隣の不思議な異国人マリーさん

法王院 優希

隣の不思議な異国人マリーさん


 俺の名前は佐倉優(さくらゆう)、高校2年生で17歳。


 平凡な高校生で、勉強も運動も特に得意なわけじゃない。


 将棋同好会の幽霊部員で、クラスでもあまり目立たない。


 当然、彼女なんていない。


 いや、そもそもできたことすらない。


 中学生の頃は「高校生になれば自然と彼女ができるだろう」なんて、甘い期待をしてたけど、現実はそんなに甘くない。


 中学でモテなかった奴は、高校でもモテない。――これは真理だと思う。


 だから、高校2年の春、新しいクラス替えに何も期待していなかった。


「今年もどうせ、何も変わらない」


 桜が舞い散る朝、そんな諦めた気持ちを抱えながら学校に向かった。




---




 始業式は、ひたすら退屈だった。


 昨夜、遅くまでゲームしてたから眠い。校長先生の長い話が、俺を夢の世界に誘う。


 目が覚めたら始業式は終わっていて、その後、新しいクラスの教室に移動することになった。


 俺の席は教室の一番後ろ。窓際から一つ隣の席。


 窓際の席が良かったな、と運の悪さを嘆きながら隣の席をちらりと見る。


 そこで『彼女』を見た。


 長い金髪、透き通るような白い肌。日本人離れした美しい顔立ちに吸い込まれそうな碧眼。


 今まで見た中で、一番美しい少女だった。


 しかも、なぜか学校指定の制服を着ていない。


 彼女は真っ赤な着物を着ていた。


 黒地に金糸が刺繍された帯で締めた鮮やかな赤い生地が、どこか重厚な雰囲気を漂わせている。


 そして、よく見ると右手には鞘に収まった刀を持っていた。


(え、何者?)


 彼女は、そんな周りの視線を全く気にせず、窓の外をぼんやりと眺めていた。


 その横顔は、まるで絵画みたいに美しいけど、近寄るなと言わんばかりのオーラを放っていた。


 クラスメイトたちも、ちらちらと彼女を見てはいるものの、誰も話しかけようとしない。


 そりゃそうだ。こんな異質な存在、どう接していいかわからない。


 俺も話しかけるべきか迷ったが、結局何も言えなかった。


 だって、何をどう話しかければいいかわからない。


「隣の席だからよろしくね」なんて、イケメンにしか許されない。


 俺には無理だ。


 仕方なく、俺はじっと座ってホームルームが始まるのを待つことにした。


 やがて担任の教師が教室に入ってきた。白髪交じりで小太りな中年男性。いかにも「仕事で教師やってます」って感じの人だ。


 事務的に自己紹介を済ませた後、生徒たちにも自己紹介を促す。


 新学期恒例のイベントだけど、俺は気が重い。


 クラスの前列から順番に自己紹介が始まる。


 ネタに走る奴もいれば、無難に済ませる奴もいる。


 俺は当然後者。


「佐倉優といいます。将棋同好会所属です。よろしくお願いします。」


 短く簡潔に自己紹介。これで悪目立ちすることはないだろう。


 だけど、最後の『彼女』の自己紹介は、俺の予想を大きく超えるものだった。


「じゃあ、次は二条さん。」


 担任が呼びかけると、教室が静まり返る。


 全員の視線が隣の席の彼女、二条マリーに向けられる。


 彼女はゆっくりと立ち上がった。


 その仕草には、どこか堂々とした威厳が漂っていて、教室の空気が一変するのがわかった。


 彼女は教室を見回し、一瞬だけ微笑んだ‥‥気がしたけど、その笑顔は冷たく鋭いものだった。


「私は二条マリー。女神よ。」


 彼女が口を開いた瞬間、教室全体に低く澄んだ声が響いた。


 その声は、この場を完全に支配しているような威圧感があった。


「人間たちには興味がないの」


 冷たく突き放すような言葉。それだけで教室の空気がさらに冷え込む。


「探しものをしているから、邪魔だけはしないで。」


 そして、彼女の手がゆっくりと腰の刀に触れるのを見てしまった。


「邪魔になるようなら‥‥斬り捨てるわよ」


 その瞬間、彼女は腰から刀を抜いた。


 教室が完全に凍りつく。


 金色に輝く刀身が教室の光を反射し、鋭い光が走る。


 誰かが息を呑む音が聞こえた。それ以外は沈黙。


 刀を抜いた彼女の姿は美しさすら感じさせたが、それ以上に恐ろしく、誰も近づけるわけがなかった。


「ふふっ……。」


 彼女はわずかに笑みを浮かべると、刀を静かに鞘に収めた。


 その動作が妙にゆっくりで、余計に緊張感が増す。


「それだけよ」


 彼女は再び座ると、何事もなかったかのように窓の外を見始めた。


 担任は困惑した顔でしばらく立ち尽くしていたが、やがてぎこちなくホームルームの終了を宣言。


(ウソだろ?)


 信じられない光景に、俺はただ呆然とするしかなかった。


 金色に輝く刀、彼女の堂々とした態度……。


 すべてが現実離れしていた。



 クラスメイトたちはざわざわと囁き合いながら、彼女を遠巻きに見ている。


 その視線に気づいているのかいないのか、彼女はまるで「この場にいない」かのような振る舞いだった。



「なあ……知ってるか?」


 教室内から小さな声が聞こえた。誰かがひそひそと囁いている。


「去年の3学期に転校してきた『首斬り姫』の噂……あれ、たぶん二条マリーのことだよな」


「確かに……気に入らない相手を刀で斬りかけたって話があったよな」



(首斬り姫?)



 その単語に、俺は記憶の底から引っ張り出されるように、ぼんやりとした噂を思い出した。


 去年、学校中で囁かれていた奇妙な噂――『首斬り姫』。


 美しい転校生が刀を持ち歩いていて、気に入らない相手を斬り捨てようとしたことがあるという話だ。


 俺はその話を、まるで都市伝説のように聞き流していた。


 だが、いま隣に座っている二条マリーが、その「噂の本人」だと知ったとき、背筋に冷たいものが走った。


(だから、誰も彼女に何も言えないのか・・・・・・)



 制服を着ていないことも、刀を持ち歩いていることも、誰も咎めない理由がわかった。


 クラスメイトも、担任の先生すらも、彼女には一切干渉しようとしない。


 

 誰もが「彼女に関わるべきではない」と本能的に感じているのだろう。


 俺も――本来なら、そうすべきなのかもしれない。



「君子危うきに近寄らず」という言葉が、脳裏をかすめる。


 彼女の隣にいることさえ危険なのではないかと思う一方で、不思議と離れたいとは思えなかった。


 

 むしろ、俺は……彼女に近づきたいと思っていた。



 彼女が本気で「女神」だと信じ込んでいるのか、それともただの中二病なのか、俺にはわからない。

 

 けれど、どちらにせよ彼女は特別だ――少なくとも俺にとっては。



 

 隣の席から漂う、独特の冷たい空気。


 彼女の美しさと危険さが入り混じった存在感に、俺はどうしても心を惹かれてしまう。


 

 これは恐怖なのか、それとも……別の感情なのか?

 

 自分でもよくわからないまま、俺はただ彼女の美しい横顔を見つめていた。




---






 あの日以来、二条マリーは俺にとって謎そのものだった。


 教室で誰にも近寄らせない圧倒的な存在感。

 そして、腰に差した刀――彼女の異質さを象徴するその物体が、俺の中でどうしても気になっていた。


 そんな彼女と、まともに言葉を交わすきっかけが訪れたのは、ある授業中のことだった。


 俺たちが机に向かって授業を受けている最中、隣の席の彼女が何やら妙な動きをしているのに気づいた。


 ふと目を向けると、彼女は刀を鞘から抜き、その刀身をじっと見つめている。


 教室の光を受けて輝く金色の刀身――それを眺める彼女の表情は、なんだかうっとりしていた。


「……綺麗だ」


 無意識にそうつぶやいてしまった。


 その声が彼女に聞こえたのか、ゆっくりと顔を上げ、俺に視線を向けてきた。


 その碧眼がこちらを捉えた瞬間、心臓が一瞬止まりそうになった。


 だが、彼女はふっと微笑んだ。


「わかる? この子の良さが」


 彼女は少し嬉しそうに話し始めた。


「全斬丸(ぜんきりまる)っていうのよ、いいでしょう?


 どんなものでも斬れる素敵な刀なの。


 私はこの子と一緒に数々の戦場を渡り歩いてきたのよ。


 大きな狼も、大蛇も、神すらも斬ってきたわ。この子さえいれば、どんな敵だって  倒せるの」


 彼女の言葉に圧倒されながら、俺はじっと聞いていた。


「この子を作るのも本当に大変だったの。


 なけなしの全財産をはたいて、何日も一心不乱に刀を打ち続けて、愛を込めて作り上げた子なのよ。


 愛してるわ、全斬丸」


 メチャクチャ早口で、刀への愛を熱く語る二条さん。


 好きなことの話になると早口になるオタクみたいだった。


 けれど、その話をしている彼女はとても楽しそうで、俺はその姿に見入ってしまう。


 刀を撫でながら語る彼女の表情には、どこか純粋なものがあった。


(こんな顔もするんだな)


 そのギャップに、俺の胸が少しだけ高鳴る。


「それでね。アースガルドは完全な身分社会で……」


 延々と続くよくわからない話。


 俺は相槌を打つことに徹した。


 『全肯定ボット作戦』――女性との会話は基本的に共感が重要、とネットで読んだことがある。


 俺は「そうだね」「うんうん」「俺もそう思う」などを駆使して、彼女に応じた。


 話の内容はほとんど理解できなかったけど、彼女が満足そうだったから、それで良し。


 彼女の意外な一面を知って、なんだか心の距離が縮んだ気がした。





---




 あの一件以来、彼女は心を開いてくれたのか、色々な話をしてくれるようになった。


「二条さんの探しものって何なの?」


「それがわからないのよ。


 アースガルドで生まれる前の記憶が無くて……何かを探しているような気がするのよ、すごく。


 妹が言うには、この学校に行けば見つかるらしいんだけど……。


 無駄足だったかしらね」


 こういった踏み込んだ質問にも、彼女は素直に答えてくれるようになった。


(生まれる前の記憶がないのは当たり前では?)


 などという疑問が浮かんだが、否定はしない方が良いと判断。


「そのうち見つかるよ」


「だといいけど……」


 彼女はあまり期待していないようだった。


 というか、いなくなってしまうのは困る。


 だから、引き止めようと試みた。


「二条さんがいなくなったら、寂しいよ」


「そ、そう? だったら、もう少しだけいてあげてもいいわよ」


 思いがけない言葉だったらしく、彼女は少し照れた様子。


 顔がほんのり赤くなっているように見えた。


 そういうところも、やっぱり可愛い。


 少しは彼女の特別な存在になれただろうか?


 彼女との交流は、今のところうまくいっている気がする。




---






 このままいけば、仲良くなってその先に……。


 なんて期待に胸を膨らませていたある日。


 事件が起きた。その日の午前中、授業の合間の休み時間だった。


 俺はトイレに行こうと席を立ち、廊下を歩いていた。

 そのとき、教室の方から悲鳴が聞こえた。


「誰か、助けて!」


 女性の切羽詰まった叫び声が響き渡る。

 嫌な予感が胸をよぎり、俺は急いで教室へ駆け戻る。


 扉を開けた瞬間、目の前に信じられない光景が広がっていた。


 二条さんが教室の中央に立ち、刀を振り上げている。

 その刀身は、教室の光を受けて鈍く金色に輝いている。


 その刀の向かう先――床にひざまずき、泣きじゃくりながら謝罪を繰り返す女生徒がいた。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 女生徒の声は涙で詰まっていたが、マリーは微動だにせず、冷酷な目で彼女を見下ろしていた。


「ちょっと待った!」


 俺は反射的に叫び、女生徒とマリーの間に飛び込んだ。


「どいて! そいつを殺せないわ」


 マリーの目が鋭く光る。刀を振り下ろす寸前の姿勢のまま、俺に冷静な口調で警告してくる。


「何があったんだ?」


 俺が必死に問いかけると、彼女は無表情のまま淡々と答えた。


「こいつが私の肩にぶつかったから、無礼討ちにするところよ」


(どこのヤンキーだよ!)


 俺は振り上げられた刀を見て、全身が震えるのを感じた。

 それでも、ここで退くわけにはいかなかった。


「俺の顔に免じて、許してくれない?」


「いやよ」


 マリーの声は冷たく響く。

 刀を握る彼女の手は微動だにせず、今にも振り下ろされそうだった。


「一生のお願いだから、やめてくれない?」


 俺は頭を下げてお願いした。


 小学生が使いそうな情に訴えるやり方だ。


「人間どもの一生なんて、瞬きの間しかないじゃない。そんな願いは聞けないわ。大体、人間どもは困った時だけ神を頼って、自分勝手じゃない! 叶えてやる義理なんてないわよ!」


 マリーの声は冷たく響く。刀を握る彼女の手は微動だにしない。


「どうしても斬るというのか?」


「女神に対する不敬は許されないわ」


 一歩も譲る気はないようだ。


 彼女の真剣な眼差しがそう語っていた。


「なら、俺を斬れ」


 俺が手を広げてかばうような姿勢を見せると、初めてマリーが躊躇を見せる。


 女生徒をケガさせてしまったら問題になる。


 でも、被害者が俺ならマリーを庇う事も出来るし、問題にならないようにすることも可能だ。


 マリーを守るために、俺はケガをする覚悟だった。


 何を馬鹿な事を、と冷静な俺が心の中で囁く。


 しかし、俺はもっとマリーと一緒にいたい!


 その気持ちがケガへの恐怖に打ち勝っていた。


「……あなた、本当に死ぬわよ?」


 マリーの声が少しだけ低くなる。その瞳にはわずかな迷いが宿っているように見えた。


「あなた、その子のことが好きなの?」


「いや、名前も知らない」


 悪いけど、本当に知らない。


 興味もない。


 土下座をして泣いている姿は可哀想だと思うけど。


「だったら!」


 邪魔しないでよ、と言いたげな表情で睨んでくる。


 黄金の輝く刀身が今にもこちらに向かってきそうだ。


「……なぜそこまでするの?」


 彼女の声が少しだけ弱くなった。

 その瞬間、俺は全てをかける覚悟で言葉を続けた。


「俺は……俺は君が好きだからだ!」


 教室中が静まり返った。

 自分でも驚くほど大きな声だった。


 それでも、俺は彼女の目を真っ直ぐに見つめ続けた。


 マリーは一瞬目を見開いた。

 その後、彼女の表情が変わる――冷酷さが消え、動揺が混じった柔らかさが見えた。


彼女は刀を静かに下ろし、鞘に納めた。そして、じっと俺を見つめながら、顔を赤らめて言う。


「あの……えっと……一日だけ、考えさせて」


少し挙動不審になりながらも、彼女は窓際の席に戻った。

教室の緊張が一気に解ける。

女生徒が泣きながら何度も「ありがとう」と俺に礼を言うのを、俺はただ茫然と聞いていた。



その日の帰り道、俺はひたすら自分の言葉を反芻していた。


(本当に言ってしまった……好きだなんて。二条さんに、あの場で……)


恥ずかしさで何度も顔を覆った。

けれど、不思議と後悔はしていない。


彼女が刀を下ろしてくれた。

それが何より嬉しかった。



---




 翌朝の教室。

 クラスの雰囲気もいつもと違って、妙にそわそわしていた。

 俺は死刑台で判決を待つような気持ちで、二条さんを待つ。


 手に汗を握りながら待つ時間は、これまでにないくらい遅く流れている気がする。


 午前8時20分。あと10分でホームルームが始まる。


 普段なら、そろそろ彼女が教室に入ってくる時間だ。


 教室の扉が開くたびに、彼女の姿を期待してしまう。



 何度目かの落胆の後、とうとう彼女が現れた。


 いつも通りの着物姿で、腰には刀を差している。


 その表情には自信があふれていて、昨日のような挙動不審なところは全くなかった。


 彼女と目が合った瞬間、俺の胸は早鐘のように高鳴った。


 息をするのが苦しいくらいだ。


 彼女は迷うことなくこちらに向かってきた。俺はとうとう判決が下るのだと、緊張しながら彼女の答えを待つ。


「ねえ、あなた。名前は何だったかしら?」


 彼女は俺の目の前まで来て、顔をすごく近づけて尋ねてきた。


 近い。本当に息がかかりそうな距離だ。


 何かの花の香りがした。


 彼女との近い距離に心臓がバクバクしているのに、俺は落胆してしまった。


 名前すら覚えられていなかったのだ。


 告白の結果など考えるまでもない。


 肩の力が抜けた気がした。


(フラれるな、これ。)


 そう思った。


「……佐倉優だよ。」


 それだけ言うのが精一杯だった。


 彼女の顔をまともに見ることができず、目を逸らす。


 敗戦処理をしているような気分になる。


 もう結果は聞かなくてもわかっていた。


「そう……やっぱりそうなの。あなたが私の探しものだったのね。」


「ごめんなさい」と言われると思っていた。


 しかし、彼女の言葉は予想を大きく裏切った。


 その上、意味がよくわからない。


「何を言って……」


 俺は彼女の目を見て真意を問おうとしたが、


「優君は私のことが好きなのよね?」


 突然の言葉にドキリとした。


 改めて言われると、すごく恥ずかしい。


 だが、ここで否定することはできなかった。


「そうだよ」


 なんとか短く返事をした。


 彼女は嬉しそうに笑い、


「ふふふ、いいわよ。人間の一生なんてたかが100年くらいでしょう? 私は心の広い女神だもの。それくらいの短い時間なら、付き合ってあげるわよ。」


 スケールの大きな話をされた気がするが、告白の返事ということでいいのだろうか。


 なぜか彼女の言う『付き合う』が、普通の意味とどこか違う気がする。


 喜んでいいのだろうか?


「ああ、それと……」


 そう言うと、彼女は腰に差していた刀に手をかけた。そして次の瞬間――


「もし浮気をしたら――」


 彼女は刀を抜き、俺の机に向かって一閃した。


 音もなく俺の机がバラバラに分解された。


 それを見て、周りの生徒たちは悲鳴を上げて後ずさった。


「……こうなるわよ」


 刀を静かに鞘に収めると、マリーはにっこりと笑った。

 その笑顔は美しかったが、同時に背筋が凍るような冷たさを感じた。


 俺は言葉を失った。

 いや、そもそも何を言えばいいのかわからなかった。


 机の残骸を見下ろしながら、喉が乾いて声が出ない。


「私の必殺技のみじん斬り、すごいでしょう?」


 彼女が得意げな表情をする。



 まさか刀で机を斬ったということか?


 模造刀でそんなことが可能なのか。


 というか、本物の日本刀だって無理な気がする。


 木製の机とはいえ、金属の部品も使われているはずだ。


 斬鉄剣でもなければ、こんなことできるわけがない。


「命を懸けて私に愛の告白をしたのだから、それくらいの覚悟はしているわよね?」


 彼女は今まで見た中で一番の笑顔でそんなことを言った。



 ……もしかして、昨日俺は死ぬところだったのか?


 急に背筋に寒気が走る。


 彼女が本気だったなら、俺は本当に斬られていたのだ。


 目の前の机のようにバラバラに。


 だから、あの女生徒は泣いて謝っていたのか。


 俺だけが模造刀だと思い込んでいたってことか?


 俺だけが!


 そりゃあ肩がぶつかっただけで斬られるなら、誰も近づきたがらないわけだ。


 俺だって怖い。


 でも、目の前でニコニコしている二条さんを見ていると、それでも付き合いたいと思ってしまう。


 もうそれだけ彼女に惹かれているということだろう。


 

 こうして、俺と彼女のちょっと変わった付き合いが始まったのだった。


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