第4話 パン祭り

「まさか6つの適性を持つセクタプルの人間と出逢えるとは……」


「これでワシは冒険者になれるのか?」


「……なれるだろうが、冒険者組合に適性が6つあることを正直に伝えれば国に召し上げられるだろうな。それにもし冒険者に成れたとしても騒ぎになることは確実だ」


 ローレヌから聞いたノブナガはこれからの動きについて、髭を撫でながら考えていた。正直に伝えれば堂々と6つの魔法を使えるため、生存できる可能性はほぼ100%になる。しかし色々面倒くさそうな事が起きるのは嫌だった。そのためノブナガは今まで見せたことがないほど悩み続けていた。


「……ふむ、報告するのは2つにしておくか。ワシにはこいつらがあるしな」


 ノブナガは腰にある刀を軽く叩きながらそう言った。彼にはオークを刀で軽く倒した実績があるため、魔法が十全に使えなくとも生き抜ける力があることが分かっていた。だから自由に生きるために自分の力を縛ることを決めた。


「刀とは珍しい武器を使っているな」


「……ワシが生まれたところではこれが主流じゃった」


「珍しいところもあるな。ウチでは刀は取り扱っていないから、もし得物を変えるつもりがあるのなら、ウチへ来い。サービスしてやる」


「そんな時は来ないであろうが、頭に入れておこう。そろそろ失礼する」


「もう行ってしまわれるのですか!?」


「うむ。今のワシは一文無し、宿無し、職無しなんじゃ。早いとこ職に就かねば一文無し、宿無しのまま夜を過ごすことになってしまう」


 商館から出ていこうとしたノブナガを止めようとしたローラは着物の袖を掴んだ。


「ならウチへ泊まっていけばいいじゃないですか!!」


「借りは作らない主義と言ったはずじゃが?」


「私は助けられました!」


「それの借りはお前の父親に返してもらった」


 止める一番の材料であった"借り"が無くなった以上、彼女にノブナガを引き止める力はない。


「……パパが返したのは、娘を守ったことに対する借りです。私という人間を助けてくれた借りは返してません」


「むっ……」


 確かに彼女の言うことも一理あった。簡易検査機を譲渡することで借りを返したのはローレヌであり、ローラではない。そうするとローラはノブナガに対して借りを作っている状態であると考えることも出来る。


「……娘がこう言っているが、お前はいいのか?」


「いいよねパパ!!」


「――くっ……いいだろう」


 可愛い娘の願いは極力叶えてやりたいローレヌだったが、娘が確実に惚れているであろう相手を家に泊めるという願いは叶えたくはなかった。しかし商人として借りを作りっぱなしでいるのはいけないと教えたのは自分であるため、拒否することは出来なかった。せめてもの抵抗に語気を強めて言った。


「……世話になる」


 ノブナガとしてはローレヌが拒否することを願っていたのだが、許可を出されてしまったため、仕方なく泊まることにした。


「ただ職には就かねばならないから、一度失礼する」


「私が案内します!!」


「……ワシは童ではないが?」


「でもこの街のこと分からないですよね」


「それもそうじゃな」


 正論を言われてしまったノブナガは頬が少し赤く染まり、恥ずかしそうにしていた。


「あそこが初心者向けの武器を扱っている鍛冶屋さんで、あっちにあるのがパン屋さんです」


「……久方ぶりにビスコートを食べたくなったぞ。身銭が出来たら買いに来るか」


 ノブナガは独り言を呟いたつもりだったが、彼の一挙手一投足を見逃さんとするローラの耳には届いていた。


「ビスコートが何かわからないですが、パンを食べたいのでしたら、私が買います!」


「泊めてもらうことで借りは返してもらった。これ以上施しを受けると逆に借りを作ることになってしまうわい」


「……そうなんですが、でも食べたい時に食べた方が、いやでも……」


 悩みすぎて自分の世界に入ってしまったローラは、身振り手振りが激しくなり、周りの視線を集めてしまい、ノブナガの珍しい服装も相まってかなり目立っていた。


「分かった。ここは奢ってもらおう。じゃが身銭が出来たらすぐに返すぞ」


「はい! 分かりました」


 意志がかなり強いはずのノブナガの意志を曲げたローラは、前世の世界も合わせて稀有な存在であることは確かだ。


 パン屋に寄ったノブナガはその種類の多さに驚いていた。前世では宣教師と共に日本へとやってきた、保存食として作られたビスコートと呼ばれる硬いパンしかなかった。それに対してパン屋に置かれたパンの種類は十数種類に登る。珍しい物好きな彼にとって見たことの無いパンに興奮するのは仕方の無いことであった。


「これは何じゃ?」


「それはクロワッサンと言ってサクサクした食感が癖になるパンです」


「これは?」


「そっちはフランスパンで堅くて、ガーリックの味が強いパンです」


「これは?」


「それは――」


 全てのパンを聞き終えるまでこのやり取りは続いた。普通であれば途中で止めるような時間が経っていたが、新しい物には目がないノブナガとその男に盲目に惚れているローラが揃ってしまったため、止める人間が居らず、最後まで続いた。



◇◇◇あとがき◇◇◇


クロワッサンやフランスパンだったりの固有名詞は他の転生者がもたらした物とかではなく、作者である私と読者様に分かりやすくするためのご都合主義によるものです。


……名前を変えて作るのが面倒だからではないです。本当ですよ。

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2024年12月17日 07:00

織田信長が異世界でも第六天魔王と呼ばれるまで Umi @uminarou

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