みんな偶然生きて、偶然死んでいく。季節の移ろいのように。
朝桐
【SS】みんな偶然生きて、偶然死んでいく。季節の移ろいのように。
夜明けが嫌で、真夜中のまるみのなかにくるまっていたかった。
明日が来るのがいっとうに怖ろしくて、僕は眠らないことで夜を引き伸ばす。
それでも太陽の光で空が白み始めると、僕はいつだって思う。
また明るい世界で背を丸くして生きなければならないのだ、と。
通学の時間は音楽を聴いている。
兎に角、僕には、僕と世界を遮断するカーテンが必要だった。
同級生はどうしているのか知らないけれど、友人のひとりもいない僕は、雑多な駅のホームにいても、クラスメイトが談笑する教室にいても、孤独だった。
孤独がいやだというわけではなかった。
ただ孤独だと人に思われることが、いやだった。
あいつはひとりぼっちでかわいそうなやつだ、と思われることが、魔女裁判の糾弾のようで想像するだけで心臓が凍った。
いっそ凍っちまえば良いのかもしれない。そうするれば僕の心拍数は一定のまま、動かない。
学校につくと訳も無く眠るふりをするのは、偽装工作だ。
孤独を飼っていることを知らせないための防御態勢。惨めなハリネズミのようだ。
学校にいるときの僕は呼吸を出来る限り静かにするようにしている。意識して自分の気配を消そうとする。僕の存在が明らかになってしまえば、僕の孤独にスポットライトがあたることになるからだ。
ランダム再生していた音楽が切り替わる。Bluetoothイヤホンから流れ出した曲は、聞いたこともない曲だった。妹が悪戯で入れたのだろうか。ただ、針の毛皮を被っている今の僕には、内側から突き刺さるものだった。
『誰にも気付かれないまま死んで行く。誰にも気付かれないまま、葉が枯れて落ちるように。人の人生なんてそんなものさ。孤独でない人間なんていない。みんなひとりぼっちさ』
僕は思わず顔を上げて教室を見渡した。嘘だと思った。
だってみんなには「みんな」がいる。僕とは違う。僕は、違う。異星人のようなものだ。
それでも妹が悪戯に入れた曲は、続いていく。僕はそれを拒む力さえ持たない、ちっぽけな存在だった。
『みんなただ偶然、生きている。それに意味や理由なんてない。本当に偶然生き延びているだけなのさ』
僕はそこまで聴いて、は、と溜め息とも笑いともつかぬ息を漏らした。
そうか僕は偶然、ほんとうに偶然生きているだけなのか。生き存えてここまで来てしまっているだけなのか。そして僕だけじゃなく、みんなも、偶然生きている。偶然、死んでない。
そしてまた、偶然、みんな出会って孤独じゃないようなふりをする。
僕は酸素を使い果たしたように、また机に突っ伏して寝るふりをはじめる。
曲はもう切り替わっていた。僕が気に入っている、孤独を歌う歌だ。でも僕はスマートフォンを弄って、その曲をスキップした。多分、今の僕は新たな気付きを得てしまった。だから今まで通り、孤独の歌は僕に寄り添ってはくれない。僕がそっと離れていった。偶然、流れてきた曲のせいで。
僕はイヤホンを外して、海上から浮かび上がるように顔を上げる。
深呼吸して、酸素を取り込む。それから窓の方を見て、目を細める。
差し込んだ冬の陽射しは、存外、あたたかいまるみを帯びていた。
みんな偶然生きて、偶然死んでいく。季節の移ろいのように。 朝桐 @U_asagiri
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