第4話 金は天下の回りもの? いえ、無常です

 真矢まやたちがしていたとんでもない誤解というか、勘違いというか。

 なんと大阪にいる頃、わたしが尚子しょうこたちの生活費を援助していたと思っていたらしい。

 特に真矢たちの学校にかかる費用は全てわたしが負担していたと思っていて、これからも全て出してもらえると思っているのである。


 確かに急な高額出費は、尚子に頭を下げられて貸したことはある。

 尚子の生真面目な人柄を信じて貸したのであって、実際にあとから全額返してもらっている。

 だが真矢たちは返済のことを知らないだけでなく、尚子が亡くなった今もわたしが出して当たり前だと思っているらしい。

 しかもいくらでも出してもらえると思っているのか、わたしが呆れているあいだにもどんどん要求してくる。

 その請求額がわたしの話を無視して、物価上昇すら置き去りにして高騰してゆく。


 さらにはこの言い方はなんだ?

 なぜわざわざ東京と地方を比べる必要がある?

 具体的に大阪を挙げているけれど、そもそも比較する必要がない。


 確かに地方都市より東京は色々と高いかもしれないが、大阪で買ったものがどうして東京では使えない?

 どうして大阪で買った服が東京で着られないっ?

 アパレルなんて、全国展開なら東京で買っても大阪で買っても同じ物じゃないか!


 制服なんて言わなきゃ校名なんてわからん!

 言っても校名だけじゃ都道府県なんてわからん!

 転校している以上、どっかよその学校から来たという事実はあるが、その事実しかない!


 お前らは、外様を馬鹿にしてるくせに懐だけはあてにする徳川幕府か!!


 盛者必衰のことわりを忘れたか?

 世は無常だぞ。

 奢れるものは久しからずだぞ。

 天下の台所、なにわの商人あきんどを舐めるなよ。

 大阪はいつでも狙ってるからな。

 まずは副都成り上がりから攻めて足下を崩し……という話ではない。


 とにかく東京東京ってうるさい!

 大阪でも東京でも、持っている服がまだ着られるのだからそれを着ていればいい。

 鞄も靴も買い換える必要があるか?

 果ては下着まで買い換える必要なんてどこにある?

 わたしなんて同じ下着を何年……ゲフゲフ……わたしの下着の耐用年数は関係ないので置いておく。

 今時の女子中高生には下着すら見せるファッションの一部かもしれないが、そんなことはわたしの知ったことではないし、恥ずかしいと思うなら見せなければいい。


 現実的な話として、特に真矢はもう高校生なのだから、欲しい物は自分でバイトをして買えばいい。

 友だちと遊ぶ時間がなくなると言い返されたが、そもそもお金がなければ遊べないはずだ。

 友だちはバイト先でも作れるし。

 修学旅行の積み立てまでわたしが出して当たり前なはずがない。

 かといって奨学金を勧めてみれば、当然保証人はわたしで返済もわたしだと?


 この徳川幕府はどんだけ外様から搾取するつもりだっ?!


 全く話にならない。

 あまりにも話にならなすぎてわたしは電話を切ることにした。

 昼休みももう終わるし丁度いい頃合いだろう。

 聞くべきことはなにもないとわかったし。


「……とにかく、わたしはもうあなたたちとは関わらない。

 当然お金も出さないからそのつもりで。

 お父さんとよく話し合いなさい」


 それだけを言うと即時着信拒否設定。

 おそらくもう一つの見知らぬ番号は、弟の透也とうやか父親の勝基のスマホだろう。

 漏れなくそちらも着信拒否設定。

 真矢はこのスマホ代もわたしに払えと言っていたが、知ったことではない。

 事前に相談されていても支払いを引き受けるつもりはなかったけれど、事後承諾なんて言語道断。

 柴犬ばりの着信拒否の支払い拒否だ。


 断固断る!


 日本が世界に誇る愛らしい柴犬のお家芸である。

 だが相手は呆れるほど話が通じない。

 柴犬の呆れ顔は可愛いは、この相手は可愛げの欠片もなければ、犬以上に言葉が通じないらしい。

 むしろ比較するのも犬に申し訳ないくらいである。


 この数日後、仕事を終えて帰宅すると、マンションの集合ポストに封書が入っていた。

 わたしも決して字はうまくないが、そんなわたしでも 「へたくそ」 と罵るのを憚る必要がないほど下手な字で書かれた宛名は 【佐保しゆりわたし】 で、差出人は 【牧田勝基】 となっている。

 現代っ子は字を書くことが少ないとはいっても、これはそれ以前の下手さだと思う。

 そんな文字を解読して届けてくれた郵便配達員の、勤勉さと努力を褒め称え、表彰してもおかしくはないほどの下手さである。

 なんなら金一封出してもいいくらいである。


 とにかく下手すぎる


 おそらくわたしが 「お父さんとよく話し合いなさい」 といったから、話し合ったという意味で父親の名前を書いたのだろう。

 もちろん本当に話し合ったかもしれないし、話し合わず、話し合った振りをするために父親の名前を書いたのかもしれない。

 あるいは父親の名前を出せば、わたしが仕方がないと諦めてお金を出すと思ったのか。

 ひょっとしたら勝基本人が書いたのかもしれないが、いずれにしてもわたしは柴犬になりきると決めている。

 さぁ、渾身の力で足を踏ん張れ。

 そしてきっぱりはっきり言うのだ。


 断固断る!


 これ一択である。

 他に選択肢は存在しない。

 この広い世界のどこをどう探しても他の選択肢などあるはずがない。

 だから内容を読んで確かめる必要などない。

 翌日、仕事の休憩時間に会社の近所にある郵便局に赴いたわたしは、届いた封書に赤文字で 【受け取り拒否】と書いたメモを貼り付けて窓口に差し出す。


「これ、お願いします」


 封も切らずに突き返すことにしたのである。

 真矢と透也にはひどいことをしているかもしれない。

 けれどバイトなどをして自分で汗水流すこともせず、奨学金を勧めてみれば、当たり前のように保証人も返済もわたしにさせようとしたくらいだ。

 下手に関われば、いくら掛かるかわからない大学の費用まで二人分たかられるに違いない。


 人の懐に無理矢理手を突っ込んで、問答無用で財布を奪い取ろうとすれば家族であっても拒否するのが普通だろう。

 しかも二人は家族どころか、わたし自身の姪でも甥でもなく、あいだをつないでいた尚子ももういない。

 大阪にいた一年程度しか知らない二人にそこまでしてやる義理はないし、してやりたいと思う情もない。


 おまけに頭を下げてお願いするわけでもなければ、信頼関係を築くつもりもない。

 それどころかなにをどこでどう勘違いしたのか、謎の上から目線で、ひとの話には耳も貸さないと来た。

 そんな独善的な傲慢幕府が倒れるのは致し方のないこと。

 言われるままにお金を出すのがなにわの商人あきんどではないからな。


 天下の台所を舐めるなよ!!

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世は無情? ~義理も人情も欠いた江戸っ子に、なにわの商人は財布の紐を固く固く縛ります 藤瀬京祥 @syo-getu

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