【End roll. 真実】
「つまり原田先輩は節分の豆まきをしていたという事ですか?」
「はい」
「……ポップコーンで?」
「何も不思議なことではありませんよ。ここらでは豆まきに落花生を使うのが通例ですが、東京とかあっちの方では大豆を使うのが一般的らしいですね。つまり地域ごとに使用する豆は異なります。そもそも大多数の日本人にとって、ハロウィンも豆まきも通例行事の一つのような物で、厳密なルールに則って執り行うという人は少ないと思います。僕も昨晩同じ学科の先輩たちに豆まきと称されて撮影用の小豆を全身にブチ当てられましたからね」
おかげで身体中が青あざだらけになってしまった事は冒頭でも申し上げた通りである。原田先輩も映画愛好会の先輩方同様、思いつきで豆まきを決行したのではないだろうか。そのとき手元にはポップコーンしかなかった。
「だからといって、ポップコーンで豆まきなんてしますか?」
「ポップコーンの原材料は穀物です。大豆や落花生と同じ。その証拠に、ほら」
キッチンから持ち出したトウモロコシのパッケージを掲げてみせる。そこにはいくつかの内容量の説明書きに加えて『ポップコーン用 豆』と小さな文字で表記されていた。
「この説明書きを見て原田先輩は、もうポップコーンで豆まきしちゃえばいいや――と、思ったのかどうかは定かではありませんが、決行しました」
「ポップコーンが散乱していたのは鬼を祓う為だったんですか?」
「はい」
「えっとじゃあ窓硝子が割れていたのは……?」
「豆まきは豆を当てる側と豆を当てられる鬼役の二手に分かれて執り行うのが慣例ですよね。しかし、この部屋には原田先輩一人しかいなかった。先輩は一人二役を演じようとしてカレンダーの裏に絵を描いてお面を作ったんです」
「これって鬼のお面だったんですか?」
「文字通り、鬼気迫る表情をしていますからね」
原田先輩はこのお面を付けて姿見の前に立った。
「おそらく鏡に映った自分を鬼役と定義してポップコーンを投げつけたのでしょう。ですが、ここで一つのアクシデントが発生しました」
僕は原田先輩の右腕から木製のボウルを取り上げると、中身をぐるぐると掻き混ぜた。
「このボウルは本来、小物入れとして機能していました。底に貴金属類が溜まっているのですが――酔いが回って判断力が低下していた原田先輩はそんなのお構いなしにボウルの中身を投げつけたのでしょう。
結果としてポップコーンと一緒にアクセサリーやコインなどの固~い貴金属類まで放り投げてしまった。それが姿見や背後にある腰窓に衝突してガラスが砕け散ってしまったのです」
「それで原田先輩はどうなったんですか?」
「さぁ……酔っていたせいで窓硝子が破損した事実を正しく認識出来ていなかったのかもしれません。そのまま疲れて気絶したのか、シンプルに睡魔に襲われて惨敗したのか、ここで大の字になって眠ってしまった」
「それが……この部屋で発生した事件の真相ですか」
「はい」
僕の推理を聞き終えた古賀さんは、寸分の間を置いてから大きく息を吐き出して、へなへなとその場に座り込んでしまった。
胸に両手を押し当てて、清らかなる涙の一滴を浮かび上がらせると、僕の視線も気にせずに嗚咽を漏らして泣き始めたのである。
「良かったぁ~……私、てっきり雪雄さんが怖い人に襲われたんじゃないかって、心配してたんです」
「……」
薄々勘づいていた。彼女が妙に原田先輩の部屋の内装に詳しいことや、原田先輩のトレンドがポップコーンであると知っていたり。
彼女が管理人業務を請け負っていれば、仕事の合間合間に原田先輩の言動を目撃して無意識下にその情報が蓄積されると――かなり楽観的な見解を自らに言い聞かせて推理し続けていたのだが、原田先輩の通帳が炊飯器の中に隠されていることや、彼の所有する食器類がシンクの中にある物ですべてだと知っていたり、或いは原田先輩が飲み過ぎて爆睡するほどの酒乱であることを承知しているかのような発言――そして、目の前で繰り広げられるこの……我が事のように涙を流す古賀さんの善行を、どう言い逃れすれば良いのだろうか。
この物語にたった一つの真実があるとすれば、それは古賀さんと原田先輩が交際しているという事だ。
後日、お騒がせカップルの二人が肩を寄せ合い僕の部屋を訪れた。先日はご迷惑をおかけしました、と。お詫びを兼ねたお礼を伝えに来たらしい。
原田先輩は僕の右手に紙袋を握らせた。中にはお米や野菜などの食品類が所狭しと詰め込まれている。豆の次は米かよ。
まぁ、雀の涙のようなバイト代で食いつないでいる貧乏学生にとってこれは有難いけどさ。大好きな古賀さんの笑顔を取り戻すことも出来たし、探偵業万歳だなぁ~こりゃ。
「なーーーーんて言うかよォ! リア充どもが消え失せろォ!!」
僕は原田先輩から貰った米粒を窓から外にばら蒔いた。自らの滑稽さが浮き彫りになるような居心地の悪さを痛感せずにはいられない。何でいつもこうなるのかな。
ほろ苦い失恋の味を噛みしめていると、何の前触れもなくスマホが震えた。不可思議な事件の解決を依頼する友人からのメッセージを受信したのである。
僕は腰窓から身を乗り出し、市街地を囲うようにして聳え立つ山嶺に目を向けながら溜め息を吐き出した。降り積もる雪が溶け出す気配は微塵も見られない。この僕に青い春が訪れるのは、まだ先の話になりそうだった。
〈ポップコーンの海に沈む・Fin〉
ポップコーンの海に沈む 宇多川ユウキ @yuki_utagawa
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