第3話
「見たところお前、こんな夜中にジャージで1人で歩いてしかもスリとは……親いねぇだろ。」
低く響く声が路地裏に染み渡るように広がった。月明かりが薄く男の顔を照らし、その左目が赤い光を宿しているのがはっきりと見えた。
「孤児院から逃げ出してきたか?俺らの仲間になるっつうなら見逃してやる。」
そう言いながら、男は胸ポケットに拳銃をしまい込んだ。
冷たい鉄の音が小さく響く。
「嫌だっつうなら……今ここで殺す。」
男が立ち上がると、その体格の大きさに圧倒される。地面に倒れたままの黎を見下ろすその目は、まるで獲物を観察するような冷たさと興味を孕んでいた。
その場の空気が凍りつく。男の言葉には、選択肢など存在しないことを悟らせる威圧感があった。
「はっ、よし。んじゃ立て。」
男が手を差し伸べた。月光に照らされるその手が白く浮かび上がる。
黎は喉を鳴らしながら小さく頷いた。逃げる術はない。差し伸べられたその手に、震える自分の手を伸ばした――その瞬間だった。
――パンッ!
乾いた銃声が路地裏に響き渡る。
小さく、しかし鋭く、闇を切り裂くような音だった。
黎は息を呑んだ。
視界の中で、弾丸が彼の手と男の手の間を裂くようにすり抜け、地面に着弾するのが見えた。
「……っ、発砲音?!」
頭の中で警鐘が鳴る。黎は思わず弾が放たれたであろう方向を探すように顔を上げた。
男もまた、銃弾の軌跡を追うように、闇の中へ目を向けていた。そして、不意に口元に笑みを浮かべる。
「ははっ……本物のお出ましか。」
その笑みは、まるでこの状況を楽しむかのような不敵なものだった。
次の瞬間――
闇の中から何者かの影が現れた。それは音もなく滑り込むように動き、黎と男の間に割り込む。
――パンッ!
さらに銃声が響く。近距離から放たれた銃弾が、男の胸元を正確に狙う。しかし、男は微かに体を傾けただけで弾丸を避けた。ぎりぎりの距離で、まるで風を読み切ったかのような身のこなしだった。
その動きは、黎の目で追えるほどの速さではあったが、常人の域を超えている。
「ちっ……速ぇな。」
影の中から現れた刺客が低く唸るように言った。その声には焦りが混ざっていた。
「敵に背中を向けたらダメだろー、だから殺られるんだよ。」
そう言って彼は滑り込んできた男の後頭部に銃を突きつけ…発砲した。
つまり、殺したのだ。
彼の声には余裕があった。闇の中の刺客を嘲笑うかのような響きが含まれていた。
「動くなよ。」
男は、地面に倒れた黎の襟首を掴み、一気に肩に担ぎ上げた。
「おい!ちょ、何すんだ!?降ろせって!」
黎は肩越しに文句を言おうとしたが、男は振り返りもせずに冷たい声で言い放つ。
「しゃべるな。舌噛むぞ。」
その一言で、黎の口は強制的に閉じられた。だが、胸の中に渦巻く恐怖と混乱は収まる気配がない。
男は、周囲の銃声や追っ手に一切怯む様子を見せず、まるで何事もなかったかのように路地の奥へと走り、手から何やら影のような黒さを帯びた光をビルの上に出し、それを引っ張った反動でビルの上へと一気に上がった。
肩に担がれた黎は、必死にもがこうとするが、その握力は鋼のようで動けない。
「おい……待てよ、どこに連れて行く気だ……!」
「俺たちのアジトだよ。」
夜を狩ける暗殺者 如月 月華 @monaka211113
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