ロウちゃんの華麗なる探索記

@satoika

第1話 はじめての薬草栽培

 大陸の中央に位置するその国には、大国をも恐れさせる強い武人がいた。


 その男は、巨大な鉄鎚を武器とし、どんな強固な扉も一振りで払いのけ、降り注ぐ矢を咆吼一つで振り払う。また武の強さを誇り尊ぶ男の信念は、強い武人達を魅了し従えた。

 彼の男とその国を、人は『辺境』と呼んだ。


 国土が小国程度しかなかったため『蛮族の国』と嘲笑を込めた名付けであったが、男は自らがある所こそ国境線の戦場所だとし、自ら好んで『辺境』と名乗った。


 とある年、辺境は南部統一を掲げて周辺国と戦を始めた。そして数年後、ついに、その覇権を南部の海にまで到達させ、大陸の南を支配する大国となった。


 辺境が南大陸を平定したことにより、南部の覇権争いを巡る長引く戦が終わり、仮初とはいえ平和な時代が到来した。


 そんな時分……1人の男児が誕生する。

彼の国の侯爵家に名を連ねる『メリッサ家』の三男『ロウヴィル』である。


 これは、大陸で『高貴で美しく賢い貴族』と名が知れる『メリッサ家』の中でも、類稀な才を持ち、後に『奇才のロウヴィル』と大陸全土に名を広げることになる彼の冒険記である。





「こうして、側室の子を無事に誕生させたメリッサ家の初代は火炙りになりました。めでたし、めでたし」


 絵本の最後のページが閉じられ物語が終わる。


 バーク兄様が読んでくれた絵本の内容が生々しいのは、史実を基にしているからである。


 そして、今日もまたお決まりセリフの『めでたし、めでたし』が、何もめでたくなかった。終いよしな結末すらままならない程に、現実は世知辛いのだ。


 何にしても、6歳のロウちゃんには、絵本はちょっと早かったのかもしれない。


 挿絵の可愛いタッチな絵は、ぱっくりお腹が裂かれていたし、第一王子を巡る駆け引きと陰湿な嫌がらせは、大奥なみの愛憎劇で子供には濃すぎる内容な絵本だったように感じる。


 ん?大奥??

 王妃と側室の世継ぎ争いのドロドロ表現に何となく浮かんだ単語だったが、聞いたことがないの単語で、ひっかかりを覚える。


 んん?何か思い出せそうで……もやもやしてくる。

 その単語を当たり前に知っている感覚があるのに、何で知っているのか、説明がつかないのだ。


 ……。


 まぁ、いっかぁ!

 ロウちゃんは、お布団にもぐりもぐりして、寝る体勢に入った。

 面倒くさいことは明日のロウちゃんにお任せですぅ〜。


「さて、ロウちゃんに問題です!初代は何を理由に処されたのでしょうか?」


 微妙に空気が読めないバーク兄様が、かまってちゃんしてくる。

 もしかしたら毎回、絵本が微妙なのは、バーク兄様の絵本のチョイスが微妙なだけかも知れない。


「……」

 お布団はあったかいし、ぬくぬくぅである。

 今夜もいい夢をみられそうだ。

 目を瞑り、明日の楽しみに思いを巡らす。


「正解したら、明日、お庭のお散歩にバーク兄様がロウちゃんを連れていってあげるよ?」

「お庭!………でもぉ〜薬草畑にはいけないんでしょ〜?」


 ついお庭に反応して目を開いてしまったが、ロウちゃんは知っている。

 メリッサ家のお庭には、ロウちゃんが愛する薬草さん達がいないのだ。

 薬草さんは裏庭に位置する場所で栽培されていて、門番さんが守る別区画である。


「……前に薬草畑に連れて行ったら、帰るのをすごいゴネて駄々っ子したよね?バーク兄様、本当に困ったんだよ?」

「……ぬくぬくですぅ〜」

 ごろんとバーク兄様に背を向ける。昔の事をチマチマ持ち出すバーク兄様なんてプイッです!


「……わかったよ。薬草畑に連れて行けば良いんだね?」

 くるっとバーク兄様を見る。


「仕方ないですねぇ〜バーク兄様のわがままに少しだけ付き合ってあげますね?初代が火炙りにされちゃったのは、ずばり!王の気分です!」

「……微妙に否定しがたい所をついてきたね」

 最終的に、火炙りになったご先祖様は、病死でも失踪でもない劇的なフィナーレだったので、王の許可があって処されたに違いない。王命で処されたなら理由は、王のみが知り、王の責任なのだ。


 父上も、言っていた。

 大抵のことは『王様がぁ〜っ』言っておけばなんとかなると!!

 王様は一番偉い人なので『王様のお考えを下々が知ろうなど浅はかな振る舞いだよね!』という下っ端ムーブでなんとかなるのだ。


 実際に、我が家でも別格偉い父上と、長男のアーク兄様は高貴すぎて何を言っているのか、よくわからない時が沢山ある……いや、ロウちゃんには、難しすぎてよくわからないことばかりなのだ。

 次男のバーク兄様や弟のハイネ君となら、そんな隔たりはなく仲良くできるので、きっと貴族家の長男という生まれながらの勝ち組チート属性が、選ばれたものだけが理解できる?という噂の『住む世界の違い』という特殊感性を覚醒させるのだろう!


「ロウちゃん、処された時に読み上げられた罪状は何だと思う?」


 バーク兄様がぐいぐい詰めてくる。

 仕方ないので、少しまじめに考える。

 薬草さんに会いに行くためだ。


「………側室さんは生きてますか?」

「母子共に元気に生きた記録があるよ、着眼点が良いね!」


 なら側室の主治医であった初代が、大々的に罰される理由はないはずだ。


 我が家は代々お医者の家系で、王医を務め、お薬を栽培する薬草農家でもある。

 人の命にかかわるので、責任は重く、患者が死んだら医者も連座という時代もあったという。


 だが、初代の患者は生きている。

 公的に罰される理由は……。


 挿絵のお腹パカーンと赤ちゃんヒョイ!の絵を思いだす。


 切開術だったね?


 人の身体を切り開き治す外科医療は、大陸では主流ではなく、紛い物の医療とされる異端医療である。


 薬草から作るお薬を飲んだり塗ったりするのが、大陸の主流の医療で、医者といえば『薬師』をさすものだ。

 つまりは、外科医療は、呪術とか祈祷とかと同じくらいうさんくさい扱いされているのだ。


 メリッサ家は、古くは『薬師』の家系であり王医を勤めてきた。

 しかし外科医療を始めた彼を開祖とし『初代』と呼び、今に至るまで外科医療に力をいれている。

 大陸の主流と同じように『薬草学』を主の医療としてきた時代の当主達をメリッサ家では当主と呼ばない。

 外科医療に手を伸ばしたのみがメリッサ家にとって引き継ぐべきご先祖達であると徹底してきた。


 盲目なまでの外科医療に対する信奉、絶対肯定思考と献身は、やがて薬草では不可能とされた領域の患者を救うことを可能とし『神殺しの奇蹟』と呼ばれた。


 ただし、手術中の見た目は明らかにヤバいので、これを医療と理解するのは一般人には難しいので、混乱を避けるため秘匿医療とした。

 結果、一部の外国の薬師達からは今も紛い物の医療と言われている。


 ただ国内では、メリッサ家は外科医療を堂々かかげて医者をしているし、その医術で侯爵家にまで陞爵するに至っている。

 初代以降のご先祖様達のがんばりで、様々な不可能と言われた病を完治させた実績を積み上げたことと、国内政治の実権を握り、辺境と恐れられる武人達をまとめる将軍オズル家と仲良しとなり、王をしのぐ実権を握ったからだ。

 貴族達の間では、当然に王より恐れられ、敬われるのがメリッサ家なのだ。


 なるほど!ロウちゃんは理解した!!


「謎はとけました!父上の名にかけて!!実は初代は薬師免許をもってなかった!!ゆえに医療行為です!!」

「父上の名にかけなくても良いけど、当たり!さすがロウちゃん!大好きな薬草に関することには聡いね!」


 バーク兄様が頭をなでなでして褒めてくれる。


「そんな訳で以降のメリッサ家では、薬師免許を必須としたんだ。因みに初代が薬師免許を持っていなかった理由は、受験資格に年齢制限があったからなんだよね……それもあってメリッサ家と薬師協会はあまり関係がよくないかな……」

「ふむふむ」


 医療として主流の薬草のお薬は、世界中で皆が同じ方法で作る。誰が作っても、正しい道具と手順であれば基本、毒薬や解薬(解毒薬)ができあがる。


 理屈なく不思議な効用のお薬が誕生する薬草調合だが、その日の湿度や温度、薬草の鮮度、混ぜた時のタイミングなど僅かな差がモロに効能に影響する繊細な面を持つため、正しいお薬を作れるようになるためには、それなりの経験を要する。


 ちゃんとしたお薬を作れる薬師かどうかは、薬師協会が審査し、認定している。これが大陸でお医者様を名乗る時に必要になる『薬師免許』である。


 薬草調合は国によって知識や手順が変わることがないので、薬師免許は大陸共通の、大陸のどこに行っても通用する資格である。


 ゆえに大陸共通資格を管理する薬師協会は、権力がすごくある協会であるが、どの国にもよらない中立、独立組織である。


 また、協会は、各国から余剰の薬草やお薬を買い上げ、必要とする国に売ったり、薬草や調薬の新しい知識があれば、すぐに薬師達に広めたり、医療の貢献に真摯に取り組む団体でもある。だからこそ、医療でない治療法が流行ると国に取り締まりを要請したりする。


 バーク兄様によると今は、メリッサ家の医者達は全員薬師免許をもっているらしいので、薬草医療を専門にしていないが、協会がお墨付きを与えた医者なので如何ともし難いみたいな感じで放置されているのだろう。


「メリッサ家のご先祖様が死力して、今は薬師協会でメリッサ家の医療を黙認するくらいにまでにはなったけれど、メリッサ家の医療というのは、そういう危険な面を含んでいるから……」


 あ、おやすみ前の日課を忘れていたね。

 ロウちゃんは、枕の下から薬草ポプリをとって顔に押し付け深呼吸する。


 すんすんすん。


 ぷはぁ〜薬草さんのいい匂いが胸いっぱい。

幸せぇ〜。


 寝る前の薬草さんの香りは格別ぅ〜。


「ロウちゃん?!何やってるの?!ってか、それ何?!ベッドに何を持ち込んでるの?!」

「バーク兄様、おやすみです。灯りは消して出て行ってくださいね、明日は朝早いんですからね!」

「……お庭のお散歩は朝食をとってからだよ?」

「御意!」


 非常袋にある携帯食を持って4時くらいにバーク兄様を起こしに行けば、4時15分くらいには、お庭のお散歩にいけるかな?


 あ、ランチの分の携帯食と飲み物も持参しよう!


 明日は晴れるといいなぁ〜。

 一日薬草畑散策ができる素晴らしい日だからね!


「何か嫌な予感がするんだけど……おやすみ、ロウちゃん」

「ぎょーい」


 明日に備えて沢山寝ておかないとね!





 朝4時半!!ついにロウちゃんは薬草畑に立つ!!

 予定より遅れたのはバーク兄様が仕度に手間取ったからだ。

 だが、一面の薬草さん達をみれば、漏らしたい小言は綺麗さっぱり消えた!


 キラキラぁ〜な新鮮薬草さんが!!これ見よがしに活き活きなのだ。


「薬草さん!!お待たせぇ〜ロウちゃんが来ましたよぉ〜!!」


 最後にお別れしたのはいつだったか、バーク兄様がケチなので中々逢瀬ができないのだ。

 ロウちゃんはお子ちゃまだから、誰か年上の同伴者がいないと屋敷の外には出られないのだ。

 早く大人になって、1人でも薬草畑に行けるようになりたい。


「ロウちゃん、お土産に採取して良いのは3本までだからね!採取する前にバーク兄様の許可をとること!いいね!」

「3本?!こんなに沢山あるのにぃ〜?」

「3本です」

「からのぉ〜」

「……」


 バーク兄様の顔が、無表情になったので、まだ限界点じゃないと確信する!!


「本当はもうちょこっとならとっても良いよ?ですね?」

「……5本ね、父上からは5本までって言われているから、それ以上は絶対ダメだよ?」

「御意!バーク兄様分をあわせて10本ですね!」

「ロウちゃん、ナチュラルにバーク兄様分をいれないの!」

「バーク兄様分も公平に必要だと思います!」

「でもロウちゃんがとっちゃうんだよね?」

「バーク兄様の分、ロウちゃんにくれたら、兄としての威厳が守れると思います」

「ちゃっかりしているね……じゃあ、あげても良いけど、前みたいに駄々をこねずに、日没には屋敷に戻るよ?」

「ぎょーい」


 前の時は、見るだけだったが、今回はお土産付きだ!!お土産がついているということは、屋敷に帰ってくださいねぇ〜な『ぶぶ漬け』なのだ!


 ん?『ぶぶ漬け』ってなんだろう?


 また、もやもやして、うまく思考がまとまらない。


 まぁ、いっかぁ!


 目の前で揺れる薬草に、意識はすぐに切り替わった!

 この沢山の薬草さん達から、日没までにロウちゃんの選りすぐりの10本を決めねばならないのだ。


 悔いのない全力選定をしなくては!

 ふんす!と力を入れ直し、前回記録したノートを開く。

 前回記録した薬草は、すでに薬草図鑑を調べ、効能や特徴を追記している。

 まずは、このノートと現物を突合し、前回の記録が足りない点がないかというのを確認しよう。


 しゃがんで手前の薬草を観察する。


 基礎草だね!

 文字通り、それは薬草調合の根幹を担う基礎となるお薬をつくる薬草である。

 薬草からできるお薬レシピの大半は、基礎草から作る基礎薬を混ぜる。

 ゆえに、薬師試験でも基礎薬を作る腕をみられるという。


 因みに、ロウちゃんは、まだ幼いから薬草調合はさせてもらえない。でも見学はたまにさせてもらえる。


 メリッサ家にはお薬を作るための調合室があるので、そこで待ち構えていると、お薬を作りにくる父上やアーク兄様が「見るだけだよ?」と、お部屋に入れてくれたりするのだ。


 薬草調合の器具はどれも高価で繊細なのでお子ちゃまには触らせたくないのは、まぁ、納得だ。

 だけど、薬草畑の出入りは自由にしても良いんじゃないかな?とも思う今日この頃だ。


 ただ、メリッサ家は、国内の勝ち組貴族であり、下々の嫉妬や僻みで凸られたり、他国から襲撃されたりも可能性としては考えられるため、庭といえど油断ができない。


 メリッサ家は美しさで知られた一族でもあるので、誘拐の類もあるあるなのだ。


 父上のびっくりするほどの完璧にゴージャス美しい顔を見れば、『お外なんてとんでもない!金庫とか、もっと厳重な場所にいないと!!』みたいな気持ちになるので、行動制限は仕方がないような気もしている。


 だが、なぜか、ロウちゃんの顔はメリッサ家一、薄味になっている。

 父上を頂点に、アーク兄様もバーク兄様も、弟のハイネ君もキラキラな王子様、否!もはや超越した天人様くらい、美貌で黙らせるほどの完璧な美貌を持つのに、ロウちゃんだけが、なんだか違うのだ。


 父上曰く、父上の父上?である『おじいちゃん』に当たる人物に似ているよ?とのことなので隔世遺伝らしい。

 おじいちゃんは、ちょっと雑な性格もあり、外科医としての腕は「まぁ……ね?」みたいな感じだが、薬師としてはそこそこ有名人だという。

 王都にある診療所でお薬を作っているんだとか……。

 ロウちゃんは、まだ幼いので、おじいちゃんが住む王都までの移動が難しいが、いつか、おじいちゃんに会えたら、薬草について心ゆくまで語りあいたいと思う。


あ!この薬草さん、前みた時より大きくなったね!シンパシー感じちゃうね!!




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【side バーク(メリッサ家次男)】


 父上に至急の相談がしたいとアポをとると、夕食後すぐに執務室に呼ばれた。


「お忙しい中、お手を煩わせてすみません」

「大丈夫だよ、相談だと聞いたけれど、そういえば、今日は2人で薬草畑に行ったんだったね?」

「はい……」


 父上に諮るべく内容は決まっていたが、どう伝えたら良いのか、父上を前にすると迷いが生じた。


「何かあったのかな?」

「ロウちゃんに、予定通り薬草の採取を許可したのですが……根っこごと畑の近くにとして移植されてしまいまして……」

「明日から水やりをしたいとかかな?」

「はい……申し訳ありません」


 父上から叱責されるのを覚悟したが、父上はくすりと笑った。


「一本とられたね、まぁ、ロウヴィルは、薬草のことになると機転がきくしね」


 畑の隅にロウちゃんの薬草が移植されたことで、再度、薬草畑を見に行く口実ができたのだ。薬草畑ではなく自分がもらった薬草の様子を見に行くという体なのだ。


「因みに、何を選んだのかな?」

「リリン草を4本とテケテケ草を4本です。マリー草とミール草は採取して持ち帰っていました」

「……それなら、まぁ、良いかな……護衛兵を増やしておくから、ロウヴィルが畑に行く時につけてあげなさい」

「御意……でも、良いんですか?」

「二つとも特殊肥料を使わないと3日で枯れる薬草だからね……庭師にはロウヴィルの畑には触れないように言っておきなさい」

「御意」


 薬草畑に通ううまい口実を見つけたと言わんばかりのロウちゃんのほくほく顔を思い出すと、少しかわいそうな気もするが、毎日ロウちゃんに薬草畑にいかれるよりましかな?とも内心思う。


 3日後、護衛兵から草が全滅したと連絡を受け、ほっとしつつも、がっかりしているだろうロウちゃんの様子を見に行くと、予想外にロウちゃんは、元気いっぱいだった。


 それから、特に何もなく、気がつけば2週間が過ぎた。あんなに毎日のように薬草畑に行きたがってゴネていたのが嘘のように、ここ最近は薬草畑に行きたいと言い出さなくなった。

 やはり、大事な薬草が枯れたショックがそれなりに尾を引いているのだろう。ロウちゃんを元気付けようと薬草畑に連れ出すことにした。


 たまたま父上がいたため、すぐに許可が下りた。ロウちゃんが喜ぶ顔を想像しながら、ロウちゃんの部屋を訪ねる。


「ロウちゃん、バーク兄様だよ、入るね」


 ドアを開けて、部屋に入ると……草があった。

 テーブルの上のプランターにみっしりした草がある。


 いや、よく見るとリリン草とテケテケ草である。



 ………??


 え?薬草??


「ちょ?!ロォーぉおちゃんん!?勝手に薬草畑からとっちゃダメって言ったでしょ!」

「冤罪です!ロウちゃんは、から増やしたんです!」

「は?」


 ロウちゃんは、堂々としていて、嘘はついていないようだ。


「薬草さんが枯れた後、土に眠る球根をとり、四分割に切り、水にぽちゃんすると根っこが生えました!」

「…………そう?」


 薬草図鑑に栽培法が載っている薬草だったのかな?

 俺はあまり薬草に興味がないし、薬学の勉強は後回しにしていたので、ロウちゃんより薬草については知らない。


「それをニコイチにして埋めたら、三本ピョンと新芽がでて、それをわけわけして、一本ずつならべます!」

「へぇ……って、まってロウちゃん、たしかこの薬草には特殊肥料が必要だって父上が言っていたよ?」

「ロウちゃんおすすめのハムとヨーグルトとチーズに卵な朝食セットでモリモリ育ってます」

「……」


 薬草さんに同じご飯食べさせたの?


 ロウちゃん……発想は可愛いんだけど、結果がね……?

 プランターには、めちゃくちゃもさもさと元気に生えた薬草がある。


 気のせいであって欲しいが、うちの畑にあるのより元気に見える。


「これを、肥料なしの新しい土に植えて球根をとり以下繰り返しすると……どんどん増えて、ロウちゃんのお部屋いっぱいの薬草さんが」

「まって!やめて!ロウちゃん!!それはやめよう?!」

「??バーク兄様も薬草さんが欲しいんですか?仕方ないですねぇ〜今仕込んでいる球根さんをあげますね?」

「手遅れぇぇー!!もう第二陣ができてるぅ!!ロウちゃん!!仕事が早すぎるぅぅ」


 このままではすぐに部屋中を薬草だらけにしかねないと、待ったなしな状況に、俺は父上を呼んだ。


 もう、俺の手に余る状況である。

 父上は、執務中であったが、ざっと報告をすればすぐにロウちゃんの部屋に向かってくれた。


 ロウちゃんが、父上の訪問に嬉しそうに、おもてなし?なのか薬草を収穫して父上に渡す。


 父上は、ロウちゃんの薬草プランターをみて、肥料を確認した後、何個かロウちゃんに質問した。驚きと納得と、思考する顔になり、じっとロウちゃんを見た後、にこりと笑んだ。

 その微笑みに、ロウちゃんがへにゃりと破顔する。

 父上の微笑みが、嬉しかったようだ。


「ロウヴィル、この薬草は畑に戻そうね?」

「!!」


 父上の無情な没収宣言にロウちゃんの表情が固まった。


 目にみるみる涙がたまる。


「勿論、交換に何でも好きな薬草をロウヴィルにあげるよ?」

「ななな、にゃんでもぉ!!」


 ロウちゃんが、かつてないほどの動揺でカミカミしている。


 父上はゆったりと頷く。


「勿論、外国の薬草も取り寄せてあげるよ?ロウヴィルは薬草図鑑の薬草の中で何が一番好きなのかな?」

「一番すきなのは……でもこの手でにぎにぎしたい薬草は……えっと、しゅ、少しだけお時間くだしゃーん!!欲しい薬草さんナンバーワンを、にゅ、決めます!!」


 ロウちゃんがあわあわしていて可愛い。

 間違いなく、ロウちゃんの短い人生で最も嬉しい出来事に今日がランクインしたのだろう。



「そうしなさい、じゃあ、これは畑に戻して良いよね?」

「どうぞぉ〜」


 全く未練がなくなったようだ。

 そわそわしながら薬草図鑑に手をかけるロウちゃんの頭にはもうお取り寄せ薬草のことしかないようだ。


 こうして無事にロウちゃんの部屋での薬草栽培事件は幕を閉じた。


 ように見えたが……。


 その一ヶ月後……。

 今度は、ロウちゃんのご希望通り外国から取り寄せた薬草が、ロウちゃんの部屋のクローゼットの中で繁殖している事が明らかになり、俺はまた父上を呼ぶのだった。


 結果、ロウちゃんに薬草畑のお世話を手伝わせることになった。


 部屋で薬草を繁殖させられるより、畑で増やした方が良いだろうと、木を隠すなら森の中作戦的な判断だった訳だが……。


「ロウちゃん!お庭に薬草は撒かないの!!薬草は薬草畑だけで栽培しなさい!」

「でも、でも薬草さんがここが良いって言ってます!」

「薬草さんはしゃべらないよ!……え、待ってロウちゃん、もしかして薬草さんとおしゃべりできるの?!」


 ロウちゃんは、俺に生ぬるい眼差しを向けてくる。


「バーク兄様はおこちゃまですね?草ぁww」

「ロウちゃんが言い出したんだからね?!何でバーク兄様が残念みたいな顔なの?!あと、その煽り方、何?!どこから学んでちゃったの?!」

「父上がよくやってます!」

「えぇ……どんな状況なのか、知りたいような、知りたくないような」

「アーク兄様と」「わぁあ聞きたくない!!ロウちゃん聞かないからね!」

「草ぁw」

「気に入っちゃったんだね……あと、めっちゃ使いこなしてるね」


 俺はため息をつきながら、アーク兄様だけは煽らないようにロウちゃんにしっかり注意しておこうと思う。次期メリッサ家の当主のアーク兄様は帝王学をうけているため序列には厳しく、侮辱と受けたら厳しくやり返される可能性がある。

 アーク兄様は細かい性格なので、きっとロウちゃんとはとことん合わないだろう。


「バーク兄様にも分けてあげますね!」

 ロウちゃんが、ちゃちゃっとやってきて、土まみれの手を俺に押し付けるので、手のひらをさし出す。


 薬草の種かな?


 ぽとりと手のひらに落とされたのは、ミミズだった。


「ロぉーーちゃぁあん!?!?」


 なぜか絶叫する俺を見て、ロウちゃんが照れる。

 嬉しくて歓喜した訳じゃないからね?!


 こうして、以前より自由に動ける縄張りを広げたロウちゃんは、以前より確実に問題児になったのだった。

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