第1話
冷たい冬の風が雑踏を吹き抜ける中、16歳の少年・夜月 黎(よづき れい)は通りを行き交う人々を電柱に背中を預け、観察していた。
忙しなく動く誰もが、手に持つ荷物やポケットに押し込んだ財布を隠し切れていない。彼にとっては、狩りの最中の獲物にしか見えない景色だった。
腹は空いていたが、手は震えていない。
今日の一食を得るためには、いくつかの財布を掴み取らなければならないのだ。
最初の一撃
「……あの男。」
黎の目が捉えたのは、手にビニール袋を下げた中年の男だった。だらしなく開いたコートのポケットから、薄っぺらい財布の端が覗いている。
通り過ぎるふりをしながら、黎は軽やかに動いた。すれ違いざまに手を滑らせ、財布をポケットから抜き取る。周囲の音や視線は完全に無視し、いつものように自然な動作で通りを歩き続けた。
数十メートル先、人気のない路地に入り込むと、財布を開ける。中には小銭が少しと、くたびれたカード類だけだった。
「こんなもんか……」
ため息をつきながらも、小銭をポケットに入れ、財布はゴミ箱に捨てた。だが、これでは足りない。今日の狩りはまだ始まったばかりだ。
次々と財布を盗む
次のターゲットは若いサラリーマンだった。ポケットに押し込んだ財布が膨らんで見え、彼の足取りは疲れている。こういう相手は警戒心が薄く、狙いやすい。
黎は通りの隅で待ち伏せし、サラリーマンが近づいた瞬間、ぶつかるふりをして財布を抜き取る。
ぶつかった時、相手は小さく「気をつけろよ。」と呟いただけで、振り返ることもなかった。
路地裏で開けた財布には、それなりの額の紙幣が入っていた。
「よし、これでなんとか……」
それでも、彼は止まらなかった。
四人目、そして五人目へ
三人目、四人目とスリを続けるうちに、黎の動きはますます洗練されていく。足音を殺し、ターゲットに近づき、最小限の動作で財布を抜き取る。自分の「目」が周囲の動きを正確に捉え、予想通りに動く快感があった。
だが、その夜、五人目のターゲットが彼の人生を変えることになるとは、この時点では知る由もなかった。
夜も更け、通りの喧騒が少しずつ静かになってきた頃、黎の目は一人のロングコート姿の男を捉えた。彼はほかのターゲットとは明らかに違った。スーツは高価そうで、腕時計は鈍く輝いている。歩く足取りは落ち着いており、道の真ん中を堂々と進んでいる。
「……あれは当たりだな。」
黎は小さく息を吐くと、人混みに紛れてロングコートの男に近づいた。腕時計の光に一瞬だけ目を奪われたが、それを振り払うように男のジャケットの内側に手を滑り込ませる。
「……っ。」
硬く分厚い感触――それはこれまでに触れたどの財布とも違っていた。中身に期待が膨らむ。だが、その瞬間だった。
「おい。」
低く冷たい声が耳元で響いた。黎が振り向く間もなく、肩を掴む力が彼をその場に引き留めた。
「…お前さぁ、今_________獲ったでしょ」
声の主はロングコートの男。
彼の目は普通ではなかった――どこか鋭く光り、まるで黎の心まで見透かすような冷たさを持っている。
低くどすの利いた声ではなく、少しこの状況を楽しんでいるようにも聞こえる声でもどこか逆らうことが許されなような圧を感じる…
そして背中には固い何かが押し付けられている。
おそらく拳銃…
「くっ……!」
黎は財布を握りしめ、男の手を振り払おうとしたが、その腕は鋼のように動かない。
「あ、動かないほうがいいよ〜…間違って撃っちゃうかもだから」
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