最高の闇堕ちヒロインを描くために必要なものは才能と経験だと神が言った

紅日もも

第1話

「さぁ、今日も祈りを捧げましょう。私たちが今、こうして平穏な朝を迎えることが出来ているのは神様のおかげです。祈りましょう、毎日。祈りましょう、何回でも。そうして私たちは明日の平和を祈りで授かるのです」


 お母さんは食卓で両手を胸の前で結んで、いつものように祈りの言葉を口にします。

 淡々と。そこに笑みはありません。

 私も習っていつものごとく両手を固く結び祈ります。


 祈ることは幸せです。

 そこになんの疑問もありません。


「祈りが終わりました。では、朝ご飯を食べましょうか、倫花みちかさん」

「………はい、お母さん」


 固く結んだ手を解いて、手のひらを合わせます。


「「いただきます」」


 もぐもぐとお母さんのつくった朝ご飯を食べていると、カーテンを開けてレースの隙間から見える空が淡く、青く、光りました。

 次に数秒してから鈍い音がずっしりと、お腹あたりに響くように鳴りながらそれはここの近くに落ちました。


 お母さんが箸を止めます。

 それを見て私も一度食べることを止めます。


「雷が落ちましたね、倫花さん」

「………そう、ですね」

「私が今朝目覚めたときには晴れてました」

「………そう、なんですか」

「倫花さん、あなたが起きてきた途端に、この家の近くで雷が落ちたんです」

「………はい」

「はい、じゃないでしょう!!?この雷はつまり、あなたのせいで落ちたんです!これは神の怒りです!神があなたにいかっているのです!!あなた、ちゃんと祈ってるんですか!?祈りが足りてないんじゃないですか!??いえ祈りが間違いなく足りてないんです!またですか!また私はあなたに『幸せの作法』を説かなければならないのですか!この身体を持って、あなたの身体に!幸せの作法を!!」


 お母さんが椅子から立ち上がります。

 私も立ちます。


 お母さんは怒っています。

 神様では無く、今、お母さんが怒っているのです。

 でも私が悪いんです。私のせいできっと雷が落ちたんです。お母さんがそう言うのですから間違いありません。つまり私が悪いんです。


「………ごめんなさい」

「口を動かす暇があったら祈りなさい!!私がこれから『幸せの作法』を説いてる間も、あなたは神様に祈りなさい!大丈夫です。『幸せの作法』が説き終わるまで、私も一緒に祈りますから。必ずや今回も神様は許してくれます」

「………はい。ありがとうございます、お母さん」


 バチン!


 まず右の頬をぶたれました。


「祈りなさい。祈ることは救いなのです」


 バチン!


 次に左の頬をぶたれました。


「祈りなさい。祈ることは幸福なのです」


 髪を掴まれました。

 お腹を蹴られました。

 ぶたれました。

 ぶたれました。

 蹴られました。

 踏まれました。

 蹴られて、ぶたれて、踏まれて、ぶたれて………。


 口の中が切れて、血がポタポタと床に零れます。


 あぁ、頭が重たいです。

 このまま続けられたら、死んでしまうのではないでしょうか。


 いつの間にか、私は震えていました。

 おかしいですね。これは『幸せの作法』。幸せになるための行いです。別に私自身は幸せになりたいなんて思ってもいませんが、お母さんは今、私を幸せにしてくれようとしているはずなのに。


 気付けば勝手に、私は自分の身を守るように腕をあげていました。


「なんですか?倫花さん、この腕は」

「………ごめん、なさい」

「そんな言葉はいいから祈りなさいと言いましたよね、私」

「………もう、許してください」

「……倫花さん。あなたはどうして怯えているんですか?何が恐いんですか?死ですか?死ぬのが怖いのですか?」

「………」

「倫花さん。良いですか?死ぬことは怖いことでもなければ、不幸なことでもありません。死とは、神様から与えられる最高の許しなのです。死にそうだと思ったなら、神様を想いなさい。そして祈りなさい。その瞬間が人生の中で一番、あなたと神様の距離が近づいている刻ですから」

「………わかり、まし、た」


 私は身を守るように上げていた腕を下しました。


「良い子です。倫花さん」


 バチン!

 バチン!

 バチン!!!





「ほら、あなたの顔がより一層綺麗になりました」


 お母さんから『幸せの作法』を説いてもらって、今、私はお母さんに顔のお化粧をしてもらっています。

 お母さんは凄いんです。

 雑誌や広告でよく見る有名人のメイクを任されちゃうような、メイクアップアーティストなんです。


 私はそんなお母さんが誇りです。

 鏡を見れば、お母さんのおかげで今日の私も一段と綺麗にしてもらえました。

 うれしいです。幸せです。


 やっぱりお母さんの言うことは正しいんです。『幸せの作法』を説かれて、その後すぐにこうして私は幸せになれました。

 あぁ、祈らないと。祈って神様にもお礼をしなくちゃ。


「それじゃあ私は先にお仕事があるので行きますね。倫花さんも時間になったらしっかり学校に行くんですよ。祈ることも忘れずに」

「………行ってらっしゃい、お母さん」


 お母さんは私に微笑んでくれました。


「えぇ、行ってきます」


 私は幸せです。

 なーんにも苦しくなんてありませんし、辛くもありません。

 祈っていれば勝手に幸せになるんです。

 祈らないと辛いんです。


 だから私はいつも、幸せになりたい訳ではないけれど。

 今日も一生懸命に祈ります。

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