「星の瞬き」 3分で読める物語

METAGAME宇都宮

第1話 星の瞬き


 澄んだ冬の夜。凍てつく空気が肌を刺し、吐く息が白く消えるたび、静寂がその隙間を埋めていく。男はカメラを肩にかけ、湖のほとりに立っていた。


 目の前には、静寂を湛えた湖が広がり、その水面には満天の星々が揺らめいて映る。冷たい夜の空気に包まれながらも、彼はシャッターを切ることなく、その光景をただ見つめて考える。

数々の賞を取り、世界に名を轟かせた男は自らに問う。


「写真家なんて肩書き、もう自分の一部でないように感じる……」


 誰に向けるでもなく呟いた言葉が、冷たい空気に溶けていく。


 40代になったばかり。これまで世界中を巡り、数々の風景を写真に収めてきた。

だが、いつからだろう。カメラを向けても、何かが足りないと感じるようになったのは。


 あの頃の情熱はどこへ消えてしまったのだろう。


 ふと、彼の脳裏に浮かんだのは、写真家を目指すきっかけとなった昔の思い出。

若かった頃、海外で出会った無名の人達。その何気ない日常を切り取る中確かに写真の持つ力を肌で感じていた。出会う人々が見せてくれた何気ない一コマ……

その一瞬が、無限の可能性を。それが今の自分を形作ったのだと気づく。


 しかし、年月を経て名声を得るにつれ、彼はその初心をどこかに置き忘れてしまっていたのかもしれない。


「俺は、何を見失ってしまったんだろう…」


 そう思いながら空を見上げると、一際明るい星が輝いているのが目に入った。

目を細めると、その光は湖の水面にも映り込み、揺らめきながら彼に語りかけてくるようだった。


「俺の夢は、ただ美しいものを撮るだけじゃなかったはずだ…」


 湖に映る星々と月の光に、彼は自分が目指していたものを少しずつ思い出し始める。写真を通じて伝えたかったのは、ただの美しさではなく、人々の生きる姿や、そこに宿る物語だったのだと。


 彼はカメラを構えた。シャッター音が静寂を切り裂き、湖畔に響きわたり夜の空気に溶け込むように消えていった…… 


 彼の胸に静かな余韻を残す。


余韻ののち男は思う。過去・現在・未来。すべての区切りを映し出し、一瞬の幻想に包まれた気がした。


「もう一度、始めよう」


 新たな決意と共に彼は静かにその場を後にした。カメラを肩にかけ直し、凍った足跡を一つ一つ丁寧に辿りながら、湖を背に歩き出す。冷たく澄んだ夜の空気が、心の中に染み込むようだった。


 彼の足音が遠ざかる中、湖面に映る月が静かに揺れる。その光は優しく、揺らめくたびに星々の瞬きと溶け合っていく。まるで、彼の新たな一歩をそっと見守るように。


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