第2話 尚子の死


 尚子しょうこが突然亡くなったのは、大阪に戻ってきてから一年ほど経った頃。

 事故だった。

 緊急の連絡先は尚子の弟の喜代志きよしになっていて、わたしのところには喜代志から連絡が来た。

 すぐには駆け付けられないから代わりに行って欲しいと。


 さすがにこの時ばかりはわたしも会社に事情を説明して早退。

 その後数日は有休も取った。

 仕方なく子どもたちの世話もした。

 もちろん葬儀の手配や喜代志たちとの連絡を最優先にしたのだが、案の定というか、なんというか。


 葬儀などの手配を子どもたちにさせようとは思わないが、せめて自分のことは自分でするだろうと思ってわたしは最低限のことしかしなかったのだが、あっという間に尚子の家は荒れた。

 食べたら食べっぱなし、脱いだら脱ぎっぱなし。

 たったの二日三日で流しは使った食器で一杯になり、挙げ句には洗濯もしないから着る服がなくなったと、葬儀の手配やなんやと忙しいわたしに文句を言うのである。

 それこそ 「早く片付けてよぉ~」 とか 「なんでこんなに家が汚いのよ」 などと文句ばかり。


「お風呂入りたいから掃除して!」

「自分でしなさい」


 他に返事があるだろうか?

 ない。

 少なくともわたしには他に返す言葉はなかった。

 するとわたしの部屋の風呂を使いたいとか言い出したが、風呂はもちろんだが耳も貸さない。


 貸す必要がどこにある?


 そうまでして風呂に入りたいのに、どうして頑なに掃除をしないのか?

 離婚前の尚子の苦労はもちろん、離婚後も苦労しただろうことは容易に想像がついたが、こうなった一因は尚子にもあるような気がする。

 気はするが故人を悪く言っても仕方がない。

 それに故人を悪く言うのもよくない。

 だから言葉は飲み込んだが、その後も彼女の子どもたちとは最小限にしか関わらなかった。


 やがて尚子の兄弟たちが大阪に到着して全てを引き継ぐと、わたしは通夜も葬儀も親族としては弔問しなかった。

 尚子の友人知人と同じように焼香をしたのだ。

 だから会ったこともない尚子の元夫はもちろん、久々に会う……それこそ何十年かぶりに会った尚子の兄・吉典よしのりもわたしに気づかず、おそらく尚子の職場の人だと思ったに違いない。

 喜代志とは大阪に到着してすぐに一度会っているが、忙しかったこともあり、何十年かぶりに会う従姉妹の顔など碌に見ていなかったのだろう。

 互いに声を掛け合うこともなかった。


真矢まや透也とうやを引き取れないか?」


 葬儀のあと、喜代志からは一度だけそんな電話があった。

 もちろん即座に断った。

 どうやら尚子の元夫、つまり二人の実父である勝基かつきと叔父の吉典、喜代志の三人で、誰が二人を引き取るかで揉めているらしい。


 勝基の事情は離婚理由にもあるとおりだが、義母は介護施設に入ったらしい。

 それでも姉の世話があるから大変なのだろう。

 吉典と喜代志にも家族があり、一番難しくお金も掛かる年頃の姉弟を引き取るのは難しいという。


 いや、だからってどうしてわたしが引取先の候補に入るのか?

 全くもって意味のわからない話だが、お断りの一択である。

 迷う余地など寸分もないほどの一択で、わたしは柴犬ばりに強固な意志で断った。


 断固断る!


 冷たいと言われようとなんと言われようとお断りである。

 ぬるま湯にどっぷりと浸かり、してもらって当たり前の日常を享受するだけのあの二人を躾なおすのはわたしの役目ではない。

 どうして実父と叔父がいるのに、その三人を飛び越えて実母の従姉妹にその役が回ってくるのか?

 全くもって不明である。


 例え二人が、尚子の死で自分の置かれた状況を理解して心を入れ替えたとしても、わたしが二人を引き取ることはない。

 おそらくそうじゃないから引き取り手が見つからないのだろうが、そうであったとしても引き取ることはない。

 なんとなく……なんとなくだが、ここで仏心を出してはいけないような気がした。


 本能的に


 実際に引き取らなくてよかったと思った。

 いや、引き取らなかったのに 「なぜっ?!」 ……と思えることが起こった。

 ガチのガチで意味のわからないことが起こったのである。

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