第2話

男に肩を掴まれたまま、黎は薄暗い路地裏へと引きずり込まれた。人気のない狭い空間に冷たい風が吹き込む。頭上の月がうっすらと輝いているが、その光さえもこの場所には届かない。


「話を聞かせてもらおうか。」


ロングコートの男が低い声で言うと、懐から拳銃を取り出し、黎の額に向けた。鉄の冷たさが肌に触れる感覚に、黎の全身が凍りつく。


「君は何だ?闇楼あんろうの追っ手か?」


「……闇桜?」


黎は眉をひそめながら男を見返した。

闇桜――聞いたこともない名前だ。だが、その言葉が放つ緊張感だけは嫌でも伝わってきた。


「何のことだよ。俺はそんなもの知らない……!」


「嘘つけよ。」


男の目が鋭く光る。その目はまるで嘘を暴くかのように、黎を見透かしているようだった。


「お前のその左目、『暁のあかつきのめ』だ。ただのスリのガキが持つものじゃない。今、赤ということは『ぎょう』なのかな?それともただの『かい』?」


路地裏にある少しの街灯によって照らされ、彼の姿が見える。

黒のロングコートに、赤味がかった肩につくほどの長さの髪。

両耳には金色に輝く揺れるピアス。


男は、訳のわからない単語を並べた。


(暁の眼?開?暁?意味がわからない。何を言っているのか。

目?俺の目のことか?)


「まぁ、とにかくこんな薄暗い場所で俺の財布を抜ける人間が、ただの小僧とは思えないな。」


「そんなの……!」


否定しようとしたが、言葉が詰まる。男の声は静かだが、揺るぎない確信に満ちていた。そして何よりも、この状況では彼に逆らえるわけがない。


「答えろ。」


拳銃がさらに押し付けられ、黎の額に冷たい痛みが走る。


「お前は本当にただのコソ泥?それとも――闇桜の追っ手なのか?」


黎は動けなかった。彼が目を合わせた瞬間、男の表情に浮かぶ得体の知れない力に圧倒されたのだ。


「……俺は何も知らない!闇桜って何の話だよ!ただ金が必要で……!」


「……ふうん。」


男はじっと黎を見つめていたが、やがて拳銃をゆっくりと下ろした。


「どうやら、本当に何も知らないらしいな。」


安堵する間もなく、男はさらに黎へと顔を近づけた。その目には、明らかな興味が宿っている。


「だけどねぇ君の目は特別なんだよ。それを活かす道を考えたことはないのか?」


「目……?」


自分の目が人よりも優れているということは知っていた。

小さい頃から人には見えないものが見えた。より、遠くのものが見えるのはもちろん。次にこの人がどういう動きをするのかも予測できた。


黎は戸惑いながらも、男の言葉に耳を傾ける。その目がただの異常でしかないと思っていた自分の能力を、この男は「特別」と言った。


「君には才能がある。そして、この街では、その才能が必要な場所がある。」


男の口元に笑みが浮かぶ。それはどこか冷たく、そして不可解だった。


「俺らの仲間になれよ」

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