第2話 はじめての薬草調合

 今日は父上に連れられて初めて王都にやってきた。


 俺7歳、初王都に立つ!!ドヤァ!!


 あ、でも俺の記憶にないだけで、本当は何度か王都には行ったり来たりしているらしい。


 なんせ、父上の父上、俺のおじいちゃんである先代メリッサ家の当主様が王都に住んでいるのだ。


 俺のおじいちゃん……はなおじいちゃんは長旅が好きじゃなかったり、田舎が好きじゃなかったりして、王都から出てこないので、俺達家族が会いに行くしかない。


 俺の記憶にはないけれど、家族の親交を温めるくらいには行き来があるらしい。


 これは、あれだね!『昔、おしめをかえてあげた子がこんなに大きくなって……』みたいなフラグだね!


 馬車を降りると、目の前には二階建ての大きな邸宅があった。

 さすが父上の父上だけあって、車窓からみた王都のどの家々よりも別格に大きい……勿論、お城はカウント外だ。

 そして、広いお庭も所有している。

 さすが薬草農家メリッサ家だ!!


「この屋敷は大華屋敷といって、王都の三大ヤバい貴族が住む屋敷なんだよ。外観が似ていて迷うかもしれないけれど、華先生のお家は真ん中だよ」


 父上がキョロキョロする俺に教えてくれる。


「御意!!」

 どうやら、三軒分のお屋敷だったようだ。そう考えると貴族邸宅としてはこじんまりだ。


 ふむ、それよりも華おじいちゃんの家は『王都の三大ヤバい貴族が住む屋敷』と世間認知がある家のようだ。


 ……つまり?


 華おじいちゃんの家は、王都の観光名所、ランドマークという事で……この王都で道に迷ったら『やばい貴族のお家を教えてください』とお願いしたら辿り着けるという事だ!


 王都が俺の想像より何倍も家や道が密集していたので、道を覚える事に若干の不安があったが、一気に解決した!

 明日からの王都探索にワクワクである。


 ハイネ君から頼まれたお土産探しもしないといけないしね!


「お孫ちゃんを連れてきたんだね!!たしか……ハイネ君だったよね!」

「……」

「いえ、三男のロウヴィルですよ」

「勿論わかっているよぉ〜、今のは軽い冗談だよ?」


 初めてみた華おじいちゃんは……。


 目がチカチカするほどド派手な着流しを着ていた。

 服に施された刺繍糸や装飾の宝石が、太陽の日差しを反射してギラギラと輝く。

 ミラーボールのような華おじいちゃんだ!!

 顔のあたりにはハイライト!といわんばかりの光反射強めのライティングで、バッチリ映えていた。


 ……ん?……

 何だか、いつもよりも言葉がすらすら浮かんでくる。そのどれもが、しっくりと今の感覚に馴染む表現ことばだった。


 いつもと違って視野が広がったというか、すんなり言葉が結びつく……そんな気持ちがする。


 なるほど……これがということか!!


「ロウヴィル……ロウちゃんだね!!」

「では、私は失礼するので、適当に預かっていてください」

「OK!任せて!ロウちゃん、おじいちゃんと遊ぼうね!」

「………」


 さすが、パリピ族の陽キャな華おじいちゃん、初対面でもグイグイくる。


「……ナンパは間に合ってます……」

「「……」」


 俺は知っている。

 こういうタイプは、きっちり断らないと、自分の良いように解釈してくると……そしてプライベートな話題にもグイグイ土足で入ってきて、踏み荒らしていくのだ。


 油断ならない……。


「……そ、そう?……ロウちゃんって、もしかしてちょっと個性的な子なのかな??」

「……インドア派な事はたしかなようですが……薬草図鑑を与えておけば大人しく読書をしているので、必要以上に構わなくても問題ありませんよ」

「……そ、そうなの?……」

「ロウヴィル、華先生の家には我が家にはない薬草関係の書籍があるから、見せてもらいなさい」

「!!……御意!!お邪魔します」


 我が家にはない薬草関係の書籍と聞いて、俺の胸は高鳴った。


 大人達で積もる話もあるだろうと、俺はできる良い子の、手のかからない子ムーブで、ささっと華おじいちゃんの家にお邪魔する。


「あ!ロウちゃん?!」

「お構いなくぅ〜」


 大事なものはきっと大事な感じに保管してある!という第六感に従って俺は、さっそく華おじいちゃんの家の探索にとりかかる。


 目指せ薬草の御本様!

 くんくん全力で嗅覚を研ぎ澄まし、まずは家には不似合いな匂いを探る。


 む?……土の匂い??……。

 家の中なのに土……?……これは……地下室があるのでは?!


 お宝(薬草の御本様)の予感である!!


「ロウちゃん?!図書室はお2階だよ?!ちょっと、どこいくの?階段こっちだよ?」


 華おじいちゃんが何やらフェイクを叫ぶが、そんな子供騙しで騙されるロウちゃんではないのだ。


 身体は子供!頭脳も子供!メリッサ家の三男の実力をドヤァ!!する時が来た!


 薬草の御本様、みぃつけた!!


 ルンタタッタタンッと軽快に階段を駆け下りるとそこには……ガランとした畑があった。


 残念ながら本はなかった?


 さすが、王都で一番ヤバい貴族と噂されるだけある。


 人目のないこの地下室で日夜こっそりと華おじいちゃんは薬草栽培に力を入れているのだろう。


 どれどれ、どんなヤバめのお草の種さんがいるのかな?ちょっと掘ってみよう……。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【side華先生(華おじいちゃん)】


 元々疎遠ぎみであった息子に……『たまには、お孫ちゃんの顔もみたいなぁ……』的な、おじいちゃんムーブをしてみたら、月替わりな勢いで孫を連れて王都にやってくるようになった。


 まず、最初にやってきた長男のアレクハルートは実にメリッサ家の長男らしい、非の打ち所がない優等生の気質をしていて、息子とそっくりだな……という印象を抱いた。


 色々話題を振ったり、お世話を焼いてみたりしたが、一線を引いた他人行儀な距離感を最後まで崩さなかった。


 すでに貴族として出来上がりすぎていて、正直、おじいちゃんと孫の戯れる和気藹々な想像とは、何か違った……いや、欠片も家族団欒な空気はなかった。



 次の月にやってきた次男のバークは、ごくごく普通の印象をうけた。やたら顔が整っているという事以外は特に印象には残らなかった。


 こちらは長男のアレクハルートと比べると少々眼差しに鋭さが足りない。まぁ、家の跡を継ぐ訳でもない次男には、反骨心などいらぬものなので、これはこれで、息子の教育方針なのだろう……。


 長男の時とは違って、貴族的ではあるが、まだ付き合い易さがあり、王都案内がてら買い物に繰り出した。


 バークは場の空気を読む事に長けているようで、私のおじいちゃんムーブをしたいという欲求を察し、自然と顔をたててくれた。

 お陰で、私のおじいちゃんムーブ熱はだいぶ満足した。


 バークは良い医者にはならないかもしれないが、気遣いができる優しい子なので、家や寄子達に寄り添う良いサポート役にはなるだろう……。

 次代のメリッサ家は、問題なく存続できそうで私は安心した。


 次の月にやってきたのは、四男ハイネ君だった。


 これは、また、幼い子が来たな……と思ったら5歳だという。


 そして、5歳の割には早熟で、外貌にメリッサ家らしい自我が……強欲がしっかりと育っているのが見えた。

 自らバークと同じ王都観光でお買い物がしたいと言い出したので、王都観光に連れて行った。


 ハイネ君は、綺麗なものを見つけるたびに熱心な眼差しを注ぎ、とても愛らしかった。『欲しいなぁ』という仕草が実にいじらしく、ついついおじいちゃんムーブで、色々買い与えた。


 きゃっきゃ喜ぶ様子を見ながら、そういえば、自分の子供達の時には、こんな風に観光したり、何かを直接、買い与えることもなかったなぁ……と過去を振り返り、少しだけ感傷的な気持ちになった。


 今更言っても詮無い話だし、そんな事をしても、当時の息子がキャッキャ喜んでくれるとも思えないのだが……。


 年をとると、色々と都合よく過去を振り返ったりするものなのだなぁとしみじみする。


 そういう訳で、息子の子供達は、皆すくすくと育っているようで、皆、それぞれ個性があるようだった。


 歳の差がある孫達と過ごすのは、私にとって、とても刺激的な時間だった。



 そう……それはそれで……刺激的なんだけどね?


「ロウちゃん?!ちょ、何してるの?!」


 ロウちゃんは、勝手に屋敷に入っていくと、地下室へ続く階段をみつけて、すすっと素早い行動で下りていく。


 えぇ?!なんで地下室の階段簡単にみつけちゃうの?!


 柱の影になるように入り口が作られてるのだが、ロウちゃんは一直線にそこに向かうと、ドアをスライドさせて引き開けて、階段を下りた。


 この子、カモフラージュして壁に一体化した引き戸をさらっと引いたよ?!


 貴族屋敷のドアはドアノブを回して押したり引いたりするタイプなので、スライドする引き戸の感覚自体はないはずだが、子供の柔軟さというべきなのか、隠しドアをすんなり攻略し、勝手知ったる我が家とばかりにロウちゃんは、一切の迷いなく先に進んでいく。


 トントンとスキップする勢いで軽やかに駆け下りていくと、シュタッと最後の階段をジャンプで、飛び降りて着地する。


 実に楽しそうである……。

 そして、可愛い……。


 最初みた時は、私に似て地味な部類の顔だなぁ……と親近感を勝手に抱いたが、ロウちゃんは表情がつくと、可愛い。その行動も小動物のようで、可愛かった。


 メリッサ家の血筋では中々出てこない、可愛い系である。


 つい拍手してしまったら、ロウちゃんが満更でもない眼差しで私をみた。


 幼児が、可愛いと思う日がくるとは……。

 国軍総括のレオルが、世間話に混ぜ込み毎回子供の幼少期の可愛さをドヤァしてくるが、何と無く気持ちが理解できた。


 うちの孫は、大陸一可愛い。


 しかし、それはそれとして、このままでは、まずい……隠してある地下道が……バレてしまう……。


 ロウちゃんは、ひょこっとその場に座ると突如地面に手をおいて何やら穴を掘り始めた。


「??」


 地下室は土敷きになっているので、もしかしたら土遊びに興味があるのかな……??


 ロウちゃんは、暫くあちこち掘ったが、何もないと確認したのか、少し残念そうな顔をした。


 もしかしたらお宝を期待したのかな?このいかにもみたいな地下室なので、金塊の一つくらいは埋めておくべきだったかもしれない。



 ロウちゃんは、ポケットから何やら取り出すと、掘った穴に入れて土を被せ始めた。


「……ロウちゃん?」

「!?」

 え、そんなびっくりみたいな顔されても……ここ、私の家だよね?


「華おじいちゃんは、あっち側です」

「……あ、あっち?」

「ここから、ここまでは今日からロウちゃんの薬草畑です!」

「…………」


 ちょっと、息子を呼び戻そうか……。


 これ、メリッサ家の三男の行動じゃないよね?!

 どっからどうみてもおかしいよね?!


 ナチュラルに人様のお宅の地下室で園芸を始めたんだが……。


 ロウちゃんは、慣れた手つきで土を被せて、ポンポンすると、少し離れた隣の穴にも同じように植えていく。


「華おじいちゃん、お水ください」

「あ……うん」


 これ、喉が渇いたとかではなくて、埋めた場所にお水かけるためのお水を所望しているよね?


 ちょっと行動が手慣れすぎているんだが……いくら三男だからといってまさか、虐げて使用人の真似事とかさせていないよね?


 そういうのをやると後でザマァ!されるからやめておきなさいと、メリッサ家の教育でしっかり教えているはずだ。


 あっという間にあちこちの穴に草が刺され、埋められた。


 差し木……式だね……。


「……ロウちゃん、何を植えたのかな?」

「草ぁっw」

「……」


 ちょっと息子を呼び戻そう。

 この子の教育について早急に確認したい事ができた。


「アオキ草です」

 ロウちゃんがすんとした顔になった。


「そうアオ……ん?!え?!ちょ、ロウちゃんアオキ草なんてどこで手に入れたの?!」


 えぇ、ちょっと、それは毒草なんだけど?!

 よくみれば、たしかに地面にささっているのはアオキ草である。


 なんで、これをロウちゃんが隠し持っていたのかな?!


 弱毒とはいえ、毒草だよ?!


 最近の子達には、こういうちょっと危ない系を隠し持つのが流行っているの?!


 毒草を持ち歩く子供……。

 普通に間者だ。国軍に捕縛される事案だ。


 あと、このアオキ草は、差し木で増やすタイプで、何気に育成手順が正しい……。


 まぁ、太陽の光がないから、どうせ発育不良で枯れるかな……。


 ロウちゃんには、植物には水と太陽と栄養がないとだめだと初歩的な所から教えてあげないといけないのかもしれない……。


 でも、それは実際に試行錯誤して、自分でトライした結果として学ばせるのが良いだろう。


 私は、この好奇心旺盛なメリッサ家の子が、転び躓きながら成長していくのだろう未来を思い、やらせてみようか……の精神で助言をせずに、水をくみにいく。



 その一週間後、地下室を占領する勢いでアオキ草が大繁殖したので、私は絶句した。


 私はチラッとロウちゃんをみる。


「さすが華おじいちゃん。王都のヤバい貴族のお宅っぽく毒草がいきいきです!」

「違うよ?!ロウちゃん?!そういう立地の問題じゃないからね?!」

「手狭なのでもっと別の場所に増やしますか?」

「増やさないよ?!」


 さすがに息子を呼んだ。


 息子の反応は『あ、そっちでも増やしちゃいましたか……』という淡々とした感じだった。


 どうやら常習犯らしい。


 王都は、領地と違い他の貴族達の目もあるので、ロウちゃんには、植える前に報連相しなさいと教えた。


 とりあえず、もう領地から持ち出した草はないとのことなので、少し安心した。


 ロウちゃんは、今度は、ご近所付き合いをしてきます!とお隣の国軍長官のドラオ家に出入りしはじめた。


 ロウちゃんの、一見地味な顔は、警戒心をとくらしく……よくみたら、可愛いみたいなギャップに、ドラオ邸に出入りしている家臣達(国軍幹部)が沼った。


 一見人見知りに見えてコミュ力化け物級のロウちゃんは、すっかり身内距離に収まったらしく、気がつけば、お偉い武人達に、抱っこされながら、あちこち、連れ回され?ていた。


 念の為、国軍の薬草畑には連れて行かないよう言い含めた。行ったら最後、ロウちゃんはここに住む!と絶対言い出すに違いない。



 そんな訳で、武人達に預けて、暫く目を離していたら、ある日、棒を振り回して戦場無双ごっこをしていた。


 言うまでもないが、ロウちゃんに武の才能は一欠片もない。


 ちょっと、可哀想な気もするが、ロウちゃんが、脳筋思考になったら息子に申し訳がたたないので『メリッサ家はメスより重いものを持たない家だから武人にはなれないよ?』と諭す。


 だが『秘めた力があるから大丈夫!』と才能があるんだ主張をロウちゃんは、頑なに譲らなかった。


 武家は忖度が上手でヨイショがうまいので、真に受けてすっかり、その気になってしまったようだ。


 仕方ないので『ロウちゃんが暇なら、薬草調合教えてあげようと思ったけど鍛錬忙しそうだからなぁ……』と言えば、一変、棒切れを捨てて、ゴロニャンしてきた。


 この子の扱い方をなんとなく、理解した。


「ごぉり、ごぉりぃ、ぽん!」


 そして、今、初めての薬草調合に、テンションがMAX、楽しそうなロウちゃんの姿をほっこりながめる。


 調合器具の何個かの使い方を教え、好きに使いなさいなと、ごっこ遊びできそうな薬草(勿論、害がない薬草)を渡した。


 まだまだ子供のロウちゃんに、まずは、好きに遊ばせて薬草調合が楽しいものだと植え付ける作戦だ。


 ロウちゃんは、目をキラキラさせて、薬草調合手引きを引っ張り出し、ご機嫌に調合を始めた。


 調合といっても薬草調合の世界はとても厳しい、わずかな違いで失敗判定されるため手引きをみながらやった程度で成功できるものではない。


 師弟制度が根強いこの業界は、師匠の技を近くで見て学べという世界である。それこそ年単位で観察し、試行錯誤の研鑽を積み、匙加減を身体で覚えて、ようやくちゃんとした薬を作れるようになるのだ。


 だが、当然、ロウちゃんはその事をしらないので、すっかりお薬を作ったつもりで「お薬できた!」と物凄く楽しそうにはしゃいでいる。


 勿論、ロウちゃんが作っているのは草汁だ……だから、ちゃんと、薬草調合の厳しさも今日の最後には伝えるつもりでいる。


 ちょっと厳しい、大人気ない指摘になるかもしれないが、命に関わるお薬だからこそ、偽りは許されず、師匠となったからには、薬を作ることの厳しさもちゃんと教えていかねばならない。


 しかし……ロウちゃん……手際がいいね……。


 最初はおっかなびっくりな感じで、調合器具を触ったり、撫でたりしていたが、すっかり慣れたようで、今や乳棒をゴリゴリするのも躊躇がなくなっていた。


 楽しそうだけど……そろそろ用意した薬草がなくなりそうだね……ちょっと休憩をさせようか……。


 調合台の上には、減った薬草の代わりにお薬瓶がずらっと並ぶ。


 思ったより色々な種類のお薬ができたね……。


 ん?


 私は自然とそんな事を思って、我に返る。


 今、何て??


 ……。


 瞬きをしてもう一度、調合台の薬瓶をみる。


「え?」


 ……。


 もう一度、調合台の上に置かれたそれを確認する。

 瓶をとって蓋を外して、しっかりと状態を確認する。


 ……しっかりお薬になっている。


 う、嘘ぉぉぉ〜!?


 私だって、そのお薬、たまに、3回に1回位は失敗するんよ?!


 え……まって、何で出来上がっているの?!



 薬草図鑑の手引き見ながら調合して初見で完成させられるなら師匠なんかいらないでしょう?!


 え……まって、冷静に。どういう事??


「まぜまぜまぜぇ〜、じゃん!」


 出来上がったお薬を瓶にいれて、蓋をすると、新しい薬草を掴み、匂いをかいで、この子は『ヒヒ草です!』と何やらドヤ顔である。


 いや、まって、ロウちゃん、そっちじゃない。

 名前が当てられるとかドヤるのは、そっちじゃない。

 すごいのは、お薬できちゃっている件、お薬できちゃっている方ドヤって!!


 私はそっと、できたばかりの薬をとって、中身を確認する。


 ……出来上がっている。間違いなくお薬だ。



 そして、私は、調合台の上にずらりと並ぶお薬をみて、恐ろしい事態に気がついた。



 この子……一度も、まだ調合を失敗していない……。



 ……。



 間違いない。


 こいつは、やべぇ方の奇才のメリッサ家の子だ。


 薬草栽培に才能があるのかと思ったが、この子の本当の才能は薬師としての才能だ。


 薬草に愛され、自らの手で薬草の理さえも作っていく薬師となる……それは、つまり、世界の常識を塗り替えていく可能性を秘めた薬師という事だ。



 私は、瓶を持つ手が知らずに震えた。


 初代は、薬草でない奇跡の御技をもって世界を変えた。


 そして、今、薬草の奇跡の御技をもって世界を変えるポテンシャルを秘めた子が、メリッサ家に生を受けたのだ。


 これまで、メリッサ家の外科医療は、薬草医療では完治できない病を治してきた。


 そして、この子の薬草調合は、おそらく従来の薬草医療を超えるような、今度は我々の外科医療が超えられなかった壁を……いや、二つの医療の垣根を払い、融合した新しい医療で人の命を救う可能性を秘めた……今を越える未来を開くために、天より贈られし才なのだ。


 異端のメリッサ家でしか育てられない才能がある。既成概念を壊すことを恐れないメリッサ家だけが、世界に挑戦し、不可能を可能へと変えてきた。


 私は、長く絶望にいる患者達の事を思い出す。


 今の外科医療では到底治療することができないその状況を……もし、救えるとすれば……。


 不可能を可能へと挑戦し続ける事ができる我らメリッサ家の同志だけだ。


「華おじいちゃん!おかわり!」

「……」


 見れば、ロウちゃんはすっかり全ての薬草をお薬にかえてしまっていた。


 空になったお皿を、追加を要求するように差し出す。


 にこにこと満面の笑みを浮かべて、キラキラとその瞳は好奇心と楽しさに輝いていた。


 まだ世界に生まれたばかりの小さな奇跡という名の灯火は、世界を知る喜びに輝いていた。


「ロウちゃん……折角だから、基礎薬を作ってみる?蒸留器を使うんだよ?」

「御意!!」


 ロウちゃんは、私の提案にすぐに飛びついた。


「じゃあ、まずはお薬を箱に入れて、蒸留器をおく場所を作ってね」

「御意!」

 ロウちゃんが、すぐに行動を始める。


 ロウちゃんに私のもてる技術の全てを……メリッサ家の秘匿レシピの全てを教えよう……。

 不可能を可能にするために……。

 まずは世界の全てを教えねばならない……。


 ロウちゃんならば、全てを糧にして、いずれは常識を……不可能を飛び越えていけるはずだ。


 ただし、焦りは禁物だ。


 ロウちゃんが、このまま薬草調合を楽しんで続けられるように……私たち大人は、しっかりと見守り、この才を育てていかねばならない。


 今度こそ、我々は初代の時のような誤りを繰り返してはいけない。


 与えられし奇跡の才は、世界を変え……救えぬ命を救うために天より贈られたものである。



「ロウちゃんは、将来はどんな薬師になりたい?」


 ロウちゃんは蒸留器を今か今かと待ち構えながらチラリと私を見た。


 そして胸を張って答える。


「戦場無双する薬師です!!」

「……」


 ちょっと、息子に謝っておこうかな……大分、武家教育に染まってしまったようだ。


 私は、少しだけ責任を感じながら、聞かなかったことにして、蒸留器をセットし始める。


 この数年後、ロウちゃんが、本当に戦場無双する薬師になることを……私はまだ知らない。

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2024年12月21日 22:00 毎日 22:00

ロウちゃんの華麗なる探索記 @satoika

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