聖なる夜のサンタの恋 ~ ダズンローズデイ

藤泉都理

聖なる夜のサンタの恋 ~ ダズンローズデイ






 早くはやくハヤクと心が急く。

 何の夢も持たなかった咲螺さくらが、サンタクロースになりたいと宣言してから何年経っただろうか。

 厳しい修行を経て、いつもはプレゼントを用意する補佐役に留まっていたが、今年はサンタクロースとして子どもたちにプレゼントを届けるのだ。

 今日は十二月十二日。

 あと十三日後には、咲螺は華々しくサンタクロースとして地上に降り立つのである。


 早くはやくハヤクと、心が急く。

 サンタクロースとしての初仕事を行う前に、早く咲螺を元に戻さなければならないのに。

 蛇の咬み傷を治す力があるシクラメンを探さなければいけないのに。

 七年前。私たちが十歳の時、禁忌の森でしか生えない薬草を探す私について来たせいで、咲螺は毒を持つ大蛇に咬まれて、生死の淵を彷徨ったのである。

 私のせいなのだ。

 頬から首にかけて、痛々しい大きな蛇の咬み跡が残ったのは。

 私のせいなのだ。

 咲螺が、幼馴染が、私の大切な人が、変わってしまったのは。

 優しくて少しだけ甘えたで恥ずかしがり屋だった咲螺が、あんな、あんな、口にするのも憚れる、




「かがり君。今日こそは我の気持ちを受け止めてくれるネ」




 バチコーン。

 とても長く量の多い睫毛をたおやかに動かしながら、数多の星々を放つウインクをした咲螺は、昔の見る影もないスケコマシナルシスト野郎になってしまったのだ。






「明るくて鮮やかで遊び心があって温かくて熱くて甘くて自分を戒めて勇ましくて美しくて大きくて厳かで穏やかで賢くて感謝をしていて鍛えていて清くて元気で健康で世界中の人に好まれていて幸せで優れていて涼やかで誠実で攻めていて助けて正しくて戦っていて楽しんで特別で整えていて成し遂げていて優しくて柔らかくて譲る精神を持っていて豊かで常に笑みを絶やさないクールガイの我の何が不満なんだい?かがり君」

「ぜんぶだ」

「オーマイガッッッド」


 何だその変なポーズは。体幹が凄いな。


「………じゃあ。私はやる事があるので、失礼する。貴様もサンタクロースの仕事が忙しいだろう。さっさと仕事場に戻れ。じゃあな」

「かがり君。今回もこの十二本の真っ赤な薔薇を受け取ってはくれないのかい?」

「ああ。受け取らない」


 冷たい視線を惜しげもなく向けながら、魔女のかがりは馴染みとなった禁忌の森へと進んだ。


 十二月十二日。

 大蛇の毒に打ち勝って目覚めた咲螺が、毎年この日に十二本の薔薇の花束を差し出すようになった。

 ダズンローズデイ。

 十二本の薔薇を愛情の印として恋人に贈る日だ。

 かがりと咲螺は恋人ではない。

 だというのに、咲螺は十二本の薔薇の花束をかがりに差し出す。

 大蛇の毒がまだ完全に抜けきっていないのだろう。

 かがりの師匠である魔女はそう言った。

 だから、性格や容姿が激変してしまったのだろうとも。


 治すにはシクラメンの地下茎が必要だと師匠に言われたかがりは、七年前から数が少なくなったシクラメンを探しては地下茎を煎じて咲螺に飲ませ続けているが、元の性格に戻る事はなかった。


(早く、元に戻さなければ、)


 ダズンローズデイに十二本の薔薇の花束を差し出すようになったのも、大蛇の毒が抜け切れていないからなのだ。

 勘違いしてはいけない。

 好きなってもらっているなど。

 好きになってもいいのだと。

 せめて、元に戻るまでは、拒み続けなければならないのだ。




「何故ついてくる?」

「かがり君を守るために」

「もう不要だ。毒を持つ大蛇も大木を薙ぎ払う大熊すら宥める術も知っている」

「知っているよ。けれど、それでも、我は心配なのだ」

「………戻れ」

「ねえ、かがり君。我は変わったかい?」

「ああ。変わったな」

「大蛇の毒によって我は変わったと思っているのかい?」

「何度もそう伝えているはずだが?」

「ああそうだね。その度に我は言った。変わる事の何がいけないのかとね。大蛇の毒が原因だろうが、いいじゃないか。我は今の我が好ましい。だから、シクラメンの地下茎も効力を発揮しないのではないかな。我が拒んでいるから」

「………」

「かがり君が昔の我を好ましく想っている事は知っている。であるからして、今の我の十二本の薔薇の花束も受け取ろうとしない事も知っている。けれども、我は変わらない。この蛇に咬みつかれた痕も治そうとしなくていいんだ。我はこの傷も好ましい」

「………貴様はサンタクロースなのだぞ」

「見える場所に傷があったら、サンタクロースになってはいけないのかい?」

「違う。大蛇の毒に操られている貴様がサンタクロースになる資格がないと言っている」

「サンタクロース協会は構わないと言っているよ」

「………」

「我が毒を持った大蛇に咬まれた時。かがり君が我を失ってしまった時。我はもうかがり君を悲しませたくないと誓った。どんな困難にも打ち勝てる男になるのだと誓った。この心が、大蛇の毒のせいなのか。そうではないのか。我には判別できない。ただし、我には重要ではない。心は変わらないと自信を持って言える」

「そんなの。わからない。変わるかもしれない。大蛇の毒が抜けて、今とはまったく違う貴様に変貌する可能性もあるではないか」

「そうだね。変わるかもしれない。けれども。かがり君を想う気持ちは変わらない」

「それがわからないと言っているのだ」


 無様だ。

 かがりは臍を噛んだ。

 頑是ない子どものように感情が操作できない。

 苛立ちが、哀しみが、言葉となって、溢れ出てくる。


 大蛇の毒に操られていないと、誰が断言できるのだ。

 こんなにも、こんなにも変貌してしまったのだ。

 誰が今の咲螺の言葉を信じられるというのだ。


(こんなに素直に、自分の想いを伝えてくる事はしなかった)


「薄っぺらく感じてしまうのだ。今の貴様の言葉はすべて。真実を口にしているとはどうしても思えない。私は。私が。貴様を変えてしまったのだ。だから、私が元に戻す。戻さなければならないのだ」

「………戻りはしないよ。我は。戻りはしない。もう、我の気持ちをかがり君に伝える事を躊躇ったりしない。決して。薄っぺらく感じられたとしても。我の心だ。我は、信じてくれとしか言えない」

「………」


 振り向けば。

 かがりは思った。

 後ろに振り向いて、咲螺を見てしまえば、きっと信じてしまう事だろう。

 いつかは醒める夢と怯えながらも、信じてしまうのだ。


「かがり君。聖なる夜、十二月二十四日の夜に小さな丘のクリスマスツリーの下で待っているよ。プレゼントを配る十二月二十五日午前零時が来るまで。我を信じられると思ったら、来てくれたまえ。けれども、信じられないと言うなら。来ないでくれたまえ。もう、我も。かがり君に近づきはしない」


 残酷な男だと、ふと、詰りたくなった。

 信じたいに決まっている。信じたい。心の底から。

 去って行く咲螺の背中に思い切り抱き着きたい。

 けれども、かがりの足は咲螺と正反対の方向へと歩き出す。

 シクラメンを探すために。




















 聖なる夜の小さな丘のクリスマスツリーの丘にて。

 十二月二十四日午後十一時五十分。

 ほのかな電球の光が瞬くクリスマスツリーの下に居たのは、咲螺だけだった。


(信じられない。か)


 致し方ない。

 あと十分待ったら、すっぱり諦めよう。

 苦しませ続けるわけには、


「クリスマスプレゼントを、サンタクロースの初仕事を終えた貴様に渡す」


 ゆっくりと現れては強張った顔をしているかがりに、咲螺はやけに煌めいた微笑を贈ってのち、迎えに来たトナカイが牽くソリに乗って行ってきますと言ったのであった。


 咲螺はきっと、かがりのクリスマスプレゼントは大蛇の咬み痕を治す、ひいては、大蛇の毒をすべて抜け切らせるシクラメンの地下茎だと思っていた。

 それでも構わなかった。

 時間内に来てくれた。それだけが重要だった。

 信じようとしてくれたのだ。


 それが、

 まさかまさか、十二本の薔薇の花束だとは、思いもしなかったのである。











「信じ切ったわけではない。ので。これからもシクラメンの地下茎を飲み続けてもらう。いいな」

「オオッケイかがり君の望むままにイエエエエーイ!」

「抱き着くなバカ。花束が潰れる」

「我の十二本の薔薇の花束も受け取ってくれるよね?」

「………受け取る」

「イエエエエエエーイ!」











(2024.12.12)




【参考文献 : 『カラー版 花言葉花贈り(池田書店)』シクラメンの頁より「シクラメンの地下茎は、古代ローマ時代ではヘビのかみ傷を治す力があるといわれ、御守りとして各家庭の庭に植えられていたそうです」】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖なる夜のサンタの恋 ~ ダズンローズデイ 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画