【Lady Beatrice Amelia Isabeau Caerwysg】
朝日がカエルウィスク家の庭園を優しく照らし、
薔薇の香りが漂う空気に微かな霧が混じっていた。
陽光は霧を抜けて淡い輝きを放ち、
目覚めつつある世界に柔らかな暖かさを与えていた。
ベアトリス・アメリア・イザボー・カエルウィスクは、
この美しい庭の中で静かに座っていた。
その姿勢は端正だったが、
その瞳には抑えきれない期待の輝きが浮かんでいた。
彼女の仕草には、抑えようとする興奮が見え隠れしていた。
赤と白の薔薇はまるで家紋の象徴のように、
庭の花壇を埋め尽くしていた。
その花びらは朝露に濡れ、
輝くような美しさを放っていた。
ベアトリスの緑色の瞳は花々を追い、
時折、薔薇の葉に反射する光に目を留めた。
彼女の微笑みは柔らかく、
何度も現れるたびにその場を温かく包み込んでいた。
その口元のすぐ下には小さな黒子があり、
そのチャームポイントが彼女の笑顔をさらに魅力的にしていた。
今日はベアトリスにとって特別な日だった。
屋敷の外にある学校へ初めて通う日なのだ。
これまで彼女の教育はカエルウィスク家の家庭教師によって、
家の中で行われてきた。
親族との学習会を除けば、
彼女はほぼ世間から隔離されていたのだ。
彼女の幼少期は、
時に危険を招くほどの冒険心に満ちていた。
その中のある出来事が、
彼女にかけがえのない友人二人をもたらしたのだった。
だが、それらは彼女が心の引き出しにしまった、
大切な宝物のような思い出だった。
今日はそれを超える新たな体験が待っている。
慣れ親しんだ環境を抜け出し、
同世代の子供たちと出会い、
これまで想像するだけだった
自由を味わうという期待感が胸を高鳴らせていた。
彼女が考えに耽っていると、
誰かが近づいてくる気配を感じた。
石畳の道を、軽やかな足音が響く。
靴のかかとが石に当たる音は、ほとんど聞こえないほどだった。
現れたのは若いメイドだった。
おそらくベアトリスと同年代だろう。
彼女は洗練された雰囲気を持ちながら、
どこか近寄りがたい空気を纏っていた。
その髪は深い赤茶色で、
きっちりとしたクラウンブレイドとシニヨンにまとめられていた。
そのスレンダーな体つきは優雅であり、
鋭い茶色の瞳には、
近寄りがたい壁のような強さが見え隠れしていた。
メイドの声は穏やかで落ち着いていた。
「お嬢様、もうお済みですか?それとも、何か他にご希望はございますか?」
一瞬、ベアトリスは反応せず、
何か思い浮かんだことに笑みを浮かべていた。
メイドはそれをじっと見つめ、
少し間を置いてから、
乾いたユーモアの混じった声で続けた。
「そんな笑顔でぼんやりしていたら、
お嬢様、新しいお友達ができる前に驚かせてしまうかもしれませんよ。」
ベアトリスはハッとし、考え事から目を覚ました。
「あっ!アン!」
彼女の笑い声は薔薇を揺らす朝風のように柔らかかった。
「ありがとう、アン。もう済みました。」
アンは軽く頷き、
ベアトリスの朝食の食器を片付け始めた。
その動作は効率的でありながら、
どこか舞踊のような優雅さが感じられた。
彼女は新しい紅茶を注ぎ、
お嬢様の前に静かに置いた。
ベアトリスは微笑んで受け取ったが、
その表情には一瞬、不安の影がよぎった。
「アン、私…一人で大丈夫かな?」
彼女の声は突然小さくなり、
まるで子供が安心を求めるようだった。
「友達、できるかな…?」
アンの落ち着いた瞳が、少しだけ柔らかくなった。
「お嬢様なら大丈夫ですよ。
お嬢様の笑顔は、きっと誰の心も魅了します。」
ベアトリスは頬を染め、
その笑顔を返したが、
どこかぎこちなく、嬉しさが混じっていた。
「その笑顔じゃだめですよ、」
アンは変わらない落ち着いた声で続けたが、
瞳には少しだけ面白がるような輝きが見えた。
ベアトリスは急いで、
もっと練習された優雅な笑顔に切り替えた。
アンはそれを見守りながら、
内心の愛しさを必死に抑えていた。
ベアトリスは微笑みを何度も試し、
楽しげから気品あるもの、
その中間へと変えていった。
ようやく満足すると、
紅茶を一口飲んだが、
その温かさと甘さに、またもや表情が崩れ、
さっきのぎこちない笑顔に戻ってしまった。
アンは笑いを堪えた。
口元はほとんど動かなかったが、
わずかな震えが彼女の隠せない感情を示していた。
そのとき、庭に響くような威厳のある声が聞こえた。
「アン!」
アンの表情は瞬時に落ち着きを取り戻し、
食器を素早く片付け、
ベアトリスに軽く頭を下げてから、
ワゴンを押して屋敷へと戻っていった。
ベアトリスは声の方を振り向き、
そこに向かって歩いてくる女性の姿を見ると、
微笑みを浮かべた。
その女性の歩調は整然としており、
どこか測り知れない落ち着きを感じさせた。
アメリアが、いつもの格式高い執事の制服に身を包み、
その品格漂う姿で近づいてきた。
彼女は27歳前後で、短く切りそろえた黒髪が、
男性の髪型に近いほどに短いが、
その顔立ちをさらに引き立てていた。
日焼けした肌と平凡ながらも魅力的な顔立ちがあり、
彼女の完璧な姿勢が物理的な美しさを超えた優雅さを与えていた。
その力強さは、彼女の魅力だけでなく、
料理の腕前にも表れていた。
アメリアの作るお菓子は貴族の集まりでよく依頼され、
高い評価を得ていたが、
ベアトリスにとって、それはあくまで「自分だけの特別」だと思っていた。
「アメリア~!どこ行ってたの?もう三日も!」
ベアトリスはアメリアが近づくと、
その笑顔をさらに明るくした。
アメリアはベアトリスの前で足を止め、
丁寧に一礼した。
「申し訳ありません、お嬢様。
ノーサム家からの依頼で、
集まりの準備を手伝っておりました。」
ベアトリスは身を乗り出し、
瞳を輝かせた。
「もしかして、お菓子の依頼だった?
きっとアメリアの作るお菓子が、
みんなどうしても欲しかったんでしょ!」
アメリアは控えめに微笑んだ。
「そうかもしれませんね、お嬢様。
私の仕事を評価していただけたのでしょう。」
ベアトリスは満足げに頷いた。
「もちろんよ!
でも、もし依頼があるなら、
事前に教えてほしいわ。
アメリアの才能を
簡単にはシェアできないんだから!」
アメリアは小さな笑い声を漏らし、
ポケットから繊細な箱を取り出した。
彼女はそれを開け、
深い琥珀色の輝きを持つブローチを見せた。
その表面にはカエルウィスク家の紋章――
赤い薔薇二つが中央の白い薔薇を囲むように
絡み合っていた。
アメリアはそれをベアトリスに丁寧に手渡した。
「これは制服用のブローチです、お嬢様。
どうか家の象徴としてお付けください。」
ベアトリスはその繊細なデザインに目を奪われ、
静かに頷きながら、
それをドレスに留めた。
その後、二人は自然と会話を交わし始め、
その親密なやり取りが、
ベアトリスの不安を少しずつ和らげていった。
一方で、少し離れた場所、
屋敷の中から一人の人物がその様子を見守っていた。
レースのカーテンがかかる開いた窓越しに、
影のようなシルエットがティーカップを持ち、
その目はかすかな不満の色を帯びていた。
「アメリアめ…」
その人物は、ほとんど独り言のように呟いた。
その声には微かな苦々しさが含まれており、
アメリアが簡単にベアトリスの信頼と愛情を得ていることが、
まるで個人的な侮辱であるかのようだった。
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