本とペンを取り出した。 



「サインくれ、サイン!」 

「いやー、そういうの、編集に許可とんなきゃさ」 

「マジ?」 

「ジョーダン」 



 笑いながら席につき「ナマでいいよな?」「おー」メニューの代わりに自分の単行本を広げて、ペンネームを書く。本を返すと、高田は剃り残しのある口元をニイと笑わせた。 



「あざーす。大丈夫、フォロワーさんに自慢とかしねーし」 

「身バレは勘弁だからな」 

「高田から聞いたけど、結構本出してるんだろ? もう作家一本でやってんの?」 

「いや、会社員と兼業、あんま原稿に追われたくないし」 

「余裕たっぷりっすねえ、さすが作家先生」 



 他愛ない話をした後、それぞれの近況の話をして、そうしてまたぐるりと一周回って、俺の話になり、俺はつい、気になっていたことを聞いてしまった。 



「高田、なんで俺だって分かった?」 



 一応、SNSでは年齢も職業も出身地も明かさずにやっているのだが。 



「いや、俺は全然分かんなかったよ。江田が俺にLINEしてきたんだよ」 



 驚いて、箸を止めた。佐伯は「懐かしいなあ、江田ちゃん」と薄い反応をしながらジョッキを傾ける。 


 江田は、結局グループLINEに返事をしないままだった。もともとSNSに淡泊なこともあって、先週見たフェイスブックも、大学を卒業して3ヶ月後くらいの「社会人って大変!」というコメントから始まる投稿を最後に、更新が止まっていた。なんなら、4、5年前の「誕生日おめでとー!」に返信すらしていなかったので、全く見ていないのだろう。 



「……LINEしてきたって、なんて?」 



 いまの江田は、何をしているんだろう。そう思いながら帰ってきたこともあって、つい身を乗り出した。 



「尾道がラノベ作家になったとか聞いてるかって。俺は『ディーけん』……あ、尾道のデビュー作の『DMで小説の感想を投げ合う仲良しフォロワーさん(男だと思ってた)が犬猿の仲の美少女学級委員だった』ってヤツな」 

「紹介すんなよ、編集かお前」 

「それの頃から尾道の連載読んでたんだけど、それが書籍化決まったくらいで江田から連絡があって。これって尾道かみたいな」 

「……なんで分かったんだ?」 



 正直、学生時代に書いた物語のネタや展開を使ったものはあるが、少なくとも『ディーけん』では使っていない。……しかし、思い出してみれば『ディーけん』のヒロインは江田のマイルド版みたいなもので、ところどころに江田に言われたセリフを使ったことがあった。そのせいかもしれない。 



「俺は尾道なのか分かんなかったからそのときは有耶無耶になったんだけどさあ、江田が『文体ですぐ分かる』とか言ってて。お前の他の話に、昔の部誌で読んだ展開あったの見つけて、あー確かにそうなのかもって思ったんだけど……。……江田と尾道、仲良かったもんなあ」 

「仲良かったかあ? 人の話、散々酷評してただけだぜ」 

「江田ちゃん、尾道にだけは厳しかったもんね」 



 三原が笑いながら口を挟む。学生時代に浴びるほど日本酒を飲んでいた三原が、いまは一人だけ素面だ。 



「な。正直、尾道の書いてる話は当時から面白かった」 

「お前、大学のときは一言も言わなかったじゃねーか!」 

「嫉妬ってヤツですよ」 

「俺も昔からすげーなって思ってたけど、いまの尾道の話のほうが面白いなー。なんかキャラに深みが出たってかさ」 

「ただ年取っただけなんじゃない、それ?」 

「うるせー、自分だって年取ったくせに。で、その江田は? いま何してんの?」 



 帰省の準備をした頃からうずうずと気になっていたことを、ごく自然な流れでやっと口にできた。 


 そう自負しながらビールジョッキを傾けたが、テーブルの空気が凍った。 



「……え? 俺、なんか変なこと聞いた?」 



 おどけて笑いながらジョッキを置くと、三原がおずおずと口を開く。 



「……江田ちゃん、死んだよ。……6年くらい前に」 

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