第4話 忘れていた記憶
何かが引っかかると思ったツヴァルは重い口を開いた。
「……なあエタニティ?」
「何ですか旦那様」
「あの呪縛を扱う魔物に止めを刺したのって、ガレンだったよな?」
「無駄に肌を露出していたゴミムシだったので、たぶんソレであってます」
エタニティはキッパリとそう言い放ったが、ツヴァルの記憶とはかなり相違があった。
ガレンは軽装備を好まない性格だったはず、年中どこに行くときでも重装備で容姿の分からないまん丸なプレートアーマーを好んで着ていた。何度みんなで熱中症で倒れたアイツを看病したことか。その彼……彼女が人前で肌を見せる行為をするはずがない。
ツヴァルは頭に浮かんだ言葉に疑問をもつと同時に、最悪最低な回答も導き出してしまった。
なぜガレンのことを今の今まで男性だと認識していたのか、彼女は脳筋ではあったが頼れる姉御でパーティのリーダーだった人だ。僕たちの中では一番立場を弁えて行動していた。
聖剣によって知らずのうちに記憶を改ざんされていた。ツヴァルはそう結論づけた。
今はそれよりもガレンがその後どうなったかということだ。あの言い方から推測できなくもないが、とても嫌な予感がする。その予感が当たっているのであれば、残りの仲間、
三百年も経過した今になって後悔の念が押し寄せる。
ツヴァルは真実を知るべく戦々恐々しながらもエタニティに問いただした。
「エタニティ、僕の記憶をいじったな? ガレン、レンフィー、イエルに何をした……」
「……今回は時間をかけてそこそこ強力な封印を施していたのですが、まさか自力で解くなんて。さすがは私の旦那様♡」
「エタニティ……僕は怒っている。故郷が滅ぼされた時ぐらいには……」
「ええビンビンと伝わっておりますよ。世界が凍り付くような殺意……ああ! あぁーなんて素晴らしい! 私の、私だけの勇者様‼ でも、一つだけ私不満があります。聞いてもらえますか?」
「聞いたら僕の問いに答えてくれるか……」
「聖剣エタニティリーベの名に誓って」
聖剣と三百年の付き合いがあるツヴァルが、この誓いを聞いたのはたったの三回。
一回目は大聖堂で石台から聖剣を引き抜いた時、二回目は魔王に聖剣を突き刺した時、そして三回目が今まさに今日――この瞬間だった。
真名による誓いは絶対。もしこれが人間同士で交わして反故した場合には、対象者は奴隷コース直行となるぐらいには重い。
ツヴァルは口をつぐみ神妙な面持ちで深く頷いた。
「アレらは私のツヴァルに這い寄ってくる害虫そのもの――」
その第一声から出るわ出るわ耳を疑うような聞くに堪えない罵詈雑言の数々。数年近く一緒に旅をした仲間に向けた言葉とは到底思えなかった。
エタニティは積もりに積もった心の内を全てぶちまけた。
◇◇◇◇◇◇
とめどなく溢れ紡ぎ続ける呪詛が止まるまで半日を要した。それに対してツヴァルが知りたかったことは一時間足らずで終えた。
「――とまあそんな感じです。これが旦那様が知りたかったこと全部です♪」
「…………」
ツヴァルは言葉を失った。
こんなことなら記憶を封印されたままの方が良かったとさえ思えてしまう。だが、忘れたままというのも仲間に申し訳立たない。もし自分の命でその罪を償えるのであれば喜んでこの身を捧げる。
魔王の方がまだ可愛かった。アイツは服従した相手には手を出すことはなかった。まあ反旗を翻したり税を納めなかった場合には、容赦なく屠ってはいたが……。
それでも理由なき暴力を振るうことはなかった。
魔王としての矜持があった。が、聖剣にはそれがなかった。
唯一あったものは、ツヴァルへの想い。だいぶ偏った重く深く歪んだ愛のみだった……。
周りの女性に目がいかないように自分だけを見るように仕向けた。例えそれが記憶の中だとしても許そうとはしなかった。
ツヴァルはエタニティが自分を大切に思ってくれていることは知っていた。でも、それはあくまで聖剣を扱える勇者としてだと思っていた。ツヴァル個人に向けられていたとは、この話を聞くまで知らなかった。
エタニティは長期間をかけて僕と彼女たちに暗示をかけていた。仲間が忽然と消えたとしても、そのことに気づかない。最初から仲間にしていないという記憶に塗り替えることで、そう誤認させる暗示だった。しかも、立ち寄った村や町の住民たちにも暗示をかけていた。彼らは勇者適正が低いため秒でいけるとまで豪語していた。
メンヘラ聖剣が僕を一生解放してくれない~童貞勇者の苦難は永久に続く~ 虎柄トラ @krold
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