【The Twins】

カエルウィスク家の屋敷は、朝の静けさに包まれていた。

大きな窓から差し込む陽光が、磨き上げられた床の上に光のプールを作っている。


庭と屋敷を繋ぐ大きな木製の扉は少し開いており、

そこからベアトリスの笑い声が微かに漂ってきた。


この屋敷には、住人はたった六人しかいないが、

その広さは毎日の維持に余分な人手を必要とした。


本館から数人の新人メイドが派遣され、

午前八時から午後四時までオフェリアの指導のもと働いていた。


彼女たちは、屋敷を完璧な状態に保つために忙しく立ち働いている。


サロンから庭を見渡せる位置に、一人の少年が立っていた。

片手にはティーカップを持ち、

その姿勢は優雅でありながら、どこか威圧感も感じさせた。


エドワードは、姉のアンにそっくりだった。

鋭い目元と整った顔立ちは、明らかに血縁を物語っている。


しかし、エドワードはアンよりも広い肩幅を持ち、

スーツの下に隠れた筋肉がわずかに浮き出ている。


髪はポマードでしっかりと整えられ、

そのスタイルはまるでマフィアのような雰囲気を醸し出していた。


紅茶を一口すすりながら、彼は庭の様子をじっと見つめていた。


「アメリアめ…」

彼は呟きながら、アメリアがベアトリスにブローチを渡す様子を見守っていた。


「三日もいなくて、帰ってきたらプレゼントか。

あの女の手口はいつも巧妙だ。」


彼はもう一口紅茶を飲み、

そのやり方に感心しながらも、どこか嫉妬心を隠しきれないようだった。


近くでは、アンがベアトリスのティーカップを握りしめていた。

お嬢様の前で見せる優雅さはどこへやら、今の彼女は妙に浮かれた表情だった。


彼女はそのティーカップを顔の近くに持ち、

口を少し開け、目はぼんやりと遠くを見つめていた。


「お嬢様のティーカップ…」

彼女は小さな声で呟いた。


エドワードは、窓越しにアメリアとベアトリスを観察しながら、

彼女に目も向けず、空になったティーカップを差し出した。


「アン、紅茶を。」

彼はカップを顔に押し付けるようにして、彼女の不思議な世界から引き戻した。


アンは瞬きをし、不意にその幻覚から目を覚ますと、

露骨に顔をしかめた。


「自分で注ぎなさいよ。」

彼女は不機嫌そうに呟きながらも、ベアトリスのティーカップから無理に視線を外した。


「私はメイドじゃないんだから。」


「そうだな、お前はメイドだ。」

エドワードは相変わらず庭を見つめたまま言った。


彼女は文句を言いながらも紅茶を注ぎ始めた。

ただ、その手はわずかに震え、気が散っていた。


エドワードのカップをほとんど気にせず、

注ぐ動作の大半は、彼女自身が大事にしているティーカップのためだけだった。


紅茶がトレイにこぼれたが、

彼女もエドワードも全く気にする様子はなかった。


二人とも、それぞれ自分の「優先事項」に夢中だったのだ。


エドワードは紅茶を一口飲み、満足そうに息をついた。

「三日間姿を消して、何か大きな贈り物を持って帰ったら、

うまくいくかな?」


彼は半分冗談めかしてそう言ったが、

どこか本気の色が混じっていた。


アンはカップを持ちながらにやりと笑った。

「三日?三年、いや三十年試してみてよ。」


「きっとベアトリスお嬢様は、あなたの不在を嘆いて、

再会の時には涙を流すわ。」


彼女は紅茶をゆっくりと飲みながら言い、さらに続けた。

「心配しないで、私は毎日お嬢様の傍にいて、彼女を孤独にさせないわよ。」


エドワードは軽く舌打ちをし、むすっとした表情を浮かべた。

「誘惑的だな…でもお嬢様の注意がなくなったら生きていけない。」


彼は窓越しにベアトリスの姿を眺めながら、口を尖らせた。

「それに、彼女には俺の方がもっと必要だろう。」


二人の口論は、柔らかく落ち着いた声で中断された。

「ちょうどいいわね。」


二人が振り返ると、

そこには穏やかな笑みを浮かべたオフェリアが立っていた。


彼女は完璧なメイドの姿そのもので、

小さな丸眼鏡を鼻先にかけ、

灰色の髪はきっちりとまとめられている。


彼女のメイド服はアンのものより控えめで、

裾が床を擦るほど長いスカートが特徴的だった。


その静かな佇まいとは裏腹に、彼女には突然現れる特技があり、

そのせいで双子はたびたび不意を突かれていた。


「エドワード、お嬢様に馬車が準備できていることをお伝えし、

学校までお付き添いください。」


彼女の柔らかな言葉には、微かながら確かな権威が宿っていた。


二人は顔を見合わせ、一瞬のうちに言い争いをやめた。


オフェリアの静かでありながらも堂々とした存在感が、

彼らの反抗心を抑え込んでしまうのだ。


アンは目を細め、弟をちらりと見やった。

その動きは狡猾で計算されていた。


彼女はトレイに置かれたバターナイフを素早く掴むと、

微笑みを浮かべながら言った。


「エドワードは少し…具合が悪そうですね。

代わりに私が行ってもよろしいでしょうか?」


その言葉を終える前に、アンの手は勢いよく動き出した。

ナイフは光を反射しながら、エドワードの首元に向かって一直線に飛んでいく。


その動きはあまりにも速く、目で追うことすら難しかった。


エドワードは反射的にトレイを掴み、その場で盾として構えた。

バターナイフはトレイに突き刺さり、エドワードの喉からほんの数センチ離れたところで止まった。


彼は目を瞬き、握りしめたティーカップを手放すことなく、トレイを盾として維持していた。


オフェリアは軽く咳払いをし、微笑みを崩さずに言った。

「まあまあ、テーブルウェアで争う必要はありませんよ。」


その声は柔らかかったが、そこにはどこか抑えがたい威厳が漂っていた。


エドワードは息を整えながら、トレイを下ろして苦々しく言った。

「確かにな、特にこんな鋭利なもので争うのは良くない。」


アンはトレイに突き刺さったナイフを軽く叩き、平然と言い返した。

「バターナイフは鋭利じゃないわよ。安全のために鈍い作りになってるんだから。」


エドワードは眉を上げ、トレイに刺さったナイフを指差した。

「鈍い、だと?これが?」


オフェリアは静かに手を叩き、二人の注意を引きつけた。

「さあさあ、エドワード。馬車はすでに外で待機しています。

ベアトリスお嬢様の初めての学校の日を遅刻させるわけにはいきませんよ。」


彼女はドアの方を示し、目元には微かな楽しげな光が宿っていた。


エドワードは笑顔を取り戻し、勢いよく頷いた。

「了解です、オフェリア様!」


彼はまるで重要任務を与えられたかのような態度で、

大きな扉に向かって足早に歩き始めた。


しかし、ドアの近くで立ち止まり、

アンの方を振り返りながら、ニヤリと笑みを浮かべた。


そして、軽やかな手の動きでトレイごとナイフを投げつけた。


トレイはアンの頭上をかすめ、危うく直撃を免れた。


オフェリアはそのトレイを片手で優雅にキャッチし、

微笑みを浮かべながら言った。

「さて、アン。あなたは年上の兄妹でしょう?

子供のように拗ねるのは見苦しいですよ。」


アンは頬を膨らませながら、不満そうに紅茶を飲み続けた。

「拗ねてないわ。」


彼女はカップの縁に口をつけ、少しずつその温かさを楽しんでいる様子だった。


オフェリアはため息をつきながらも、穏やかな笑みを浮かべた。

「さあ、片付けを済ませましょう。今日はまだ始まったばかりですからね。」


その声には、双子の奇妙な行動を理解しつつ、受け入れるような優しさが感じられた。


アンは自由な手で軽く敬礼をして答えた。

「了解、オフェリア様。」


彼女の口はカップにつけたまま、言葉がやや不明瞭だったが、

その様子は明らかにお嬢様への深い愛情を示していた。


エドワードが庭に出ると、サロンからドアまでの距離が

朝の光の中で柔らかく照らされていた。


彼はこの位置から、まだアメリアと話しているベアトリスの姿が見えた。

屋敷内の騒動には気づかず、二人の会話は和やかに続いていた。


ベアトリスの笑い声が彼に届き、彼女がアメリアの贈り物に喜んでいる様子が明らかだった。


彼は姿勢を正し、ジャケットを整えて喉を軽く鳴らした。

「これが俺の見せ場だ。」


そう呟きながら、エドワードは廊下を歩き始めた。

少しだけ感じていたアメリアへの嫉妬心は消え、

その代わりに静かな誇りが胸に芽生えていた。


ドアにたどり着いたエドワードは、深呼吸をして心を整えた。

そしてドアノブに手をかけ、それをゆっくりと開けた。


ベアトリスは振り返り、彼の姿を見ると目を輝かせた。

「エドワード!」

彼女は暖かい笑顔で彼を迎えた。

「準備はできている?」


エドワードはうやうやしく頷き、軽く身をかがめた。

「馬車はすでにお待ちしております、お嬢様。」


彼は腕を差し出し、ベアトリスはその肘に手をそっと添えた。

彼の安定した存在感に、自信を得たような様子だった。


二人が馬車に向かって歩き出すと、

エドワードは最後に屋敷の方を振り返った。


二階の窓際で、アンがその様子を見つめていた。

彼女の手には小さな羽ぼうきが握られており、窓を掃除しているようだった。


しかし彼女の口には、ベアトリスが使ったティーカップがしっかりと挟まれていた。

その表情は、真剣な集中とどこか静かな執着が入り混じっていた。


その光景を目にしたオフェリアは、アンの肩に軽く手を置いた。

「いずれ、お嬢様と一緒に過ごせる時間も増えますよ。」

彼女は優しく励ますように言った。

「さあ、作業に戻りましょう。」


アンは不満げに唸りながらも、しぶしぶオフェリアの指示に従った。

視線は馬車が遠ざかるのを追い続けながら。


やがて、彼女は小さくため息をついた。

そしてティーカップを口にくわえたまま、 muffled な声で呟いた。

「いつか…いつかきっと…お嬢様…」

その言葉には、ドラマチックな切なさがこもっていた。


二人の女性が静かにその場を片付け始めると、

朝の喧騒が嘘のように、屋敷は日常のリズムを取り戻していった。


そして庭から漂うバラの香りが、

この壁の外に広がる世界を若きベアトリスにそっと告げるようだった。

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お嬢様には絶対に言わないで @renten

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