第2話 動き出した歯車
高坂亮介は、未来を知るという圧倒的なアドバンテージを武器に、最初の投資で順調な成果を上げていた。だが、彼には分かっていた。この程度の資金では市場での本格的な戦いには程遠い。大きな勝負をするには、さらなる資金と信頼が必要だった。
学校から帰宅すると、亮介は机に向かい、古びたノートを取り出した。そこには、彼の未来の知識を整理したメモがびっしりと書かれている。「リーマンショック」「ITバブル」「ビットコイン」「アマゾン」など、過去の彼が見てきた未来の市場動向が詳細に記されていた。だが、それをどう活用するかが次の課題だった。
「今はまだ、小さく動くしかないな……」
彼は冷静に自分の状況を分析した。今の資金は50万円。これを効率よく回していくためには、リスクを最小限に抑えながらも確実に増やせる方法を取る必要がある。
亮介はまず、自分がこれからの日本市場で注目すべき業界をリストアップした。特にIT関連の企業は、間違いなくこれから急成長を遂げる分野だ。まだ知名度が低く、株価も割安な企業を探し、少額からの投資を始めることにした。
「まずはこの会社だな……」
彼が選んだのは、当時創業間もない小さなIT企業だった。まだ市場の注目を集めていないが、近い将来、大手通信会社と提携することで急成長することを亮介は知っていた。この情報を元に、彼は少額ずつ株を購入していく。
取引を続ける中で、彼は徐々に市場の流れを感覚的に掴み始めていた。未来を知っているとはいえ、実際の取引では細かい調整が求められる。特に、彼が過去の知識に頼りすぎて感情的にならないよう、自分を律する必要があった。
そんなある日、亮介は学校の昼休みに偶然耳にしたクラスメイトたちの会話に引っかかった。
「最近さ、うちの親が株やってるんだけどさ、けっこう儲かってるって言ってたよ。なんかIT系がアツいらしいって」
亮介は内心驚いた。1998年当時、株式投資をしている家庭はまだそれほど多くはなかった。だが、この情報は自分の投資戦略とピタリと一致する。気になった亮介は、話していたクラスメイトの一人、藤原剛志に声をかけた。
「藤原、お前の親って株やってるのか?」
「おう、まあな。でも親父は投資っていうよりギャンブルみたいにやってるだけだよ」
剛志はクラスでも目立つ存在で、地元の不動産会社の御曹司だった。亮介は彼との会話を通じて、剛志の家族がIT関連株に興味を持ち始めていることを知った。亮介の頭の中で、何かが動き出す感覚があった。
「藤原さ、もしよかったら……株のこと、ちょっと一緒に勉強しないか?」
剛志は一瞬きょとんとした表情を見せたが、亮介の真剣な様子に興味を持ったのか、頷いた。
その日の放課後、亮介と剛志は学校近くの喫茶店に座り、投資の話を始めた。剛志は株に関してはほとんど知識がなかったが、亮介の説明を聞くうちに、次第に興味を持ち始めた。
「お前、意外とこういうの詳しいんだな。どこでそんなこと覚えたんだよ?」
「まあ、ちょっと調べたんだよ。これからの時代はITが来ると思うんだ。そこに投資するのは、理にかなってると思う」
亮介は未来の知識を全て明かすことはせず、あくまで自分なりに分析した結果だと装った。それでも剛志は感心した様子で、亮介の話に真剣に耳を傾けた。
「それならさ、うちの親父にも話してみるよ。あいつも最近、なんかまともな投資がしたいって言ってたし」
亮介は剛志の言葉に内心驚いたが、冷静を装って頷いた。この流れを利用すれば、自分の資金だけでなく、剛志の家の資産も動かすことができるかもしれない。それがうまくいけば、彼が思い描く大きな計画の第一歩となる。
数日後、剛志の父親である藤原信也が、亮介に会いたいと言っているという話が舞い込んだ。亮介は内心緊張しながらも、自分の分析や考えを伝えるチャンスだと考えた。そして週末、藤原家の豪邸を訪れることになった。
玄関をくぐると、そこには威厳のある中年の男性が待っていた。信也は亮介を見るなり、一言こう言った。
「高校生の君が、投資の話をするんだって?面白いじゃないか。聞かせてもらおう」
亮介は落ち着いた声で、自分が考えるこれからの市場の動向や、注目すべき企業について語った。未来の知識を匂わせることなく、冷静な分析を武器にプレゼンを進めた。その話を聞いた信也は、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……君の考え方、嫌いじゃないな。じゃあ、これで君の言う通りに動かしてみるか」
信也は笑みを浮かべながら、亮介に一定の資金を預けることを決めた。それは亮介にとって、大きな信頼と責任を伴うものだった。
「よし、これで次の一手が打てる……」
亮介は心の中でそう呟きながら、新たな市場への挑戦を決意した。自分だけでなく、他人の資金を預かるというプレッシャーを背負いながらも、未来を知る者としての自信が彼の心を支えていた。
だが、この決断が彼に新たな困難と試練をもたらすことを、亮介はまだ知らなかった。
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