逆行トレーダー ~市場の覇者への道~
なちゅん
第1話 逆行、そして目覚め
高坂亮介は、薄暗い部屋の中で一心不乱にキーボードを叩いていた。デスクの上には二つのモニターが設置され、そこには赤い数字がびっしりと並んでいる。画面越しに睨みつける先は、彼が張り続けていたFXのポジションだった。通貨ペアはドルと円。今日の動きが彼の全てを決める――そんな瀬戸際の取引だった。
「頼む……頼むから戻ってくれ……」
誰にともなくそう呟きながら、亮介は無情な数字の羅列を眺め続けていた。残りの資金はあとわずか。ここで逆転しなければ、これまで積み上げてきたものすべてが無に帰す。彼は焦りながらも冷静を装おうと、机の上のコーヒーカップに手を伸ばす。しかしその手は微かに震えていた。冷え切ったコーヒーを飲み干し、彼はため息をつく。
彼は36歳。大学を卒業して投資銀行に就職し、金融の最前線で働いてきた。しかし独立してトレーダーとして生きる道を選んだ亮介の人生は、ここ数年で大きく傾き始めていた。最初は順調だったが、ひとたび市場が大きな波に飲み込まれたとき、彼のリスク管理の甘さが露呈した。そして、借金を重ねる日々が始まったのだ。
「……クソッ」
画面のチャートがさらに下へ向かうのを見て、亮介は苛立ちを隠せなかった。頭を抱え込んだそのとき、不意に部屋が真っ暗になった。電気が消えたわけではない。スクリーンも、ライトも、窓の外のネオンも、すべてが一瞬で失われたような感覚だった。
そして次の瞬間、眩い光が彼の視界を埋め尽くした。光の中心に吸い込まれるような感覚の中、亮介は反射的に目を閉じた。気づけば意識が遠のいていく。最初はわずかな違和感だったが、それがどんどん強くなり、最終的にはすべてが消え去った。
目を開けたとき、亮介は自分が布団の上にいることに気づいた。周囲を見渡すと、そこは彼がかつて住んでいた実家の自室だった。天井のシミ、古びた机、そして積み上がった教科書。それらすべてが懐かしくも異質だった。まるで過去の記憶が目の前に具現化したような光景だ。
「ここは……」
亮介は布団を跳ねのけて鏡の前に立った。そこに映る自分は、高校時代の自分だった。顔つきは幼く、手足は細い。あのときの自分そのものだ。自分の顔に触れながら、亮介は言葉を失った。心臓が激しく脈打つ音が耳に響く。
「嘘だろ……?」
戸惑いながら、部屋のカレンダーを確認する。日付は「1998年4月」。まさに自分が高校3年生だった頃だ。状況を整理しようとしても頭が追いつかない。しかし、どうやら自分が過去に戻っていることだけは間違いなさそうだった。
「……18歳。ここからやり直せるってことか?」
少しずつ冷静さを取り戻した亮介は、次第にある種の高揚感に包まれていった。過去の自分にはなかった圧倒的なアドバンテージ――未来を知っていること。それが彼を支配し始めた。リーマンショックもITバブルも、そして仮想通貨のブームも、すべて知っている。それを活かせば、どんなチャンスも掴めるはずだ。
「よし……」
亮介は意気込むものの、すぐに現実の問題に直面する。まず資金がない。この時代の自分には大した貯金もなく、親の金を勝手に使うわけにもいかない。まずは元手を作る必要がある。亮介は母親に相談し、わずか1万円を借りることに成功した。
「ありがとう……これが最初の種銭だ」
彼はその1万円を使い、地元のフリーマーケットで中古の漫画やゲームソフトを仕入れ、それをインターネットオークションで売ることにした。1998年当時、オークションサイトはまだ黎明期にあり、競争も少なかった。亮介は未来の感覚で商品価値を見極め、次々と取引を成功させていった。
1ヶ月後、彼の手元には5万円が残っていた。この金額を見つめながら、亮介は確信した。自分にはまだやれる余地がある、と。次のステップは株式投資だ。この時代、インターネットでの株取引はまだ一般的ではなかったため、彼は証券会社の窓口に足を運び、口座を開設した。
「すみません、高校生でも口座って作れるんですか?」
受付の女性は驚いた様子だったが、彼の真剣な態度に押され、親の同意書を条件に承諾した。その日のうちに母親を説得し、ついに取引の準備が整った。資金を口座に入金し、亮介は慎重に最初の銘柄を選び始める。
選んだのは、当時成長を続けていたIT関連の小型株だった。未来の動きを知っている彼には、この選択がいかに有利か分かっていた。とはいえ、すべてがスムーズに進むわけではない。実際に取引を始めると、予想外の値動きや手数料の高さに苦しむこともあった。
「やっぱり、知識だけじゃダメか……」
そう思いながらも、彼は冷静さを保ち、持ち前の分析力で次々と壁を乗り越えていった。そして3ヶ月後、彼の資産は当初の10倍、50万円に達していた。まだ大した額ではないが、これが亮介にとっての大きな第一歩となった。
「ここからだ……」
未来の知識を武器に、亮介はさらなる高みを目指す決意を固めた。過去に失敗した自分を越えるために。そして、もう一度自分の人生を取り戻すために。
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