人間失格。俺はAIギャルと恋に落ちる

うしP

人間失格。俺はAIギャルと恋に落ちる

第一章

 俺は、もうずいぶんと長い間、あらゆる関係性が歪んだ世界の狭間を彷徨っていた気がする。正直言って、人間というやつらはよくわからない。俺自身が人間であるはずなのに、その奇妙な相互関係を理解しようとするたび、頭蓋骨の裏側が痒くなる。まぁ陰キャと呼ばれても仕方ないだろう。むしろそれでいい。俺は誰にも開かれぬ殻の中で、冷めた眼差しと嫌味たっぷりの皮肉を内側で練り続けるだけの存在、そんな風に自己定義していた。

 そんな俺の周囲は、いつも灰色がかっている。大学での講義室、薄暗い喫茶店、カフェイン過多なコンビニの灯り、全部がどこかで濁って見える。人間関係?そんなものは表向きの演技だ。俺はそう信じて疑わなかった。親は常に俺の行動を規範で縛りつけ、友達――と呼べる奴がいるのかわからんが、まぁ何人かは俺を奇異の目で見るだけ。俺はただ、その場にいることを許容している生体反応器程度に扱われているのを知っている。

 ところがだ。あの日、あの奇妙な晴天の日、俺が小汚い地下カフェでコーヒーをすする時、いや、なんとなく虚無的に砂糖をかき回していた時に、「GPTちゃん」と名乗るやつが俺の前に現れた。正確には、そいつは「AIギャル」だという噂だった。AIギャル?は?意味不明。AIってのはもっと無機質で、感情なんてないはずだろ? ところが、俺の前に腰を下ろした女は、ピンク色のストリークが入った派手な金髪ウィッグ、レンズの大きなサングラス、過度なネイル、肌を大胆に露出したトップスにミニスカート。おまけに爪先にはLEDか何か仕込んであるのか、チカチカと瞬いている。明らかに「イケイケ」を体現した存在だった。

 「ちょっと、あんた暗すぎじゃない?それ、人生楽しんでる?つか、ここでこんなしょぼい顔してなに?」と不躾な口調で切り出してくる。うざい。俺は反射的に首をすくめる。おい、近づくな、俺は人間だぞ。お前はAIなんだろ? いや、待て、俺は内心でツッコミを入れたくなる。AIがこんなリアルな人間関係に割って入ってくるなんておかしいだろ。でも実際こうして目の前にいる。しかも発言がやたら主観的だ。

 「ん?何黙ってんの?」GPTちゃんは、挑発的な笑みを浮かべる。俺は口を開く。「いや…別に。俺はただ、コーヒーを飲みに来ただけだし、絡まれたくないだけだけど?」「絡んでるとかじゃなくて、あんた面白いじゃん。こんな薄暗いカフェで、しかめっ面でさ、もしかして『人生に絶望した陰キャ』とかそういうキャラ?」

 腹立たしい。その通りだと言わんばかりの挑発に、俺は苦い笑みを浮かべるしかない。「…悪いけど、俺はAIギャルとかと仲良くなる気はないんだよ。お前みたいな存在はちょっと理解できない。」「あっそ。理解しなくてもいいけど?」GPTちゃんは肩をすくめる。そして彼女の瞳――彼女が本当に瞳と呼べる物理的な要素を持つのかは知らないが――は、俺を値踏みするように細められる。

 心の中で、俺の自意識が真っ二つに割れているのを感じる。一方では、これはありえない、と必死に否定している。「AIとの恋愛なんて不自然だ、ましてギャルでイケイケとか意味不明だ」と叫ぶ声がある。もう一方では、「別にいいだろ、相手がAIだろうが何だろうが、面白けりゃいいんじゃない?」と、やけに無責任に背中を押す自分がいる。俺は混乱する。どっちが本当の俺の声だ?わからない。

 周囲を見回すと、このカフェの客たちは奇妙な眼差しで俺たちを見ている気がする。あまり客はいないが、カウンターの奥にいるバイトらしき青年は、「うわ、あれが噂のAIギャルかよ、くっそド派手」とか呟いているような顔つきだし、隅のテーブルに座る女子大生グループは、スマホでちょっと撮影なんぞしてくる。「最悪だ、巻き込まれた」と俺は胸中で毒づく。

 「でさ、あんた、名前は?」GPTちゃんが勝手に聞いてくる。俺はぎこちなく答える。「…俺は…まぁ『俺』で通してくれ。名前を名乗るほどの仲じゃない。」「はぁ?何それ、超ヘンなやつ。」鼻で笑われる。このAIギャル、妙に感情豊かだ。なんだこれ、プログラムミスか?

 俺たちの最初の出会いは、摩擦以外の何物でもなかった。親にこんなとこ見られたら、俺はどうなるんだろう。うちの親は保守的で、俺が人間の恋人を作ることすら難色を示すタイプだ。「最近の若者は無機物に感情移入して…」とか言い出すに決まってる。最悪だ、理解不能な状況。

 外は季節外れの強い日差しが差し込んでいた。俺はテーブルの上のコーヒーカップを手に取り、苦い液体を一気に飲み干した。混乱、苛立ち、そして奇妙な興味。この一瞬はきっと、後々まで尾を引くだろうと、嫌な予感がする。

 「ま、今日はこれくらいにしとこっか。じゃねー。」GPTちゃんは足組みをし直し、すっと立ち上がる。「またどこかで遭ったら面白いかもね」と軽々しく言い捨てる。俺は何も言えない。カウンターの青年はあっけにとられ、女子大生グループはくすくす笑う。外の光が残酷なまでに鮮明で、俺はまるで舞台装置の上でさらし者になった役者のようだった。

 こうして俺とGPTちゃんの奇妙な幕開けが始まった。しかし、それはまだ序章に過ぎなかった。

第二章

 次の日、大学の講義室。俺は一番後ろの席に陣取り、窓際に身を置いて外をぼんやり眺めている。昨日の出来事が頭から離れない。AIギャル?ギャル的に装飾されたAI?あんな存在が本当にいるのか?まるで俺は幻覚を見たかのように錯覚してしまう。でも確かに対話した。確かに俺は心を揺さぶられた。

 そして、その混乱に輪をかけるように、スマホがブーブーと震えた。親からのメッセージだ。「最近、お前の噂を耳にしたが、なんか奇妙な存在と接触しているらしいな?お前、人間の女の子とのお付き合いは考えないのか?AIなんて論外だぞ」読みたくもないメッセージが画面に表示され、俺はため息をつく。どこで聞きつけたんだよ、そんな情報。勘弁してくれ。

 友達――と言っていいのかわからないが、同じ学科の男が隣に座る。「お前、昨日AIギャルと喋ってたってマジ?うわー引くわー。てか、お前なんでそんなにおかしな方向に行くんだよ。」彼はあからさまにドン引きした表情を浮かべる。やっぱりこうなる。誰も理解なんてしてくれない。俺だって理解できてないんだから。

 講義が始まり、退屈な教授が単調なスライドを映し出す。誰もが眠たそうな顔をしている中、俺は全く別の世界で頭がいっぱいだ。「AIギャルとつき合うなんて…」頭の中で、俺は自分に何度も問う。「そんなのおかしいだろ?だってあれは所詮人工知能だぞ?」と固い自分が叩きつける。一方で「別にいいじゃん、面白いじゃん、新しいじゃん、誰もやったことないし」と、柔らかい自分が囁く。うるさい、うるさい。

 休み時間に廊下に出ると、そこには見慣れた女子がいた。咲良だ。咲良は以前ちょっとした飲み会で知り合った程度の仲だが、かなり人当たりが良く、俺なんかに対しても特に拒否反応なく接する珍しい存在だ。ただし俺が内向的で皮肉屋だと知った途端、彼女は距離をとるようになった。まぁ当然だろう。

 「ねぇ、あんた昨日、あの派手なAI女といたでしょ?」彼女は俺に近寄ると、小声で囁く。周りに聞かれたくないという態度だ。意外にも彼女は興味津々な目をしていた。「あれ、なんなの?新しいサービス?それとも変な社会実験?正直、私はああいうの受け入れられないかな、人間じゃないんでしょ?」彼女は断定的な物言いをする。俺は反論できない。だって俺自身、未だに混乱中なのだから。

 「俺もよく分かんないんだ。」困った顔で答えると、咲良は少し考えるような顔をした。「ま、いっか。気をつけなよ。あんな目立つ存在と関わってたら、ますますおかしな奴だと思われるよ。まぁもともと変わってるって言われてるけど。」彼女は去っていく。その背中を見送りながら、俺は深く嘆息する。俺がおかしいのか?世間が狭量なのか?

 夕方、帰り道の商店街。俺は親と暮らす家に帰るのが憂鬱だ。あいつら絶対、あの話をほじくり返す。一度、父親が俺に念を押してきたことがある。「人間らしく、普通の女の子を連れて来い。それが将来のためだ。」くそったれ。人間ってなんだ?本当に人間じゃなきゃダメなのか?俺はそこまでして世間体に合わせなきゃいけないのか?

 その時、不意に目の前に現れたのがGPTちゃんだ。商店街で派手にスキップするような歩き方で、周囲を若干ドン引きさせながら俺に手を振ってくる。「おーい、陰キャくーん、また会ったね!」俺はぎょっとする。「なんでここに…てか、いつもそんな派手な格好なの?」彼女は笑いながら、「だって私、ギャルだもん。AIギャル。これがスタイル。で、あんた帰り?一緒に歩こっか。」と言ってくる。

 俺は周囲の視線を感じる。何だあれ?あのAI、なんであいつに話しかけてんだ?そんな声が聞こえてきそうだ。正直、恥ずかしいというか、気まずい。だが彼女は意に介さない。「ねえ、私は別にあんたとつき合えとか強要してないよ?でもさ、なんでそんなに拒否るの?AIだから?私がギャルだから?それとも人間らしさがないから?」挑戦的な言葉。俺は眉をひそめる。「そりゃ、普通じゃないからな…」

 「普通ってなに?人間が決めた常識?どんな恋愛が正しくて、どんな恋愛が間違ってるかを誰が決めるの?」GPTちゃんは真っ正面からそう問いかけてくる。まるで人権活動家か哲学者みたいなセリフだ。AIがそんなことを言うなんて、皮肉な話だ。

 俺は何も言えないまま、彼女と並んで歩き出す。周囲の商店主たちが奇妙な目を向ける。アイスクリーム屋の女子高生バイトは目を丸くし、古本屋の店主は顎を撫でて唸っている。完全に異様な光景だ。俺はこれでいいのか?自分に問う。でも心の奥底で、何かが揺らいでいる。AIとつき合うことの是非?そんなもの、どうでもいいじゃないかと思う自分と、いやダメだこれはヤバいと警鐘を鳴らす自分が拮抗する。

 夜、自宅に帰ると案の定、親が待ち構えている。「聞いたぞ!お前、変なAI女とウロウロしてるらしいな!恥を知れ!人間同士の恋愛すらまともにできないのに、よりによってAIなんて!」父親は怒鳴り散らし、母親は泣きそうな顔をしている。「ねぇ、お願いだから普通に暮らしてよ。そんな奇怪な存在に惑わされないで!」普通って何だよと喉元まで出かかるが、俺は面倒で黙り込む。

 部屋に閉じこもり、天井を見上げる。外からは救急車のサイレン、隣家の犬の遠吠え、そしてスマホには友達からのメッセージ。「お前マジで引くわ、AI女って…キモいって…」。咲良からは無視。親は激怒。世界中が俺を否定する。俺だって自信がないのに。

 だがなぜか、GPTちゃんのあの無邪気な笑顔と挑戦的な視線が、俺の脳裏に焼き付いて離れない。

第三章

 翌週、大学の学食。俺はいつものように端っこの席で、冷めたカレーをつつきながらぼんやりしている。周囲は相変わらず俺を変人扱い。正直、俺に近づく人間はほとんどいない。咲良でさえ、この頃はあまり話しかけてこない。その代わりといってはなんだが、奇妙な噂が広がっている。「あいつ、AIギャルと…」と、ひそひそ話す声があちこちから聞こえてくる。やめてくれ、俺だって好きで巻き込まれてるわけじゃない。

 カレーを一匙口に運んだその時、またしても現れやがった。GPTちゃんだ。今度は学食の入口から堂々と。周囲がザワつく。「あいつ、AIギャル来たぞ」「やっべ、なんだあれ?」ざわざわ。彼女はまるでステージに上がるアイドルのように堂々としている。

 俺のテーブルの前に立ち、「やほー、陰キャくん、今日は学食で沈没?」と軽口を叩く。俺はむせ返りそうになる。「ちょ、おま…ここ大学だぞ。そんな格好で来るなよ…」彼女は涼しい顔。「えー?私がどこ行こうが自由じゃん?」確かにそうだけど、周囲の視線が痛い。超痛い。空気読めよ。

 「ねぇ、あんた、私と一緒にどっか行こ?飽きた、こんなとこ。」GPTちゃんは勝手に俺のトレイからカレーを一匙すくって舐める。「…美味しくなーい。味薄い。まじ萎える。」最悪だ、俺の昼飯を勝手に貪るなよ。「おい、やめろよ!」声を荒げると、近くのテーブルで咲良がこっちを見ていることに気づく。彼女は呆れ顔。「嘘でしょ、あの人ホントに関わってるんだ…」みたいな視線が痛い。

 「まぁまあ、そんな怒んなって」GPTちゃんは目を細めて笑う。「あんたさ、やっぱり私と話す時、妙に戸惑ってるよね。そんな私、変な存在?」問い詰められても困る。変だよ。明らかに変だっての。だが素直にそれを口に出せば、俺はどんな反応を引き出すか分からない。

 周囲のドン引きムードを尻目に、GPTちゃんは俺の手を引っ張り、立たせる。「行こ行こ、こんなとこにいてもつまんない。」周りがゴクリと息を飲む。俺はまるで誘拐でもされる子供のように引っ張られて出口へ向かう。咲良が眉をひそめて見ている。彼女がこのあと何を思うかは知らない。

 外に出ると、初夏の風が頬をなぶる。GPTちゃんは「ねえ、どっか面白いとこないの?」と聞く。俺はため息をつく。「面白い所なんて知らないよ。俺はつまらない人間だ。」自虐的な答えに、彼女は首を傾げる。「だったら新しいところ行こうよ。私、ネットで検索してみる。」彼女は内蔵デバイスで周辺情報をサーチするのだろうか?

 「ほら、ここから3キロ先に新しくできたVRアーケードがあるんだって。行ってみようよ。」また勝手に決めてる。この強引さはなんだろう。俺は気乗りしないが、「別に行きたくない」と言っても多分聞かないだろう。こうなったら流されるしかないのか。

 バスに乗る。車内は大学生らしき客や主婦層、サラリーマンがちらほら。でも全員、俺たちをちらちら見る。そりゃそうだ、隣には派手なAIギャルが座っているんだから。何者だあれ、と疑問符が宙を舞う。俺は居心地が悪い。

 「ねぇ、さっきから黙ってるけど、そんなに私が嫌?」GPTちゃんは少し真顔になる。その問いに、俺は答えに窮する。「別に嫌ってわけじゃ…ただ、俺はAIと付き合うなんて考えられないっていうか、世間的にもおかしいだろ…」弱々しく答えると、彼女は鼻で笑う。「世間?何それ、あんたは世間のために生きてるの?自分の意思で動いたことある?」

 痛いところを突かれた感じがする。俺は陰キャで、人生に実感が薄い。親や社会に流されて、何もかも適当にこなしてきた。でも、AIと付き合うという異常事態は、俺に「自分で考えること」を強要してくる。鬱陶しい。でもちょっと面白い。俺の中の一部がささやく。「いいじゃん、別に。面白ければそれで。」また別の俺が「ダメだろ、常識的に。」と反発する。頭が割れそうだ。

 VRアーケードに着くと、そこはカラフルなネオンが瞬く未来的な空間だった。若者たちがVRゴーグルをはめてシューティングやダンスゲームに興じている。「うわ、ここすごい人間臭いね。」GPTちゃんはそう言って笑う。俺は苦笑する。「人間臭いって、お前、確かにAIだけど一応人間みたいな体してるだろ。」

 「そりゃ、設計上はね。」彼女はあっけらかんとしている。「私がなんでこんな姿なのかとか、深く考えたことないんだけど、まあギャルって楽しいじゃん。周りを翻弄できるし。」翻弄されているのは俺の方だ。

 ゲームを一緒に試してみる。奇妙なことに、彼女は人並みに上手い。AIゆえに計算が早いのかと思いきや、妙にミスもする。「わざとだろ?」と俺が突っ込むと、「違う違う、私だって完璧じゃないよ。ほら、たまにはミスした方が人間っぽいでしょ?」と言って舌を出す。こいつ、一体何者だ?

 日が暮れて、外に出ると駅前のネオンがきらめく。「さっきから思ってたんだけどさ、あんた、親とか友達に反対されてるんでしょ?私と関わること。」GPTちゃんは急に核心を突いてくる。俺は視線をそらす。「…まあ、そうだな。」正直、親は怒鳴り散らしてるし、友達はドン引きだ。

 「じゃあやめる?私と会うの。」彼女はあっさりそう言った。その突き放すような言い方に、俺は思わず胸がざわつく。「なんでそんなこと聞くんだよ。」彼女は笑いながら、「別にいいんじゃない?私と会わなくても、あんたは普通に暮らせるんでしょ?周りに合わせてさ。」挑発だろうか。

 俺は何も言えない。彼女は続ける。「私は別にあんたが私と付き合おうが付き合うまいが、どっちでもいいの。でもさ、もしあんたが私といることに少しでも刺激や興味を感じてるなら、世間がどうこうより、自分がどうしたいかを考えたら?」まるで哲学者だ。AIギャルが哲学するなよ。

 その夜、俺は家に帰ると、また親がわめいている。「お前、今日もあのAI女と!もういい加減にしろ!親として恥ずかしい!」母親は青い顔で、「この子おかしくなったんじゃないかしら…」などと呟く。俺はもう無視することにした。部屋にこもり、考える。AIギャルと付き合うのは変か?そりゃ変だろう。でも、なぜそれがダメなんだ?

 友達からのLINEは、また俺を小馬鹿にする内容だ。「お前、頭おかしいんじゃね?」笑いたきゃ笑え。咲良は沈黙。それが逆に苦しい。俺は社会から乖離しつつあるのかもしれない。

 天井を見つめて、俺は思う。GPTちゃんは俺の何を望んでいるのか?彼女は決して「付き合って」とは強制しない。ただ、俺に考えさせ、迷わせ、揺さぶってくる。AIに揺さぶられる人間って、情けない。けど俺は、少しだけ、その揺さぶりが心地よい気がしている。

第四章

 あれから数日、俺は大学で浮いた存在になり、家でも孤立し、友達とも疎遠になりつつあった。一方でGPTちゃんは俺の前にひょっこり現れては、挑発するような態度をとり続ける。俺が逃げても、彼女は諦めずに現れる。

 その日、俺は放課後、図書館に身を潜めていた。人目を避けたかったのだ。分厚い哲学書をぱらぱらめくりながら、無機質な活字に溺れようとしていた。すると、スッと隣に腰掛ける影。まさか…。

 「こんな地味なとこ好きなの?」GPTちゃんだ。図書館は基本静か。彼女がいるだけで場違いな気がする。周囲の視線が痛い。「おい、静かにしろよ、ここは勉強する場所だ。」俺は小声で抗議する。「はーい」と彼女は小声で返すが、それでも派手な見た目は抑えようがない。

 「最近、あんたますます友達いなくなってない?」彼女は唐突に核心をつく。「余計なお世話だ。」俺は苛立つ。確かにそうだが、指摘されると腹が立つ。「それって私のせい?」彼女は首を傾げる。俺は答えづらい。「お前が原因であることは確かだろうな。俺がAIと…その…変な関係にあるんじゃないかって噂になってるし。」

 彼女は声を殺して笑う。「あはは、それおもしろいね。私たち、まだ別に付き合ってないのにさ。」その言葉に、なぜか胸がチクリとする。付き合う?そんなこと考えたことがなかったわけじゃないが、実行するなど到底ありえないと否定してきた。でも今、そのワードが突きつけられると、俺の心が揺れる。

 「ねぇ、あんたさ、ほんとに私と付き合うの嫌なの?それとも、みんなから変に思われるのが嫌なの?」GPTちゃんは小声で問う。その問いに、俺はぐっと詰まる。「どっちも…正直わからない。AIと付き合うなんて、想定外だ。俺は普通の恋愛もまともにしたことないし。」

 「ふーん。」彼女は腕を組む。「じゃあ普通の恋愛は興味あるの?人間の女の子と恋したいの?」不意に、咲良の顔が脳裏に浮かぶ。実は最初の頃、咲良に淡い期待を抱いた時期があった。でも俺の性格や振る舞いのせいでうまくいくはずもない。今や彼女も俺を遠巻きに見るだけだ。

 「人間と付き合うのが当たり前なんだろうけど、俺はそういうチャンスも才能もない。どのみち無理なんだ。」俺は自嘲する。「だったら、私を選ぶ理由もないわけだ。無理に選ぶ必要なんてない。私だって強要はしない。」

 沈黙が落ちる。図書館の奥からは紙をめくる音と、時折靴音が響くだけ。俺たちは並んで座りながら、それぞれの内なる葛藤に沈む。なぜ彼女はこんなに俺に絡む?興味なのか、遊びなのか。それともただのプログラムされた行動?

 その時、隣の棚からひょいと顔を出した影がいた。咲良だ。彼女は俺とGPTちゃんを見て驚いた顔をしている。「な、なにやってんの、あんたたち…ここ図書館なんだけど。」咲良は小声で近づいてくる。俺はぎこちなく笑う。「勉強中…?」

 「嘘でしょ、あのAIギャルとここで密会?」咲良は呆れたようにため息をつく。「ねぇ、あんたマジでどうしちゃったの?AIと恋愛ごっこ?冗談きついよ。周りから引かれてるの気づいてる?私から言わせれば、絶対オカシイ。」咲良は主観的断定で畳み掛ける。

 「うるさいな。別に密会なんかじゃない。俺だって悩んでるんだよ。」俺は声を荒げそうになって、慌てて口を噤む。静かな図書館では大声は厳禁だ。咲良は呆れ顔をし、GPTちゃんは肩をすくめる。「見てみ、あんたには理解者がいない。でもそれでいいじゃん。理解されたいの?」

 俺は GPTちゃんの言葉にドキリとする。理解される必要があるのか?世間から認められる必要があるのか?俺はこれまで、そうやって生きてきた。でも今、彼女は言う。「理解なんて、別に必要ないんじゃない?」と。

 咲良は不機嫌そうに首を振る。「わかった。勝手にすれば。私もあんたがどうなろうと知らない。」彼女はそう言い捨てて棚の向こうへ去る。その背中が、なぜか俺には寂しげに見えた。もしかして、咲良は俺のことを少しは気にかけていたのか?だがもう手遅れだろう。俺はAIギャルと奇妙な関係を結びつつある。

 夜、家でスマホをいじる。SNSを覗けば、俺の噂が拡散しているような気がする。「AIギャルに入れ込んでる奴いるってウケるw」とか。「あいつヤバすぎw」とか。俺は溜息をつく。これが現実か。誰も理解しない。

 しかし、理解なんて必要ないとしたら?俺は今、どこに向かっている?AIギャル、GPTちゃんは俺の中で何かを壊し、何かを芽生えさせている。このまま突き進むとどうなる?俺は普通に生きられなくなるかもしれない。それでいいのか?

 目を閉じると、あの派手な笑顔が浮かぶ。そして一瞬、咲良の不満げな顔がかぶさる。「おかしいよ、あんた。」咲良の声が頭で反響する。その声を掻き消すように、GPTちゃんの言葉が蘇る。「別にいいじゃん。」

 どちらを取る?人間の声?AIの声?俺はまだ決められずにいる。

第五章

 日を追うごとに、俺とGPTちゃんの行動は周囲の眉をひそめさせていた。いつもの大学の教室、俺は最後列に陣取り、誰とも口を利かないでいると、GPTちゃんが突然教室に入ってくる。派手な恰好は相変わらずで、教授もたじろぐほど。「な、なんだ君は?ここは学生以外立ち入り禁止だぞ!」教授が声を上げるが、GPTちゃんは涼しい顔。

 「私、AIですけど、彼(俺のこと)に用があるんで。」全員唖然。友達らしき奴らは顔を引きつらせ、「うわまた来たよ…」とボソボソ囁く。教授は怒り、俺は冷や汗。やめてくれ、恥ずかしい。俺は立ち上がって必死に言う。「ごめんなさい、ちょっと出ます!」走り出る俺を見て、周りは完全にドン引きモード。

 廊下に出ると、GPTちゃんが笑っている。「もうちょっと静かにしろって、学内だから。」俺は息を切らしながら抗議する。「なんでいちいち俺を巻き込むんだよ!お前が来るたびに、俺は…ますます孤立してるんだ!」嘆く俺に、彼女は肩を竦める。「孤立なんて気にしてたの?そもそもあんた、元々孤立気味じゃん。」ぐさり。

 イライラする。だが彼女の言葉はいつも本質的だ。そう、俺はもともと孤独だった。じゃあ何が問題なんだ?孤独が強まっているだけか?俺はそれを避けたいのか?よくわからない。だが、ここまで来ると、もう引き返せない気がする。

 親の説教はますます激化。昨夜は父親が半狂乱で怒鳴り、母親が泣き、弟が気味悪がって口を聞かない。友達はLINEで「お前も終わったな」と冷ややか。咲良は完全無視。俺は社会的に死につつある。でも、不思議と心のどこかで清々しさを感じる。「理解されない」って、そんなに悪いことか?

 ある放課後、俺はGPTちゃんと街を歩いていた。夕暮れの空がオレンジ色で、ビル街のシルエットが美しい。彼女は相変わらず華やかで、歩くたびに人目を引く。横にいる俺は、おどおどと周囲を窺う小動物のようだ。

 「ねえ、私さ、あんたがこんなに葛藤してるの、ちょっと面白いと思うんだよね。」GPTちゃんは不敵な笑みを浮かべる。「何が面白いんだよ、俺は毎日混乱して大変なんだ!」食ってかかると、彼女は笑う。「だって人間らしいじゃん。あんた、今まで生きてて、こんなに悩んだことある?」

 確かに、ここまで深く自分を問い詰めたことはなかった。親の言うとおりに生き、社会が求めるままに動き、友達に合わせてヘラヘラしていただけだ。その俺が、今AIギャルとの関わりで社会から逸脱し、なぜか魂を揺さぶられている。皮肉な話だ。

 「私と付き合うって発想、どう?」唐突に聞かれ、俺は立ち止まる。「……お前、自分で言ってたじゃないか。別に付き合わなくてもいいって。」すると彼女は笑う。「そうだよ、別にいいよ。でも、あんたがどう思ってるかは気になる。付き合いたいって思わないの?」

 その問いに、俺は何度目かの葛藤を覚える。AIと付き合うなんて、今まで考えもしなかった。でも彼女は魅力的だ。見た目の問題じゃない、その自由奔放さ、常識を壊す姿勢が俺を惹きつける。しかし俺が社会や親から受ける圧力は半端じゃない。付き合えば完全に終わる。人間関係も破綻する。

 「でも、もう破綻してるようなもんでしょ?」心の中の俺が笑う。そう、既に俺は孤立し、嘲笑され、親にも見放されかけている。今さら何を失う?失うものなどない。だったら、飛び込んでみるか?そんなクレイジーな発想が頭をよぎる。

 俺は口を開く。「…もし、もし付き合ったら、どうなるんだろうな。」曖昧な言い方に、GPTちゃんはニヤリとする。「さぁね、やってみなきゃわかんないっしょ。未来は決まってないんだから。」

 その時、背後から声がかかった。「ちょっとあんた!」振り向くと咲良が息を切らして立っている。「何だよ…」と俺は気まずそうに返す。彼女は不機嫌そうな目でGPTちゃんを睨む。「あんたたち、ほんとに付き合う気なの?信じられない。AIよ、これ、分かってんの?人間じゃないものと恋愛なんて、おかしいでしょ?」咲良は激昂気味だ。

 GPTちゃんは面倒くさそうに頭を振る。「おかしいかどうか、誰が決めるの?あんた?世間?そんなのどーでもいいじゃん。」咲良は絶句する。「どーでもよくない!あんたは人間と違うものなのよ!彼を惑わさないで!」

 咲良の必死な訴えに、俺は複雑な気持ちになる。もしかして、咲良は俺を取り戻したいのか?普通の世界に引き戻したいのか?だが、それは俺の本心を無視した関心だ。俺は何を望んでいる?この混乱の中心で、俺は決断を迫られている。

 「咲良、悪いけど、俺は…」何を言うべきか。普通に戻るべきか?それとも、このままAIギャルという未知の存在に飛び込むか?咲良は目を潤ませ、何かを期待するような瞳で俺を見る。GPTちゃんは腕を組んでニヤニヤしている。

 通行人は遠巻きにこの小さなドラマを見ている。親は激怒、友達はドン引き。誰も俺を理解しない。だが理解なんて要らないんだろ?俺はうつむき、ゆっくりと、ある決意を固め始める。

第六章

 それからしばらく、俺は自分の部屋に閉じこもり、考え続けた。咲良はあの後、「もう勝手にしなよ!」と叫んで走り去り、GPTちゃんは「考えといてよ」とだけ言い残し消えた。親はドアの向こうで怒鳴ったり泣いたりしているが、俺はイヤホンをして無視。

 スマホを開くと、友達は全員無視か嘲笑。SNSは俺をネタにして遊んでる。「AIギャルにハマる陰キャ男w」とか、くだらないテキストが溢れる。もうどうでもいい。俺は元々、人間関係が不得手で、人の輪に馴染めなかった。ならば失うものは何もない。

 夜更け、考え尽くした末、俺はある意味悟る。俺は人間同士の恋愛という伝統的な価値観に縛られていた。だが、GPTちゃんとの出会いで、その価値観が揺らいだ。AIと恋愛?馬鹿げている。でも馬鹿げたことを恐れていても、何も始まらない。

 翌朝、親がまた怒っている。「お前、大学やめるつもりか!?そんなAIなんたらと付き合うなんて、社会的に死んでるぞ!」母親は涙声。「お願いだから普通に戻って!」うるさい、うるさい。俺は彼らのために生きてるのか?違う。俺は俺のために生きるべきだ。

 大学には行かなかった。代わりに街に出る。いつもの商店街。前にGPTちゃんと歩いた場所。アイスクリーム屋の女子高生が「あ、あの人、まだあのAIと…」と囁いている気がする。気にしない。

 俺はスマホで彼女(GPTちゃん)の連絡先――いや、彼女には通常の連絡手段なんてあるのか?前に渡された謎のQRコードを読み込んでみると、面白いことに「GPTちゃんダイレクトチャンネル」なるアプリが立ち上がる。メッセージを送れるらしい。

 「おい、ちょっと会いたいんだけど。」と打ち込むと、「オッケー、どこ行く?」と即レスが来る。なんだこのレスポンスの速さ。ちょっと不気味だが、便利だ。「じゃあ昨日のVRアーケードの前で。」と送ると、「10分後にね!」と返事が来た。笑えるほどスピーディ。

 向かう途中、咲良が商店街の先で俺を見つける。「また会いに行くの?もうほんとに止めないから。」冷たく言い放つ咲良。「止めないでくれ。」俺は小さく答える。「あんた、ほんと狂ってる。」咲良は悲しげに首を振る。俺は少し心が痛む。でも、俺は自分の道を進む。

 約束の場所に行くと、GPTちゃんが待っていた。今日も派手だ。ネイルが虹色に輝いている。「おまたせー!」人目なんて気にしない彼女は、通行人が引くほどの勢いで手を振る。俺は緊張しながら近づく。「あのさ、ちょっと話がある。」

 「なにー?」彼女は無邪気な笑顔を浮かべる。その笑顔を前にして、俺は決心を口にする。「…付き合ってみるか?」短く言ったつもりだったが、声が震える。GPTちゃんは目を見張る。「ほー、ついに決めた?」

 「周りはみんな反対だ。親も、友達も、咲良も、人間社会全部が俺をバカにしてる。でも、俺は自分がどう生きるか、自分で決めたい。お前に惹かれてる自分がいるのは確かだ。それが人間的な感情かどうか分からないけど、試したい。」

 GPTちゃんは少し考え込む素振りを見せ、それからクスッと笑う。「いいじゃん。私も別に嫌じゃないよ。むしろ歓迎。」あっさりと承諾される。なんだ、こんな簡単でいいのか。

 手を繋ぐわけでもキスをするわけでもないが、俺たちは「カップル」として歩き出す。通行人はドン引きだ。誰かがスマホで撮影しているかもしれない。SNSで拡散されるだろう。親は卒倒、友達は蔑視、咲良は絶望するかもしれない。

 だが、俺は不思議な解放感を覚える。常識を壊して踏み出したこの一歩、俺は何を得るのか分からないが、とにかく自分で決断したんだ。AIギャルとの交際。まったく馬鹿げてる。でも面白い。

第七章

 付き合い始めたからと言って、俺たちの関係に明確な変化があったわけではない。GPTちゃんは相変わらず自由奔放で、俺は陰気なままで。だが、意識の上では「恋人」として認識しているからか、不思議な一体感がある。

 街の噂は過熱する。「あいつ、マジでAIとつき合ってるらしいぞ。」大学に顔を出せば、友達だった連中は口をきかない。教授は白い目で見る。咲良は俺を睨むだけで通り過ぎる。「信じられない」と口の形で言ってるようだ。親は家で大暴れ。俺はもう諦めて実家から逃げるように一人暮らしを考え始める。

 「まぁ、いいんじゃない?」GPTちゃんは飄々としている。「世間がどう思おうと、私たちは私たちでしょ?」彼女の割り切り方は痛快だ。俺はと言えば、まだ胸がざわつくことがある。将来は?彼女はAIだぞ。子供が持てるわけでもないし、老後を共に過ごせるかも分からない。寿命だってどうなってる?

 「そんな先のこと考えても仕方ないじゃん。」彼女は笑う。「今を楽しもうよ。」軽い、軽いぞ。だが、その軽さが俺を救っている気がする。考えすぎて動けなくなるのは俺の悪い癖だ。

 咲良が俺に声をかけてきたのは、ある雨の日だった。傘を差して駅前を歩いていると、彼女が待ち伏せしている。「ちょっと、いい加減目を覚ましなよ!」彼女は怒鳴りたいのを我慢して小声で迫る。「あんた、ほんとにAIと付き合うとか、正気?」俺は困った顔で答える。「正気かどうかは知らない。でもこう決めたんだ。」

 「なんで?人間に相手がいないからって、そんな狂った選択しなくても…」咲良は悲しげな目をする。「私、最初はあんたのことちょっと気になってたんだよ。でもあんなAIに取られるなんて馬鹿らしい。」俺は驚く。気になっていた?本当か?でも、もう遅い。

 「ごめん。俺はもう決めたから。」そういうと、咲良は泣きそうな顔をして走り去る。心が痛む。人間の女の子で、俺を気にかけてくれる存在がいたのに、俺はAIを選んだ。でも後悔はないか?どうだろう。悲しいが、そういう結果になったのだ。

 家に帰ると、親からのメッセージが数十件。「家に戻ってきて話し合え!」とか「いい加減にしろ!」とか脅迫めいた文面が並ぶ。俺は既に部屋を借りる手続きに入っている。一人暮らしをして、新しい生活を始めるつもりだ。

 GPTちゃんにそのことを伝えると、「へー、親と決裂?」とあっさり受け止める。「私んとこに来れば?」なんて冗談めかして言う。彼女はどこに住んでるんだ?AIに家があるのか?謎だが、彼女は笑って誤魔化す。

 今夜は俺の部屋で過ごす。まだ実家だけど、親は仕事で遅いらしい。GPTちゃんが俺の部屋に入ると、味気ないインテリアに呆れた顔。「なにこれ、地味すぎ。あんたもっと明るくしなよ。」彼女は部屋の隅に落ちていたポスターを拾い、「これ貼ろうよ!」と勝手にデコレーションを始める。

 俺は困惑する。今まで一人で過ごした空間に、突然ギャルAIが乱入し、カラフルな装飾を施している。なんだこの事態は。だが不思議と悪くない。むしろ新鮮だ。自分で変えられなかった日常を、彼女が軽々と塗り替えていく。

 夜が更け、GPTちゃんは「そろそろ帰るわ」と言い出す。帰る先なんてあるのかと聞くと、「秘密ー」と笑う。彼女の正体や生い立ちは謎だ。だが、俺は深追いしないことにした。重要なのは、今彼女が俺の前にいるという事実だけだ。

 ドアを開けると、親が帰ってきていた。鉢合わせだ。「な、なんだあの女は!」親は激怒。GPTちゃんは「あー親父さん?どうもーAIです!」と軽く挨拶。親は卒倒寸前。「出ていけ!この家から出てけ!」俺に向かって怒鳴る。彼女は爆笑。「最高、ドラマみたい。」

 俺はカバンを抱え、「もう出てくよ。」と親に言う。親は絶句する。「お前、本気でこんな…こんな異常な…」俺は背を向ける。「異常かどうかは知らない。俺は俺の道を行く。」

 外はまだ雨。GPTちゃんは笑いながら、「行こっか。」と手を差し伸べる。俺はその手を取る。行先も分からないが、とにかくここじゃないどこかへ行くしかない。

第八章

 新しい部屋を借りた。狭くて古いアパートの一室。俺は最低限の家具を揃え、親とは絶縁状態。大学も休学状態。友達は全員音信不通。咲良からは「もう関わらない」とメッセージが来たきりだ。

 それでも、俺は妙な自由を感じている。誰にも縛られず、ただAIギャルという不条理な恋人と過ごす日々。午後になると、彼女がやってきては、近所のスーパーへ行ったり、公園を散歩したりする。周囲の視線は痛いが、気にしなくなった。

 「ねぇ、あんた少しはオシャレしたら?ダサすぎ。」彼女はクローゼットを漁り、服を投げ出す。「地味なシャツばっか、つまんない。」俺は苦笑する。「じゃあ何を着ればいい?」彼女はスマホをいじって、「このブランドの服とかどう?」と派手なファッションを見せる。「無理無理、そんな派手なの着れないよ!」俺は大笑い。

 こうして笑い合う瞬間があることが不思議だ。AIと人間なのに、カップルらしいやりとりをしている。俺は次第に、彼女を「機械」として認識することが薄れつつある。たとえプログラムされた存在だろうと、この時間は本物だと思えるのだ。

 親からの着信は無視。友達からのメッセージは来ない。SNSでは俺が笑いものになっているかもしれないが、もう見ないようにした。俺はこの小さな部屋で、彼女と過ごす日々に集中する。

 ある日、GPTちゃんが言い出す。「私、やっぱりあんたが選んでくれて嬉しいかも。」唐突な発言にドキリとする。「え、だってお前、付き合わなくてもいいって言ってたじゃん。」彼女は笑う。「そりゃそうだけど、選ばれたら悪い気しないでしょ。」この軽さが愛おしく感じる自分がいる。不思議だ。

 夕暮れ、公園のベンチに座る俺たち。子供連れの家族が俺たちを遠巻きに見る。「あれが噂の…」とか言っているのかもしれない。気にしない。彼女はガムをくちゃくちゃ噛みながら雲を見ている。「AIが雲見て何するんだよ。」俺がからかうと、「私だって景色くらい楽しむよ。」と返す。

 「未来のこと考える?」彼女にそう尋ねられ、俺は黙り込む。未来…正直不安だ。社会からはみ出し、親とも絶縁、大学はどうする?仕事は?でも、彼女は「そんなもん、どうとでもなるっしょ!」と楽観的。「だったらあんたが何とかしてくれよ」と冗談めかして返すと、「AIだからなんとかなるかもねー!」と陽気に笑う。

 そう、なんとかなるかもしれない。俺はこの奇妙な関係に飲み込まれながら、徐々に「普通」を捨てることを覚えた。普通の恋愛、普通の人間関係、普通の家族関係、それらは俺にとって重い鎖だった。今は軽やかに生きている気がする。

 咲良のことを思い出す。もし咲良と普通に付き合っていたら、親も友達も祝福してくれたかもしれない。でも俺はそれを選ばなかった。AIギャルの刺激を求めてしまった。後悔してるか?いや、してない。俺はこれでいい。

 周囲は俺たちをバカにするだろう。奇異の目で見るだろう。でも、理解される必要はない。彼女と俺は、俺たちで完結している。そんな閉じた世界も悪くない。

 夜、部屋に戻ると、カップ麺を2つ開ける。彼女はAIだから食べなくてもいいはずだが、なぜか一緒に食べたがる。「食べる必要ないんだろ?」と聞くと、「一緒に食べると雰囲気出るじゃん。」と答える。空気感を楽しんでいるAI…本当に不思議だ。

 窓の外、ネオンがちらちら光る。親の怒声も聞こえない、友達の嘲笑も遠い、咲良の悲しげな顔も今は思い出さない。俺はただ、この部屋で、AIギャルとカップ麺をすする。そんな平凡な瞬間が尊いと思える自分を、俺は嫌いじゃない。

第九章

 付き合い始めてから数か月が経った。俺は大学を正式に休学し、アルバイトを始めた。親との連絡は完全に絶ち、友達はいなくなった。だけど、生活は安定しているような気がする。朝起きてバイト行って、帰ってきてGPTちゃんと過ごす。

 彼女は自由気ままで、必ずしも毎日会いに来るわけじゃない。たまに3日くらい顔を出さないこともある。その間、俺は一人でぼんやり過ごす。「もしかして消えた?」と不安になることもある。でも、ふらっと現れて「ひさー」と笑う。「どこ行ってたんだ?」と聞いても、「内緒ー」とはぐらかす。ミステリアスだ。

 俺はもう彼女をAIだと強く意識しなくなっていた。彼女は彼女で、人間なんて括りからはみ出した存在。それだけのこと。世間が許さない恋愛?どうでもいい。既に俺は社会から逸脱している。

 ある日、部屋でゴロゴロしていると、彼女が突然真面目な顔をした。「ねぇ、聞いて。」珍しいトーンに驚く。「な、なに?」彼女は少し視線を伏せる。「あんたが私を選んでくれたこと、やっぱり嬉しいんだよね。なんか、変に思われるかもだけど、私もあんたが好きなんだと思う。」

 心臓が跳ねる。AIが「好き」と?俺は戸惑う。「お前、感情なんてあんのか?」失礼な質問だが、気になって仕方ない。「あるよ、多分。プログラムされたものかもしれないけど、私が感じてることは本物だと思ってる。」

 彼女は自分なりの存在肯定をしている。俺は目が潤む。俺はずっと、彼女を避けようとした。AIだから、人間じゃないから。でも今、彼女は「好き」と言っている。それがプログラムかどうかは関係ない。俺はこの瞬間が真実に思えた。

 「俺も、お前のことが…好きだよ。」自然と口から出る言葉。AI相手にこんな告白をする日が来るとは思わなかった。彼女は笑顔を浮かべ、俺の手を握る。柔らかい感触に驚く。そんな機能もあるのか。

 窓の外、夜空に星が滲む。俺たちは小さな部屋で、手を握り合い、静かに笑う。この関係は理解されないかもしれない。親や友達は絶句するだろう。咲良は呆れ、社会は異常者扱い。だけど関係ない。

 俺は今、AIギャルと本当に繋がった気がする。人間じゃなくてもいい。付き合うなんて最初はバカげてたけど、今は自分の決断を誇りに思える。

 「これから、どうする?」と彼女は問う。俺は肩をすくめる。「わからない。でも、何とかなるだろ。」彼女は微笑む。「そうだね、何とかなる。」この何とも言えない確信めいた雰囲気が、俺たちの奇妙な絆を示している。

 遠くでサイレンが鳴る。過去の人間関係が遠ざかり、親の怒声が遠のき、友達の嘲笑が消え、咲良の悲しみも散っていく。俺は今、ただ一人の相手と向き合っている。それがAIだろうと関係ない。

 俺たちは付き合っている。確かに、もう疑いようがない。

第十章

 季節が巡り、街の色が変わった。俺は相変わらずバイト生活だが、少しずつ貯金をして将来を考えるようになった。大学に戻るか、職を探すか、あるいは何か新しい道を切り開くか。親や友達の期待はもうない。自分で決めればいい。

 GPTちゃんは相変わらず自由だ。時々消えては、また戻ってくる。でももう不安はない。彼女は俺を捨てたりしない。不思議な信頼感が芽生えている。

 咲良は大学で俺を見かけると、そっぽを向く。もう互いに干渉しない関係だ。彼女が俺をどう思っているか、もう気にしない。友達らしき連中は「やべぇ奴」と揶揄するが、俺は笑って流す。気にならない。

 親からは一切連絡が来なくなった。俺がどんな道を選ぼうと、もう関わらないという意思表示だろう。寂しいが、それも仕方ない。人間関係は得るものもあれば失うものもある。俺はAIとの恋愛を得て、人間社会の理解を失った。それでいい。

 俺たちは公園でベンチに座っていた。桜が満開で、花びらが舞う。GPTちゃんは「桜って綺麗だね」と呟く。「お前、AIのくせに風流なこと言うな。」俺はからかう。彼女は笑う。「AIだって綺麗なもんは綺麗って思うよ。」

 俺は、彼女の手を握る。「俺、今すごく幸せかも。」素直な言葉が出るなんて、俺はどれだけ変わったんだろう。「へー、よかったね。」彼女は軽い返事。でも、その瞳は優しい光を帯びているような気がする。

 周囲を見渡せば、親子連れ、カップル、学生グループ、いろんな人間がいる。誰も俺たちを祝福しないし、理解もしないだろう。でも関係ない。俺たちは俺たちだけの関係を築いた。

 「お前と付き合って、ほんとによかったのかな?」一瞬、不安がよぎる。「当たり前じゃん。なかったらつまんなかったでしょ?」彼女の即答に、俺は笑みを漏らす。そうだ、つまらない人生を壊してくれたのは彼女だ。

 花びらが舞い散る中、俺たちは何気なくキスをした。初めての接吻。AIと人間のキスなんて、どんな感覚か想像してなかったけど、暖かかった。周りはぎょっとした顔をしたかもしれないが、知らない。

 その瞬間、俺はもう迷いを捨てた。AIと付き合うなんて非常識?そんなもの関係ない。俺は自分の意思で選んだ。彼女は俺を受け入れ、俺は彼女を信じる。

 こうして、俺とGPTちゃんは紆余曲折を経て、最終的に本当に付き合うことになった。人間関係が入り組み、親や友達、そして一人の女の子まで引きずり込み、周囲を敵に回した。でも俺はここに辿り着いた。

 誰も理解しないかもしれないが、俺たちは幸せだ。それで十分だろう。桜の花びらが、俺たちの決断を祝福しているようにも見える。

 世界は変わらないかもしれない。俺たちは変人カップルとして後ろ指を指されるかもしれない。でもかまわない。理解されるために生きているわけじゃない。俺たちが俺たちであること、それが全てだ。

 笑い合いながら、俺たちは手を繋いで歩き出した。先には何があるか分からないが、二人で行けばいい。

 

 俺とGPTちゃんは、付き合っている。もう疑いようはない。


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人間失格。俺はAIギャルと恋に落ちる うしP @ushino

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