プロジェクト・カイカ後編 第04輪 | 逢条 陽 vs ホントのゾーン

-8年前

4月10日 19:55


-ヅッッッッッッドォォォォーーーーーーン!!!!


2100年代、初頭。

彼方から流れ着いた隕石に乗り、この地球に、とある生命が舞い降りた。


それは、微生物。


驚くべきことに、光合成能力を持つそれは、見事にこの地球環境に適応。

恐ろしいまでのスピードで繁栄、進化、巨大化し-数千年後、四肢と知性を手に入れた。


丁度、隕石衝突による文明崩壊の後、石器時代から仕切り直した未来の人類が、新たな文明を築こうとする、その時に。


地球で進化した、地球外の生命たち。

自らを「生物の頂点」と信じる彼らは、富と資源を収奪するため、遂にある時、人類の領土へと踏み込んだ。


そんな危険な外来種と、剣(つるぎ)を持って果敢に戦う、我らが地球軍の戦士代表。

それがサンこと、ラウル・サン。


人気オンライン・アニメの主人公であり、隕石災害を生き延びた大和民族の末裔から、剣道を伝授された剣士であり、数年来の自分の勇者だ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「リュウ・セイ・レン・ドーー!!」


-ズバシュァア!!


「ぶ・・・ゴフッ」


-カシュッ


「来世で、共に闘おう」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


斬撃に、愛をこめて。


剣道の「胴」を踏襲した、必殺技を決めるサン。

地球外からやってきた、異形の侵略者と闘い、どれ程それが強くとも、必ず打ち勝つ正義の味方。


そんなサンに、魅了された。


「・・・サン、かっけえ」


サンみたいに、なりたかった。

サンみたいに、なれると信じた。


だから、猛毒親父と闘うために、一人剣道を始めた。

サンを、先生にしながら。


そして、その日から。

8年の月日が経過した。


4月29日 10:31


「君のゾーンが、剣道場だと誰が言った?」


息を吸って、落ち着いて、ごく当たり前のことを話そう。

自分のことは、自分が一番知っている。


それは何も、顔立ちや、声や、背格好に限らない。


これまで、どんな夢を追い求めてきたのか?

そのために、どのような能力を磨いてきたのか?

それを、どこで発揮してきたのか?


それらの全てを、知っている。


だから、イメージできるのだ。

自分のゾーンが、何であるかを。


それは、どう考えても剣道場。


「・・・何?」


しかし、ここにきて、目の前で、才羽 宗一郎が放った言葉。


自分のゾーンが、剣道場じゃない?


それは実に、不思議な響きだ。

まるで、風呂場の鏡の前に立ち、裸でそれを見つめると、そこに別の人間が映るような。


「君には、真のゾーンが存在する」


その別人との対面に、戸惑い、狼狽えていると、才羽 宗一郎が再び口を開いた。

まるで、その別人こそが、自分の真の姿であるとでも言わんばかりに。


「し、真のゾーン?・・・何だよ、それ?」


「教えて欲しいか?」


「さっさと教えろよ!!」


「それでは、プロジェクト・カイカへ復帰するんだな?」


「な・・・」


「その言葉、復帰宣言と受け取った」


「つ、都合のいいことばっか言ってんじゃねえよ!真のゾーンって何だよ?つか、何でそのゾーンが隠されてんだよ。だ、騙してんだろ!ホントは俺がサカサマ鳥で、俺が気付いて辞めそうだから、それらしい嘘ついてるだけなんだろ!もう騙さベエ・・ゾぁ!!」


-グニュリ


「・・・あ?」


ふと、縦線と横線が、波紋が起こったように揺れた。

それに合わせて、声もブツブツ途切れてしまった。


教頭室の出口であり、校長室への入口。

背中の後ろにある、ブラックホール風の黒ずみに、体が徐々に飲み込まれていくのだ。


「君との面会はこれまでだ」


「ちょ・・・待てジョお!騙してねんナラ、サカサマ鳥が誰か教えろボオッ・・・・グムァっ」


「サカサマ鳥か」


すると、黒波に浸食される寸前、才羽 宗一郎が前のめりになり、その顔を自分の耳元に近付けたのが分かった。


もしかしたら、気のせいかもしれない。

しかし、その白き横顔には、微かな笑みが浮かんでいる気がした。

まるで、難解な数学問題を前に頭を抱える子供に、「答えはこれだよ」と教えてやる時の大人のような。


「それは、□□□□□□だ」


-ブツ


そして、校長先生との奇妙な面会は、無慈悲に、暴力的に、強制的に終了した。


才羽 宗一郎も、リバース・鳥かごも、忽然と姿を消した。

まるで、起きたら蒸発してしまう、夢の中の風景みたいに。


今ここにあるのは、さっき見た教頭室。


数分前に、戻った気分だ。

何者かが世界のベールをめくり、その裏にある時計の分針を、少しだけ戻したような。


「あのっ♪」


再び、眼前にそびえ立つ、絵画風のモニター群。


ゆっくりと、慎重に。

左端から、右端に。


さながら絵画批評家のように、一つ一つに目を凝らす。

そこに、「真のゾーン」があるかもしれないという、微かな希望を抱きながら。


「あのっ、余計なお世話かもしれませんが♪」


すると、肩の後ろをツンツンと突っつくように、キサキューが話しかけてきた。


「・・・え?」


ピンと伸びた、キサキュウの右手人差し指。

それが指しているのは、絵画風のモニターの一つ。


「あ」


気付けば、七海が、自分の鳥かごに現れていた。


4月29日 10:33


タテセンと、ヨコセン。

タテセンと、ヨコセン。

タテセンと、ヨコセン。


逢条 陽の「ゾーン」。


それは、剣道場という予想に反する、モノトーンのグリッド空間。

逢条 陽に続く、二人目の目撃者は、その白黒とは対照的な、ピーチ色の唇をあんぐりと開けた。


「・・・何これ、ヤッバ。ヨーちゃんの言ってた通りね」


それは、ちゃっかりカイカ・ガッコーに出戻った、サイバーキャスター七海 流行。

その衝撃的光景を前に、心に湧き上がったのは、困惑ではなく、脱力するような安堵。


「っはぁぁあああ~。良かった~!あたしがサカサマ鳥じゃなくて」


七海は、おかしいと思っていた。

何故、このような自分が、亜桜 ヒビキという有名人と、肩を並べているのかを。


そう。

数ヵ月前、とある事情からチャンネル破綻に追い込まれた、暴露系-


いや、もとい。

「自爆系」サイバーキャスターが。


4月29日 10:33


「ゲルヅカ!!お前の悪行も、これまでだ!!」


「ぬぐぐっ、ディジ・レンジャー!」


電脳戦隊ディジ・レンジャー。


それは、サイバースーツを着用した、5人のバトル・サイボーグたち。

彼らの体をぴっちり包む、その原色に染まったサイバースーツは、戦闘用のウェアラブルデバイス。


トップアスリートの動作および技術データを保存するマイクロチップ。

空間形状や敵の動きを正確無比に捉えるスーパーセンサー。

それらの情報に基づき、コンマ1秒以下で最適な判断を下す次世代CPU、などを搭載。

着ている者の肉体を、自律的に動かす、全身包囲型のアスレチック・コンピューター。


この日、ゲルヅカの前に現れたのは、そのディジ・レンジャーのリーダーであり、肉弾戦を得意とする、一番人気の赤レンジャー。

誰もが名を知るボクサーや、空手家の動きを吸収し、的確な戦況判断のもと、ドンピシャの攻撃を放つ赤レンジャーは、まさにバトル・サイボーグの名に相応しい。


「トオッッッ!!!」


-ドカッ、ゴキッッ!!


「ぐ、ぐふっ」


赤レンジャーによる、右ストレートからの左ハイキックを受け、たまらず倒れるゲルヅカ。

瞬間、ファイティング・ポーズをとる赤レンジャーの腕が、紅色の電流を纏っていく。


それは、赤レンジャーのみが使える、サイバー・スーツの放電機能。


立ち上がったのは良いものの、ふらつくゲルヅカを前に、その機能を解き放つ。

一撃必倒の必殺技を、この悪党に喰らわせるために。


「エレクトリック・フック!!」


「ブグハラァッッ」


赤レンジャーによるフックの軌道上に、赤い閃光がバリバリと走る。


強力なパンチと電流を同時に受けたゲルヅカは、ひとたまりもなく絶命した。

正確には倒れただけで、まだ生きているかもしれないが、「いいから死ね」というのが鑑賞者の総意だった。


何故なら、ゲルヅカは、テロと破壊行為を繰り返す、悪の組織の親玉だからだ。


「電脳戦隊ディジ・レンジャー!」


そして赤レンジャーは、その場で両足を揃え、半身になって右手を前に突き出すという、お馴染みの決めポーズを取った。

茶の間のテレビの中で、ではない。


サイバー教育施設、カイカ・ガッコーの中で、だ。


「っほおーん。まさか、こんなんと闘うことになるとはなあ?」


ここは、首藤 千蹴のゾーンである、格闘技ジム。

そこに拡がる青いリングで、異なる世界の武闘家2名が、互いの視線を交錯させる。


「正義の味方やん」


ふとそこで、昔のことを思い出し、軽いため息をつく、首藤 千蹴。

両の手にはめた、サズカリモノのボクシング・グローブを、胸の前でポンポンと叩き合わせる。


「ま、ええけど」


そして、赤レンジャーと張り合うように。

首藤はそこで、自身も半身になりながら、股を開いて腰を沈め、「来いよ」と言わんばかりに左手をくいくいとやった。


「俺、正義の味方、嫌いやし」


4月29日 10:35


「シッッッ!!」


首藤より頭一つ分ほど背の高い「赤レンジャー」は、首藤に向けて、中距離からけん制の左ジャブを放った。

首藤がそれをグローブでブロッキングすると、赤レンジャーは目にも止まらぬ速さで右ストレートを繰り出す。


その、正確に顎を撃ち抜こうとする、右ストレートをガードした瞬間。

首藤は、とある異変が目の前に生まれたことに気付いた。


-12!

-26!


目の前を、プワプワと、さながら蝶々のように、白い数字が舞っていくのだ。

その数字の横には、縦に伸びた緑色のゲージが添えられている。


「シッッ、シッッ、シッッッ!!」


-12!

-20!

-25!


首藤のガード上から、赤レンジャーがパンチを叩き込む度、まるでガソリン残量がすり減るように、ゲージの緑が減っていく。


「ん。これ・・・まさか」


そこで、赤レンジャーの猛攻の最中、ぶらりとガードをほどく首藤。


「ホオオあああ!!」


-ドシュッ、ボグシュ!!


-4099!3047!


サイバリアルムに効果音が響き渡ると、ゲージの緑が急降下し、黒の部分がぐんと多くなった。


「この数字、ダメージやな?」


しかし、気付くのが遅過ぎた。

さっきの2発は、およそ致命傷だったようなのだ。


-グウン、グウン、グウン、グウン、後1回のクリーンヒットで、ゲームオーバーとなります。


ホログラムでできたリングが、グワングワンと揺れている。

どうやら、脳震盪を起こした、という意味らしい。


後1回のクリーンヒットで、負けが確定。

しかし、そうは問屋が卸さない。


何せ、リング付近の特等席で、可愛らしきVIPが、勝負の行方を見ているのだから。


「ほな、ちょっと本気出すから。しっかり見ててや、ソラソラ」


4月29日 10:37


いつしか、首藤の顔には、自然と笑みが生まれていた。


新時代が生み出した、異世界での闘いが、純粋に楽しかったからか?

いや、正義の味方との「再びの」対峙に、昂るものがあったのだ。


「エレクトリック・フック!!」


既に、HPがゼロに近い首藤に対し、無慈悲にも必殺技を繰り出す、赤きバトル・サイボーグ。


相手は、瀕死。

しかし、だからと言って容赦はしない。


平和を脅かす悪に、止めを刺すにあたっては、必殺技を繰り出すのが、特撮ヒーローの宿命なのだ。


-ボブジュウン!!


直後、横向きの稲妻が空間を切り裂いたかの如く、赤レンジャーのフックの軌道に、紅(くれない)にきらめく電流が走った。


しかし、切り裂かれたのは空間だけ。

エビ反りのように背中をしならせ、その殺人的な攻撃を躱した首藤は、床とほぼ並行になるまで上半身を曲げた状態で、右アッパーを繰り出した。


アクロバティックな、カウンター。

天に向け、真っ直ぐ放たれたそのアッパーは、さながら打ち上げ花火のように上昇し、赤レンジャーの顎にぶつかって火花を散らした。


-ゴギュシュ!!


「グふっっっっ」


-5940!


「首藤拳法は、ボクシングの研究も怠らんからな?」


一気に、HPの6割を失った赤レンジャー。

しかし、正義の味方にはまだ勝算があった。


首藤は、ダメージを負った自分に対し、連打を畳みかけてくるだろう。

そして、その時こそがチャンスである。


勝ちを急げば急ぐほど、力が力み、攻撃は大振りとなり、そこに隙が生まれていく。

その隙を、突く。


しかし、それがこの対戦において、赤レンジャーが下した最後の判断になった。

突如、あらぬ方向から飛んできた鋭利な何かが、赤レンジャーの首元を切り裂いたのだ。


-9999!


「俺はなあ、正義の味方嫌いやねん」


リングの上での、ボクシンググローブを着用した闘い。

その闘いにおける攻撃は、パンチか、キックか、膝か、肘か、せいぜい反則の頭突きくらいに絞られる。


いずれも、「ゴツン」とくる攻撃だ。


しかし、そのゴツンという常識的制限に反し、サイバリアルムに響いたのは「ズブシャ」、つまりは何かが「切られた」音だった。

首藤が素足で繰り出した、何らかの特殊攻撃を、サイバリアルムが「刃物」と認識したのだ。


まるで、この空間で鎌でも振るわれたかのように。


-ズブシャッッ!!


「ぶぐハっっ!」


その場に片膝をつき、血が噴き出ないように、自身の首元を抑える赤レンジャー。

首藤は、そんな赤レンジャーの頭を右手で鷲掴みにして、自分の顔の高さまで持ち上げた。


赤レンジャーの返り血を、シャワーのように浴びながら。


「ゲルヅカにも、事情があんねん」


そして首藤は、まるで剛速球で名の知れたピッチャーが、自身の最大球速に挑むように、右手で鷲掴みにした赤い「球」をぶん投げた。


ただし、地面の方向に。


-ボグオッ!!


青いリングの床に、叩きつけられる赤レンジャーの頭。

首藤の怪力によって、それはリングの床を貫き、結果、赤レンジャーの上半身が、45度の角度でそこに突き刺さった。


数秒後、45度から地面に向けて、かくりと折れた膝下により、そこに、新たな角度が生まれる。


「カハッッ・・・」


-YOU WIN!!


青いリングの床下で、最後の息が吐き出されると、格闘技ジム全体に、祝勝のアナウンスが響き渡る。

しかし、首藤の期待と裏腹に、そのアナウンスを聞いたのは、首藤一人に留まった。


「シャあ!!・・・って、ソラソラおれへんやん」


4月28日 10:37


七海 流行は、嬉しかった。

最下位になることを懸念しつつ参加した、とあるマラソン大会において、自分よりも遥かにノロマな、真の最下位候補を見つけたような気分だった。


「アタシ、普通に選ばれたんだぁ♡」


カイカ・ガッコーの一室に生まれた、格子柄を見つめつつ、キラキラとした息を吐く。

プロジェクト・カイカ最下位の、不幸で不憫なサカサマ鳥は、自分ではなく逢条だった。


「でもま・・・こんなの見させられたら、暴れたくもなるわね」


サカサマ鳥、逢条に向ける、一抹の同情。

一方、とあるルールが、七海の頭に蘇る。

それは、「サカサマ鳥を特定した者は、本来サカサマ鳥に与えられる、才羽奨励金を横取りできる」というもの。


「まあ、ちょおっと気の毒だけど・・・言っちゃうよ?」


その金額、およそ3万ユーキミ。

あの一言を言うだけで、それが自分のものになる。

一瞬、空っぽの袋を覗き込み、ガックリ項垂れる逢条を想像するも、そのイメージをぶんぶんと振り払い、止めの言葉をそこに放つ。


「サカサマ鳥、見・・・」


「見つけてねーぜ?」


背後から、自分の唇に手を被せるように響いたその声。

声の主は、サカサマ鳥こと、逢条 陽。


「ヨーちゃん・・・まだ、カイカ・ガッコー居たんだね」


「ああ、そうだよ「ルイちゃん」。状況が変わったからな」


七海はそこで、気まずさの中、ぐるりと後ろを振り返り、逢条の顔に目をやった。


異変。


そこに、辞職を表明していた時の、自暴自棄になった様子はない。

それに、3万ユーキミ強奪ワードへの恐れも見えない。

反面教師役を、唐突に押し付けられたことへの怒りすら感じられない。


「さっき、校長先生と話をした」


代り映えした逢条の体を見回す七海に対し、その一字一句を、ゆっくりと発音する逢条。


「そ、そう・・・ちなみに、アタシとまたたきで会ったことは、話してないよ・・・」


「で、校長先生から、俺はサカサマ鳥じゃないって言われた」


「え?」


「聞こえたろ?俺は、今君が思ってる、サカサマ鳥なんかじゃねえ」


「えーと。ってコトは・・・?」


「サカサマ鳥は、他に存在するってことだ」


逢条の、両目。

そこにある、微動だにせぬ黒い点。

それを見つめる七海は、それらの黒点が、段々と自らの視界を飲み込んでいく気がした。


説得力。

これは、嘘をついている男の目ではない。

そう直感する一方、それが真実か揺さぶりをかける。


「でも・・・この状況、悪いケド、ヨーちゃんがサカサマ鳥にしか見えないよ?失礼だけど、「ヨーちゃんがサカサマ鳥」って、校長センセーに告げられたんじゃなくて?」


「俺はホントのことしか話してねえよ。何で嘘なんかつく必要ある?君じゃねえんだからさ」


七海の揺さぶりに全く動じず、あまつさえ、七海をチクリと刺す逢条。

その刺し傷を抑えつつ、七海は揺さぶりを続けた。


「・・・才羽奨励金よ」


「あ?」


「仮に、ヨーちゃんがサカサマ鳥だとするじゃない?そしたら、才羽奨励金の3万ユーキミは、ヨーちゃんのものよね?でも、アタシがヨーちゃんをサカサマ鳥認定したら、それはアタシに横取りされちゃう。3万ユーキミが水の泡になるのが怖くて、そんなコト言ってるんじゃないの?」


「失礼な妄想だな。君が嘘つきとは知ってたけど、無礼者だとは知らなかったわ」


「・・・でもゴメンだけど、ヨーちゃんの話の方が嘘に聞こえるよ?だって、ヨーちゃんが普通のセンセーだとしたら、ここがヨーちゃんのゾーンってことになるよね?」


「いや。俺には、「真のゾーン」が存在するらしい」


「・・・何よ、それ?剣道場が他にあるってこと?」


「いや。それが、剣道場でもないらしい」


真のゾーン。

またたきホームで遭遇したとき、逢条は剣道着を着て、木刀を手に持っていた。

そしてあろうことか、特警2名に、その木刀を構えて対抗した。


その姿は、時空の歪みか何かで現代に迷い込んだ、江戸時代の侍を彷彿とさせた。

そんな剣道男の逢条に、「剣道場以外」のゾーンがある。


「一体何なのよ、そこ」


「俺にも分かんねえ。それを校長先生に聞く前に、面会が強制終了して、校長室から締め出された。だから、自力で見つけるしかねえな」


「てか・・・何でヨーちゃんだけがそんな妙な扱いなの?支離滅裂な話に聞こえるけど」


「ところが、全部ホントなんだわ。嘘って思うなら、俺がサカサマ鳥って言えよ?言って損すんのは、俺じゃなく君になるけど。間違ったら、ペナルティがつくんだろ?」


七海は、そこで結論に達した。

逢条が言っていることは、嘘ではない。


-自分はサカサマ鳥ではない。

-他にゾーンが存在する。

-しかし、そこがどこかは分からない。


これらが嘘であるとしたら、あまりに大雑把過ぎるのだ。


「・・・ふーん」


「・・・何だよ?」


「アタシ、ヨーちゃんの言うこと信じるよ?」


「ほう?」


鳥かごを彷彿とさせる、白と黒のグリッド世界。

しかし、サカサマ鳥ではないらしい。

支離滅裂ではあるが、そこには、何らかの筋道があるようだ。


それに、実際の話。

逢条 陽が口にする、「真のゾーン」に関しては、全く見当が無いわけではない。


「ところで、ヨーちゃん。どうする?」


「え?」


「あたしが、ヨーちゃんの「ホントのゾーン」知ってたとしたら?」


4月29日 10:39


妙だ。

と言うのも、出し抜けに、宇宙人と出会ってしまったのだ。


その宇宙人は、体面上、地球の女性と同じような恰好をしている。

だから、最初は宇宙人だと気付かなかった。


しかし、たった今、知るに至った。


地球人の人生を、ガラリと変えてしまう情報を、彼女が保有していることを。


「・・・真のゾーンを、知ってるだと?」


その知識を、地球人に与えるかどうかは、宇宙人の意向次第。

宇宙人は、その立場の優位性から、ニヤリとしながら言葉をつづけた。


「ええ。まあ、それを教えるかどうかは、ヨーちゃんの「頑張り」次第だけど?」


「・・・頑張り?」


「聞きたい?」


「はっ、ふざけろよ。今更、君の言うことを信じろって?数時間前、君に思いっきり騙されてんだけどな?」


「信じないんだったら、信じないでいいケド。でもヨーちゃん、ホントのゾーンが何なのか、心当たりはあるの?」


その、余裕を滲ませる態度を見ると、いかにも七海の主張が真実かのように思える。


しかし、油断はならない。

優秀な役者は、それが芝居であることを鑑賞者に忘れさせるものだ。


丁度、今朝、七海がそれをやったように。


「心当たりなんてねえよ。でも、俺自身も心当たりがないゾーンを、何で今朝会ったばっかの君が知ってんだ?」


「・・・さあ?」


七海は、妙な笑みを浮かべて、その問いを流した。

もっとも、それが一番賢い反応なのだろう。


「・・・ボロが出るから答えませんってか。でも、そんな態度で俺が信じると思ってんのか?」


「信じるか信じないかは、ヨーちゃんの勝手じゃない?でも、私がヨーちゃんのゾーンを知ってる事実は変わらないケド」


「根拠もねえ情報は、嘘としか思えねえ。特に、嘘つきの君を相手にする場合はな。やっぱ、君とはここでおさらばだ」


終始優位に立って話を進める七海に、思い切り背を向け、すたすたと鳥かごの出口へと進む。


押してダメなら、引いてみろ。

これでいい。


例えば、「いい話があるよ」と、こちらに近付いてくる輩がいる。


そうした場合、「根ほり葉ほり聞く」よりも、「興味があると匂わせてから立ち去る」方が得策だ。

相手は、こちらを捕まえようと、前のめりで追いかけてくる。


「あーあ。このまま立ち去るなら、もうヨーちゃんには教えてあげないよ?」


「いや?このまま立ち去るよ。どーせ嘘だし。それに、仮にホントだとしても、それを俺に教えるのは条件つきなんだろ?」


「うん、条件はつくわよ。その情報、ホントだから。価値があるものを、タダであげるなんて話はないじゃない?」


「・・・ぬ」


「まあ、立ち去りたいなら、立ち去ればイイと思うけど?」


沈黙。

数秒後も尚、その沈黙は続き、それが終わる気配がない。


知りたい。

自分の、真のゾーンを。


結局、揺さぶられたのは、自分だった。


「・・・ヒント、出せよ」


あくまで背中を向けながら、その質問を七海に放つ。


「ヒント?」


「ああ、俺のゾーンについてのヒントだ。ヒント出してくれんなら、条件聞いてやってもいい」


「・・・ふーん?」


「スーパーとかが、ちょこっとの食品を、試し食いとして無料提供してんだろ?」


「何の話してるの?」


「君は俺に、ホントのゾーンっていう商品を売りたいんだろ?だったら、まずはちょっとの量を無料提供しろ。買うかどうかは、それから決める」


「・・・じゃ、これでどう?アタシの知ってるヨーちゃんのゾーン、剣道でもなければ、武道でもない」


「何?」


「そこで、ヨーちゃんがどうパフォーマンスするか、ちょっと想像できないな」


4月29日 10:41


「俺のゾーンが、剣道でも、武道でもない?」


聞けば聞くほど、メチャクチャな話だ。

剣道とも、武道とも関係ないなら、それは最早ゾーンと言えるのだろうか。

バスケット・ボール選手が、化学実験室に連れてこられて、その能力を発揮できるか?


「で、ちょこっと無料提供したけど、「商品」は買ってくれるのかしら?」


「・・・いくらなのか言ってみろよ。引き換えに、俺に何をさせる気だ?」


そこで七海が生み出した、こちらをじらし、焦らせるような沈黙。

まるで、下着姿を見せながら、こちらの頭を足で抑え込むような。


「アタシのプロモーション」


「あ?」


「他のゾーン回って、アタシの宣伝して欲しいの。それでアタシに助手がつけば、ソラソラが来てくれる確率が高まるんでしょ?」


「君の宣伝・・・?」


「そ。ヨーちゃんが宣伝してくれる、っていうのがポイントなの。だって、自己アピールって、ウザがる人多いじゃない?SNSで自撮りしか上げない女子がウザがられんのと同じよ。でも、第三者から「あそこのお店の受付にカワイイ子がいた」なんて聞いたら、途端に興味持つでしょ?」


「・・・」


「だから、ヨーちゃんに宣伝して欲しいの。「アタシがイイ線いってて、勝者になるかもしれない」って。そうね・・・他のゾーンを3か所回って宣伝してくれたら、教えてあげてもイイわよ?ヨーちゃんの、ホントのゾーン」


宣伝。

七海が勝者になるという、プラスの口コミを拡げる行為。

確かにそれは、賢い条件に違いない。


しかし、自分の心に生まれたのは、少し異なる印象だった。


「要するに、それ、サクラだよな?」


「いや、まあ・・・そうとも言えるケド」


「サクラに頼るって、君、ひょっとして自信ないんじゃねえの?」


「えっ?」


「そもそも、何であんなとこにいた?」


「あんなとこって?」


「とぼけんなよ。部屋の外だよ」


瞬間、七海の両目に、山中から空に向けて送るヘルプサインのような光が灯った。


「い、いいじゃない、アタシの話は。今は、ヨーちゃんの話を・・・」


「あの時、「もういいの」って言ってたよな?自分がサカサマ鳥だと思って、絶望して辞めようとしたんじゃねえのか?俺みたいに」


「・・・でも、アタシはサカサマ鳥じゃないんでしょ?だったら、もう過去の話って感じで」


「ふーーーん」


「そ、それで、やってくれるの?くれないの?アタシの宣伝」


「・・・」


仮に、七海の言っていることが本当とすれば、サクラ行為と引き換えに、真のゾーンが判明する。

しかし、そのサクラ行為の影響で、七海に助手がついたりして、ソラソラの来訪率が高まってしまったら、どうする。


いや、待て。

七海は、自身がサカサマ鳥であると信じ込んでいたレベルのセンセー。

ソラソラの来訪率が高まったところで、恐れる必要などないのでは?


しかし、そうは言っても-


-バリババリバビリビリ!!


「ん・・・やっべ」


「え?何?」


「いい案、閃いちまったかも」


宣伝。

ソラソラ。

サカサマ鳥。


それらを脳内で口にした瞬間、インスピレーションが舞い降りた。

「宣伝」「ソラソラ」「サカサマ鳥」という点が、結びついて線になり、そこに電流がビリビリと流れたのだ。


まるで、月、兎、餅という、別世界の事物たちが想像力で結びつき、一つの物語が生まれたように。


「・・・君のサクラは、やんねえわ。つーか、俺がサクラし終わった後、君が素直にゾーンを教える保証もねえし」


「いやアタシ、ちゃんと教える・・・」


「ルイちゃん。勝つ自信ないなら、諦めて助手になったらどうよ?」


「え?」


「ただし、俺の助手じゃねえけど」


瞬間。

頭上に立ち昇る空想の月の上で、真っ白な兎が、ぺったんぺったんと餅をつき始めた気がした。


「いい事、思いついたんだわ」


-7年9ヵ月前

7月29日 9:51


「おっはよーうございます!」


「あら、天田くん。早いわね!昨日、長乃だったのに」


Hoshino Hikari Productionにおいて、出社時間はあってないようなものだ。

建前上それは10時とされているが、10時きっかりに出社したことは一度もない。

30分以内の遅刻は、遅刻にすらカウントされないからだ。


音楽業界の仕事に就いている以上、深夜まで拘束されることなどザラにある。

所属アーティストのライブやレコーディング、更には関係者との飲み会、など。

ゆるゆるの出社時間は、星野がそうした事情に配慮し設けた、優しいフレキシビリティだった。


ところが天田青年は、この日非常に珍しく、10時前に出社した。


と言うのは、一刻も早く、星野にあるニュースを伝えたかったのだ。

その思いが、玄関を出る足を早めさせ、事務所に歩む足を速めさせた。


「星野さん、昨日メッセージ返せなくてスンマセン」


「いいよ、こっちも夜遅くにメッセージしちゃってゴメンね。結局・・・どうだったの?」


「・・・」


昨夜、星野社長から受領した「状況どう?」というメールには、結局返信しなかった。

半日も引き伸ばされた沈黙に、この事務所で、数秒ほどの長さが追加されていく。


「ヒビキくん、お呼びだよ?」


「・・・え?」


そして、その沈黙を打ち破るように。

事務所の奥から現れたのは、このHoshino Hikari Productionのもと、燦然と輝こうとする星野。


「おはようございます。桜庭 響、改め、亜桜 ヒビキです」


天田青年が、星野のメッセージに返信しなかったのには、理由があった。

この吉報を、この収穫を、面と向かって星野に伝えたかったのだ。


右手を自身の口に当て、唖然としながら後ろにのけぞる星野。

瞬間、その動きにより、星野の綺麗な髪がゆらめいた。


その有様に、にんまりと笑みを浮かべる天田青年。


「長乃から拉致ってきちゃいました。ま、本人も挨拶したいって言うんで」


「ビックリした・・・こう来るとは思わなかったよ。亜桜君、初めまして」


「いんやあ~、ヒビキ君の実家が寺で、住職のお父さんにメチャクチャ圧かけられたんですけど。でも、ヒビキ君もやる気見せてくれたんで、こっちも男見せんと、と思って。頑張って、お父さんに交渉しましたよ。その・・・まあ、星野さんの顔とか、思い出しながら」


すると星野は、天田青年の方を振り返り、その妖精のような顔をほころばせた。


-天田くん、やればできるじゃない!


そんな、笑顔。


その笑みを見た瞬間、天田青年は少しだけ、花を目指して空を飛ぶ、虫の気持ちが分かった気がした。


その蜜は甘く、香りは美しく、花弁は優しく、柔らかい。

そこは、とろけるほどに心地好い場所。


だから虫は、花を求め、遥か遠くから飛んでくるのだ。


例えば、長乃から。


「え?」


「え?」


天田青年と、星野社長が、同時に発した「え?」という声。

それは、長乃からの、若き来訪者に向けられたもの。


-チュッ


片膝をつき、手の甲へキス。


そしてキスが終わったら、口づけをした場所に、ソッと優しく手を当てる。

その魔法の熱を、逃がさないように。


亜桜少年は、自身が所属することとなったマネジメント・プロダクションの社長に対し、その行為を堂々とやってのけた。


「初めまして、星野さん。いきなりこんなことしてゴメンなさい。でも、一目惚れしちゃったんです。生まれて、初めて」


かくして、星野 ららかと、亜桜少年の出会いは果たされた。

長乃の寺における、天田青年の、数時間におよぶ格闘の末に。


4月29日 10:57


銀色の、妙な花。

それが、こちらに顔を向けている。


花びらは、5枚ある。

中心から、一律な長さで、均一な角度で、5方向に伸び拡がった、ステンレスの「花びら」が。


各々の花びらの、とんがった先端。

その五つの先端は、同じく銀色に輝く真円の中に、ぴったり綺麗に納まっている。


その花のような、円のような物体は、自身よりも遥かに大きい、銀色のドアの真ん中に設置されている。


すなわち、この物体は、ドアの取っ手。

それは、こちらがドアの前に立った瞬間、突如意識が芽生えたかのように、くるくるクルクル高速回転。

そして、ある時、何かの準備が終わったように、ガシャリと音を立て静止した。


すると、ドアがゆっくりと手前に迫ってくるではないか。


どこか能役者のそれを彷彿とさせる、差し迫った静寂を纏い、こちらに迫りくる巨大ドア。

それは、自分がこれまでの人生で見た中で、最も分厚く、大きな扉。


そして、それが一人でに、右方向へスライドしたとき。

その内側の有様が、露わになった。


音楽室。


この、奇妙な壁と天井に囲まれたゾーンの中央。

そこに佇んでいるのは、鋭い目線をこちらに向ける男。

それは、アコギのアバターの代わりに、生身の姿で登場した、音楽業界の至宝。


亜桜 ヒビキだ。


仰々しいまでの、幕開け。

その幕の内には、非日常的な趣きの造形。


しかし、最も重要なのは、亜桜 ヒビキが体に纏う、それらを忘れさせるスター性。


それは自分に、主役と、引き立て役の力関係を意識させた。


このゾーンは、亜桜 ヒビキのステージに過ぎない。

そして、ステージというものは、それがいかに特殊であれど、主役になり得るはずがない。

それは、主役の奥にすっこんで、花吹雪なんかをそこに舞わせる、健気な引き立て役に過ぎないのだ。


とりわけ、主役にスター性があると、誰も引き立て役には注目しない。

その目は、スターにくぎ付けになるからだ。


「亜桜君、こんにちは」


恐らく、180cmはあるであろう背丈。

加えて、やせ型八頭身という、ファッションモデルのような体型。


ほっそりとした頬のサイドに、膨らみをもたらす、ウェーブ・パーマがかかった髪。

プラチナ色に染められたそれが放つ、ど派手な煌き。


「またお会いできて何より。チュートリアルで話した、逢条 陽です」


「逢条君・・・か」


案の定、困惑の表情を浮かべる亜桜。


熟練の彫刻師が、細心の注意を払いながら彫り進めたような顔立ち。

その目、鼻、口の均整は、そうした表情においてすら、何ら崩れることはない。

例えば嵐が吹いたとき、ビクともしない有様で、その造詣の盤石ぶりを見せつける、堅牢な家のように。


「何でまた、ここに来た?」


「何でと聞かれたら・・・まあ」


いつかポスターで、見た通りの顔。

目の前に立つ、音楽業界の至宝。


その亜桜にぶつけてみるのは、完全にひるがえった意向。


「亜桜君の、助手になりたいなと思ってね」

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