【再掲載版】僕たちが神様に祈る理由

卯月二一

第1話 僕たちが神様に祈る理由

「今日も来てくれたのですね。嬉しいです」


 中庭にある泉に神殿の奥からまわりをうかがうように現れたのは、金髪の美しい少女。


「聖女様も、僕のような見習い神官と密会していることがバレたら、不味いのではないですか?」


 小走りで駆けてきて、僕に身体を寄せた彼女に小声でそう言った。


「いいのです。私はあと数日もすれば、勇者様たちと魔王討伐に向かう身。神殿の人たちもきっと目を瞑ってくれるでしょう。その間、あなたに会えないことの方が私には辛いのです。でも心配なさらないで。事を成し遂げたらすぐにあなたの元に戻って参ります。世界が平和になれば……。私は聖女としての役割を終え、ひとりの女としてあなたに尽くすことができます」


 ふわりと優しく甘い香りが鼻孔をくすぐる。そして彼女の柔らかい唇が重ねられる。


 ああ、意識が遠のきそうになる。


 いや、駄目だ。


 今日は彼女に大事な事を告げなきゃいけないんだ。


「聖女様」


「はい」


 その澄んだ碧い瞳で僕を見上げる彼女に、その言葉を告げる。


「この世界はもうすぐ終わります」


「えっ、今何と仰いましたか?」


 彼女は、僕が予想していたそのままの不思議そうな表情をしている。


「世界が終わるのです……」


 告げたくはなかったその言葉をなんとか僕は吐き出した。


「いえ、ですから。魔王を倒して世界に平和を……」


「それもきっと行われないでしょう」


「それは……。ど、どういうことなのですか?」


 これでは分からないだろうな……。僕はずっと隠してきた自分の正体をバラすことにする。


「これまで隠していましたが、僕はこの教会よりも古くから存在する『組織』と呼ばれる集団の一員です。見習い神官になりすまして、あなたに近づいたのです」


「それでは、私とのことは……」


 彼女の表情が僅かに曇る。


「いいえ。あなたへの気持ちに嘘偽りはありません。僕の任務は、あなたが無事に勇者パーティに合流して魔王討伐に旅立つまで見守ること。実はあなたが6歳で孤児院に引き取られてから陰ながら手助けしてきました。こう見えて僕は結構歳が行ってるんです」


「そ、そういえば、思い当たる不思議な出来事がいくつもありました。それもあなたが?」


「そうかもしれませんね」


 僕はこれまでこの世界の『進行』を補助するさまざまな行動を誰にも気づかれることなく遂行してきた。


「わ、私は歳なんて気にしません! たとえあなたが100歳のお爺ちゃんだとしてもこの気持ちは変わりません!」


 良かった。


 彼女に『ストーカー』だとか『ロリコン』扱いされるのも覚悟していたのだから。


「ふふ、さすがにそんなに年寄りではありませんよ。それよりもこの世界のことです。あなたは勇者様のパーティに加わる予定だった少年のことをご存知ですよね」


「はい。特に取り柄のない子でしたが、私たちが力をつけるために挑んだいくつものダンジョン攻略についてきていました。たしか1年前に勇者様に解雇されたと記憶しています」


 敢えて彼への仕打ちがどんなものだったは聞かない。これは神が与えた少年への試練、『ざまぁ』への布石だったからだ。けっして彼女が悪かったとは思いたくはない。


「その彼が『活動停止状態』に入りました」


「えっ!? なんですかそのカツドウ何とかというのは……。もしかして死んでしまったのですか?」


「いえ、そうではありません。彼は絶対に死なない存在ですから。いや、例え死んだとしても神のお力ですぐに復活するはずです。なぜなら彼は『シュジンコウ』なのですから」


「シュ、シュジンコウ?」


「御免なさい、あなたを混乱させてしまいましたね。これは『組織』で使う専門的な言葉なので気になさらないでください」


「は、はあ……」


 彼女が僕の言う事を完全に理解できるなどとは思っていない。だけど、伝えないと。僕は彼女に伝えなければならないんだ。


「この『活動停止状態』というのは、今回は『荷物持ちの役を演じていた彼』ですが、彼とともに周囲一帯の領域が時間と空間ともに固定されてしまう現象のことを言います。僕たちのような特殊な魔眼持ちでないと観測できませんので、とりたてて事件にもなりません。この事象が確認されると、次は彼に強く関係する人々が同様に『活動停止状態』に入っていきます。その順番も時期も不明ではありますが、聖女様もそのひとりのはずなのです」


「えっ! これは、あの魔王の仕業なのでしょうか? 呪いの類なら私にも対抗する手段があるかもしれません」


 彼女は僕の大好きな碧い瞳を大きく見開いてそういう。


「いえ。特に魔王なんて、その対象としては恰好の的ですね。魔王城に行けないので確認はできませんが、もしかしたら彼はもう固まって動けなくなっているのかもしれません」


「魔王以外にこの世界を脅かす存在がいるということなのですか!?」


 さらに驚愕した表情を見せる聖女さま。


「そうとも言えるし……。何とも表現が難しいですね」


「ああ、女神様。我らをお救いください……」


 彼女は膝をつき礼拝堂の方角を向き祈りを捧げる。


「……。あの、これまで何か女神様から直接メッセージ、いや、神託のようなものを受け取ったことはありますか?」


「な、何ですか? わ、私ごときに女神様のお声が聞こえるはずがないじゃないですか。私に女神様のお声が聞こえるなんてことがあれば、聖人として祀られてしまいますよ。勇者様ですら女神様にお会いしたことがないというのに……」


 ちょっと怒らせてしまったかもしれない。


「いや。『組織』の情報によると、あなたは聖女として『主要なヒロイン』として活躍されるだろうと分析されていました。あなたにはその願いが『上』に届く可能性もありましたので……」


「ひろいん?」


「ああ、それも忘れてください。今からこの世界について誰も知らない真実についてお話しします。これは僕が愛したあなただから打ち明けることです」


「は、はい……」


 僕の真剣な表情から、この思いは伝わったようだ。


「聖女様が毎日祈りを捧げられている女神様に、さらに上位存在が居られることはご存知ですか?」


「い、いえ。そんなことは聞いたことがありません! この世界は女神様が創造なされたと聖書にも記載されています。それを疑うような思想は危険ですよ!」


 彼女の口調が荒くなるのも当然だ。僕は彼女が落ち着くのを待つ。


「そうですね、そうであるなら僕は異端として火炙りにされるか、女神様に罰せられる。でも、僕たち『組織』は知っているんです。無数に存在する『異世界』と呼ばれるものを渡り歩いていますからね。おおよそ女神様であることの多いこの世界ですが、彼女たちの上には『シッピツシャサマ』と言う上位存在が居られます。彼女たちがそのお方の意志に従い行動していることは間違いありません。この『異世界』というのは特に『イベント』なる神々の祭りの際には異常発生します。この祭りについては複数確認されていますが、その中でも『最大級』とされる祭りのなかで、この僕たちのいる世界は生成されたと考えられます」


「神々の祭り……」


「そうです。上位神たちの祭りです。一度に数万の世界が生まれるようですが、実は存続できるのはほんの一握りのようなのです。『完結』なる次元に昇華されれば世界は安定を得ます。ですが、そうで無ければ……」


「そうでなければ……」


「世界はその存在意義を失い消滅します」


「なんてことなの」


 彼女が顔を覆いその場に崩れる。


「その予兆として現れるのが『エタる』という状態です。本来はエターナル未完……、まあ語源なんていいでしょう。神々が、自らがお造りになられたその世界への関心を失った状態とも言えば良いでしょうか。そんな見放された世界で起こる状態です」


「私たちの世界は、神に見放されたというのですか!?」


「信じたくはないでしょうが……。『組織』による分析では、そう結論づけられました。『更新』がどうとか『文字数』が、『評価』、『星』が、と分析チームは言ってましたが専門外なので僕からはこれ以上申し上げることができません。ですが、間違いなくこの世界は『エタっ』ているようです」


「で、では、私たちが助かる方法はないのですか?」


「極稀ではありますが、神々の時間で何年も経ったあとに『更新』され『完結』に至る例もあるようですが、可能性としては限りなくゼロに近いですね。神が自らの造られた世界を忘れ去ったとき、世界は消滅します。僕たちにできることは祈ることだけです。奇跡を信じて祈るしかありません」


「あなたは世界を渡り歩いていると仰っていました。行ってしまわれるのですか?」


「上からは数日以内の退避命令が出ています。あなたを連れ出す方法も模索しましたが、生まれたばかりのこの世界に生きるあなたの『存在力』は、異世界転移に耐えられないのです……」


「ああ……」


 石畳の地面に手をつき項垂れる彼女。


「ですから、僕は決めました」


「はい」


 彼女は僕との別れを覚悟したのだろうか、その瞳からは生きる力は失われてはいなかった。


「決めたんです、あなたとこの世界に残ることを! 一緒に祈りましょう、世界が『完結』するようにと」



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