第3話 とんでもない要求

 結局真矢まや透也とうやの二人は実父の勝基かつきに引き取られて東京に戻ったのだが、尚子しょうこが亡くなってからふた月が経つか経たない頃、わたしのスマホに知らない番号から電話が掛かってきた。

 わたしの会社では、取引先とのやり取りに個人のスマホを使うことはない。

 だから知らない番号であっても取引先かも……という心配はなく、仕事中だったこともあって出なかった。


 休憩中に確認してみると、着信記録には二つの番号があった。

 だがどちらも電話帳に登録された友人知人のものではない。

 またどこぞから個人情報が漏れたのか……と思ってうんざりしていたらまた着信。

 二つの番号の片方からである。


「はい?」


 もう休憩時間は余り残っていないが出てみる。

 すると忘れかけていた香ばしい……ではなく、不穏な……でもなく、少しも懐かしくない声が聞こえてくる。

 すまん、どう頑張っても本音を隠しきれない。

 だが本人にこの本音を言わないだけ、まだわずかな良心が残っていると思いたい。


「しゆりさん、さっさと出てよ!

 もう何回も掛けてるんだから!」


 うるさい


 名乗りもせずに話し始めるこの傍若無人な声は真矢だ。

 相変わらずだなと思っているあいだも彼女は話し続ける。

 正確には話すというよりまくし立てるような早口である。

 用件を要約すると、真矢は高校、透也は中学の転校手続きが無事に終了し、それぞれ制服を仕立て直したらしい。

 その代金や、通学に必要な諸々を買うためのお金を送って欲しいという。


「だってさぁ、大阪から来たっていうだけでもダサいのに、大阪の高校の制服なんて着続けてらんないじゃん。

 早くみんなに馴染みたいし?

 やっぱまずは制服からって感じじゃん」


 いきなりなにを言い出すのかと呆れていたら、そんなことを言い出した。

 もちろん編入にかかった費用も振り込んで欲しいと。

 真矢が、いわゆる形から入るタイプだったとしても全然かまわない。

 新しい学校で、一人だけ違う制服を着ていることに疎外感を覚えたとしてもわからないでもない。

 だから同じ制服を着たいというのもわかるが、問題はそこではない。


「なぜわたしが?」

「お小遣いはさぁ、やっぱ大阪より物価が高くて。

 でも大阪時代の物とか使ってたらみんなに馬鹿にされるじゃん。

 だから透也もわたしも一万くらい欲しいわけ」


 わたしの問い掛けには答えず真矢は話し続ける。

 聞こえていないというより、はじめから聞くつもりがないのだろう。

 そう思わざるを得ないほど勢いのある傍若無人っぷりである。


「そうそう、透也もこっちで部活に入るっていってて、部費とかかかるんだよね。

 あと試合とか……遠征費ってやつ?

 そういうのも要るらしいんだよね。

 でも遠征のたびに連絡するの面倒だからさ、毎月二万くらい送ってってさぁ。

 そのほうがしゆりさんも楽でしょ?

 でもさ、透也だけずるいから、わたしにも頂戴。

 なんならわたしのほうがお金掛かるし、多くくれていいよ。

 もうさ、ほんと、大阪より全然お金掛かるんだよね。

 服とかもそうだけど、学校帰りにちょっと寄り道したらお小遣いとかすぐなくなっちゃって。

 お父さんに言ったらしゆりさんにもらえってさ」


 なにを勝手なことを言ってるんだ?


 いつ誰がそんな約束をした?


 尚子にも頼まれたことはないし、約束をした覚えもない。

 そんなことを思いつつ間隙を突いて幾つか質問をしてみたら、真矢たちがとんでもない誤解をしていることがわかった。

 わたしは断じてそんな約束をした覚えなんてないのだが……。

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