第5話 校外学習
その日アビゲイルたちは王都の外にある森にいた。魔物討伐演習のためである。魔物討伐演習とは、その名の通り魔物を討伐する演習である。王都近郊の森の中で各班に分かれて、剣や魔法で魔物を討伐するというものだ。
ゲームの中では主人公のレイミリアとウィリアムたちが同じ班になり、そこで好感度を上げていくというもので、途中でアビゲイルによる邪魔が入ったりもする。
が、今回はアビゲイルがゲーム通りの悪役令嬢ではないため、そうした邪魔も入らない。というか、アビゲイルもレイミリアと同じ班になっており、ウィリアムたちとも行動を共にしていた。
木々が鬱蒼と生い茂る森では、昼でも日の光が木の葉に邪魔をされて、夜の闇ほどではないにしても見通しが悪い。凶悪な魔物は存在していないが、弱い魔物とはいえ不意打ちを食らえば怪我をする。そんな事前の説明を受け、森の中を歩くレイミリアは怯えていた。
アビゲイルの班の隊列は先頭をジャック、その後ろにウィリアムとハリソン。そしてアビゲイルとレイミリアが並んでいて、後ろにトーマス、アーサーとなっている。
レイミリアはアビゲイルの服の袖を強く握っている。
「大丈夫でしょうか?」
周囲をきょろきょろと見回しながらレイミリアがアビゲイルに問う。その問いにアビゲイルは優しい笑みを浮かべて答えた。
「大丈夫よ。ここには弱い魔物しかいないわ。そして、学園でも屈指のメンバーが揃った班ですもの。たとえ魔王が降臨しようとも、打ち倒せるわよ」
そう答えるアビゲイルであったが、頭の中では別のことを考えていた。
(こんなシーン、ゲームにはなかったわよね。まあ、私がこの班にいることで、ゲームの内容と変わってしまったのだろうけど)
アビゲイルは豊田敦子であった時の記憶と現状を照らし合わせていたのである。イベントとして魔物討伐演習は発生したのは同じであるが、その内容は変わってしまっている。つまり、この先森の中での出来事は、主人公や攻略対象の経験値と好感度稼ぎの安全なイベントではない可能性もあるのだ。
そして、最も可能性が高いのはグレイスたちによる嫌がらせ。
ただし、彼女たちが何を出来るわけでもないので、可愛らしいものになるのだろうと思っていた。
そこにジャックが振り向いた。
「レイミリア、どんな魔物が出てきても俺が倒してやるぜ。俺の剣にかかれば魔王だろうがエンシェントドラゴンだろうが一撃だぜ」
そう言うと白い歯を見せる。
アビゲイルはそういえばこういうキャラだったわねと思ったが、前世のようなトキメキは無かった。その理由が、モニター越しだと萌えるセリフも、面と向かって言われると萌えないのか。はたまた、主人公という自分を投影したキャラクターではなく、隣のレイミリアに向かって言われたからなのかはわからなかったが。おそらくは意馬心猿の男が自分ではない女性を口説いているのを見ると、とても冷めた目で見てしまうとうことであろう。
アビゲイルがそんな理由を考えていると、今度はトーマスが口を開く。
「ジャックの剣が届く前に、僕の魔法で倒しちゃうけどね」
その口調は自信満々であった。それを聞いてジャックはむすっとした表情となる。お互いにレイミリアに良いところを見せようとして張り合っているからだ。
ウィリアムはそんな二人を見て笑った。
「将来の近衛騎士団長と筆頭宮廷魔導士がいれば怖いものなどないよ、レイミリア嬢。それに、俺だって自分の身は自分で守れるように鍛えているんだ」
そう言って素振りをして見せる。
それを見せられたアビゲイルはこの場から逃げたかった。男どもが狙っているのはレイミリアであり、アビゲイルは眼中にないのだ。その雰囲気を露骨に出されては、ここに居座るなどという肝の太いことは無理なのだ。
しかし、そのアビゲイルを踏みとどまらせるのは、中心人物の当人であるレイミリアだった。レイミリアは男たちのアピールに興味を示さず、アビゲイルの袖をぎゅっと掴んだままであった。
そんなか弱い女性を放り出して逃げ出すなど、アビゲイルの性格ではできなかったのだ。
「そういうことよ、レイミリア。それに、私のこれもあるし」
レイミリアがいるのと反対のアビゲイルの手には筒が握られていた。
それは土で作られているのだが、形状はライフル銃であった。アビゲイルの魔法属性は風であり、攻撃魔法にはウィンドカッターというものがあるのだが、攻撃できる範囲はかなり狭い。
長距離を攻撃できるようにするため、トーマスにお願いして土でライフル銃を作ってもらったのだ。銃といっても引き金も撃鉄もないのだが。ライフリングの刻まれた銃身と先台、それにフレームで作られたストックがあるだけだ。機構としては中折式である。
そこに同じく土魔法で作った弾丸を入れて、銃身の中で風魔法により風を発生させる。これが火薬の爆発と同じ効果を発揮して、石の弾丸を飛ばすという仕組みだ。
土に囲まれて逃げ場のない風は、時には200MPaもの圧力となる。流石にそこまでの威力だと、アビゲイルの体が反動で持っていかれるため、抑え目にして使うつもりであった。
ハリソンとアーサーは戦闘向きではないため、ここでの自己アピールはない。ゲームでは使うことが出来るのだが、ゲームではないためにそうはならないのだ。
その時、ガサリと草むらで音がした。
「キャッ」
レイミリアが短い悲鳴をあげる。
草むらから飛び出してきた白い魔物を見たからである。
「アルミラージね」
アビゲイルはそれを見て、そう断定した。
アビゲイルとして見るのは初めてであるが、ゲームの戦闘シーンでさんざん見てきた魔物なので、間違うことは無い。
角の生えた白い兎はとても弱く、このメンバーなら負けることはないと安心し、銃を構えることはしなかった。
直ぐにジャックが反応し、アルミラージ目掛けて剣を振り下ろした。攻撃を食らい、白い毛を真っ赤に染めたアルミラージは動かなくなる。
「ぐろいわね」
アビゲイルは目を背ける。ゲームでは死体など表現されないが、現実には目の前に血を流した死体が転がっている。血の臭いも鼻に入ってきて気持ちの良いものではなかった。
しかし、そこは豊田敦子としての経験もあるアビゲイルである。労災の現場も何度か経験しており、さらには海外出張でマフィアの銃撃戦にも巻き込まれた経験から、貧血を起こして倒れたり、嘔吐、泣きじゃくるといった行動はしなかった。
「ま、俺様にかかればこんなもんだぜ」
ジャックは倒したアルミラージの耳を持つと、持ち上げて見せた。まるで獲物を取ってきた猫のように、自慢げに持ち上げてはいるのだが、レイミリアは露骨に嫌な顔をした。
ジャックとしてはレイミリアに喜んでもらいたかったのだが、どうにも逆効果となってしまっている。
アビゲイルは見るに見かねてジャックを注意した。
「レイミリアが嫌がっているでしょ。早くそれを下して」
「ちぇ」
ジャックは舌打ちをした。それを見たアビゲイルは
(小学生か)
と心の中でつぶやいた。
ジャックは舌打ちをしたものの、レイミリアに嫌われたくないのでアルミラージの死体を地面に置き、討伐の証として角を切り落として袋に入れる。これを提出することで、単位がもらえる仕組みとなっているのだ。
「大丈夫、レイミリア?」
アビゲイルはレイミリアを気遣う。
「はい。動物の肉も鳥の肉も食べるのですが、実際に血を流したところを見るときついですね」
「無理をしなくてもいいのよ。少し休みましょうか」
「いえ、本当に大丈夫です」
レイミリアは気持ちを落ち着かせると、笑顔を見せた。
アビゲイルはこれなら大丈夫かなと判断する。
ウィリアムはジャックを見てため息をついた。
「ジャックは子供だな。ご令嬢の嫌うことが何だかわからずに、それを意気揚々と自慢しようとして。もう少し騎士道を学んだ方がいい。強さだけでは本物の騎士とはいえんぞ」
「わかってるって」
ジャックはちょっとだけ拗ねた。それを見たアーサーもジャックを批判する。
「絶対わかってないよね」
「はいはい。どうせ俺は馬鹿ですよ。おやじにももう少し頭を使えって言われるしな」
さらに拗ねるジャック。その姿を見てアビゲイルは思う。
(私、こんなキャラに萌えていたの?見たくなかった)
前世のことを絶賛大後悔中であった。時間とお金をつぎ込んだキャラが、まさかこんな幼稚だったとは。すべて返してほしい。
ただ、実際には返ってきたところで、お金は使うことは出来ないし、時間もいまはアビゲイルとしての人生を歩んでいるので、豊田敦子としての時間をどう使うのかもわからない。
まあ、返ってくることはないのだが。
アビゲイルの中で株価がブラックマンデー並の暴落をしているジャックは、いじけて剣で藪をガサガサとつつきながら進み始める。
「おいおい、それじゃあ獲物が逃げるじゃないか」
見かねたウィリアムが注意する。
「逃げた方がレイミリアが死体を見なくて済むだろう」
ジャックが反論した。
その反論を聞いた誰もが思う。
(こいつ、本当に子どもだな)
それ以上言っても仕方がないと、ウィリアムも諦めた。そして進んでいくと若い女性の声が聞こえた。
「誰か!誰か!助けて!」
皆がその声に反応し、聞こえてきた方向を見る。
ウィリアムとジャックは剣を構え、アビゲイルは銃を構えた。
緊張して何が飛び出してくるのかと待ち構えていると、藪の向こうから出てきたのはグレイスとその取り巻きのオリビアとカタリナだった。青い顔をした三人を見てウィリアムが訊ねる。
「何事か?」
「殿下、賊にございます」
「賊だと!?」
誰もが驚く。それにはアビゲイルも含まれていた。
(こんなイベントなかったわね)
ゲームの内容を思い返すが、学園の生徒が賊に襲われるなどというものはなかった。ゲームのグラフィックデータを引っこ抜いた集団がアップロードした中にも、そうしたものを思わせるようなものはなかったのである。
皆が驚いて、次にどうするべきかわからない中、別の足音が聞こえてきた。
「ひっ!ここまで追ってきた」
カタリナが怯えて屈みこむ。
直後、藪から黒装束の者が飛び出してきた。顔も目以外は黒い布で覆われておるが、おそらくは男だと思われる。賊は手に黒色の刃をしたナイフを持っている。それで攻撃をしてくるが、ジャックが素早く反応して、剣でそのナイフを弾いた。
「毒よ。気を付けて」
アビゲイルはそう叫ぶと、全員がぎょっとする。これは既に演習などというものではなく、本当に何者かが生徒を襲ってきているのだ。
ジャックは賊に向かって警告した。
「武器を捨てろ!そうすれば命まではとらない」
賊はそれを鼻で笑う。
「ふっ。声が震えているぞ。どうせ人を殺したことなどないのだろう。いざ実戦で殺せるかな?」
声から賊は男であることがわかった。
賊に言い返されたジャックの額には汗がにじむ。この時、手も汗でびっしょりになっていた。賊の言うようにジャックは人を殺した経験がない。そして、今殺そうという気持ちもなかった。ただ、賊が警告に従って武器を放してくれたらいいと思っていたのだ。
確かに剣とナイフではその攻撃範囲の違いから剣の方が有利と思われるが、殺そうという意気込みの相手と、殺したくないという者ではその気持ちの差から、武器の優劣などは無いも同然だった。
また、ジャック以外の者についても、人間を殺すなどという決断が出来ずに、全てをジャックに任せようとしていた。
ただ一人、アビゲイルを除いて。
賊がじりじりとジャックとの間合いを詰めてくるのを見たアビゲイルは、躊躇せずに構えていた銃に風の魔法を撃ち込む。
銃身の中で圧縮された風は、石の弾丸を強く押す力となった。その圧力、おおよそ100MPa。現在の拳銃なみの力で発射された弾丸は、賊の顔を覆う黒い布に命中し、当然ながら顔面、右頬周辺に命中する。
弾丸の先端形状は平らになっており、貫通力を落とす代わりに、相手の突進を止めることを重視してあった。これは、魔物が突進してきた場合に、まずはそれを止めることを目的としていたからである。
そのため、賊は仰向けで倒れた。
「流石に死んだわよね?」
アビゲイルは不用意に近づこうとせず、相手が動くかどうかを見極めようとした。
そんなアビゲイルにウィリアムが近寄ると、彼女に強い口調で言う。
「何故殺した!」
「相手がこちらを殺そうとしていたからですわ。殿下に万が一のことがあってはなりませんもの」
アビゲイルはウィリアムの口調に負けず言い返す。空気がひりつき、静寂が訪れた。
【後書き】
タイトル詐欺になりそうな予感が。まあ、何年も寝かしたままで考えも変わるしなあ。そんなことより、年内に治具を設計しないといけないのに、こんなことをしている場合じゃないんだが。
乙女ゲームの悪役令嬢になっていたのだけど、前世知識を使って嫌がらせの再発防止をしていきます 工程能力1.33 @takizawa6121
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