おそとへ行こう

碧衣 奈美

おそとへ行こう

 タビはこねこの女の子。白いもふもふで、前あしの先だけが黒い子です。

 最近、ようやく歩けるようになった赤ちゃんですが、自分はお姉ちゃんのつもり。

 タビは最初にお母さんから生まれ、その後で妹や弟が生まれたからです。

「あれ、お母さん、いないの?」

 そんなに高くない壁の向こうから、お母さんより少し小さな白いねこが顔を出しました。

 実は、タビよりもっと先に生まれたお姉ちゃんがいるのです。

「おかーさん、どこか行ったよ」

 自分よりもお姉ちゃんのねこに、タビは言いました。

「そっか。お外に行ったのかな」

 タビはお姉ちゃんが言った「お外」という言葉に、青い目をきらきらさせました。

「ねぇ、おそとって、楽しい?」

「うん、楽しいよ。色んなものがあるんだから」

「あたしも行きたい。おそと、行きたい」

「いいよ。じゃあ、そこから出ておいで」

 生まれた時から、お母さんや妹達といつもいるあたたかいお部屋。

 お母さんのおっぱいを飲み、他の子達と遊ぶ楽しい所ですが、タビはまだここから出たことがありません。

 でも、前はものすごく高く感じた壁も、今なら何とか越えられる気がします。

 タビはがんばって、うーんとがんばって、壁をよじのぼります。

「まだあなたにはちょっと早いかなー」

「そんなこと、ないもんっ」

 お姉ちゃんに置いて行かれるのがいやで、タビはもっとがんばりました。

「わっ」

 時間はかかりましたが、ツメがうまくひっかかり、タビはころりんと壁の向こうへ出られました。

「ほら、行くよ」

 タビが壁を越えられたのを見ると、お姉ちゃんはさっさと歩き出します。

「あー、まってぇ」

 タビはあわててお姉ちゃんの後を追いかけました。

「おねーちゃん、あれなに?」

 四角くて大きくてかたそう。

「あれはテレビっていうらしいよ。あの中に、時々いぬやねこが見えるんだけどね。においはしないんだよねぇ」

「じゃあ、あっちは?」

 タビは初めて見る景色を見回しては、お姉ちゃんにそれが何かを聞きました。

 ソファやテーブルやタンスなど、聞いてもよくわかりませんでしたが、大きなものばかりです。

「あ、ボールみっけ」

 お姉ちゃんは自分の頭より少し小さいくらいの、赤くて丸いものを見付けました。

 前あしでちょんとさわると、ころころと転がっていきます。

「わぁ、おもしろそう」

 タビもさわりたくなって、お姉ちゃんが「ボール」と言ったものを追いかけました。

 だけど、ボールはお姉ちゃんがさわると、あっという間に向こうへ転がってしまいます。

「まてまてー」

 お姉ちゃんはボールを追って、ソファの下のすきまへ入って行きます。タビも同じように入りました。

 せまくて頭をごつんとしそうでしたが、タビは気にせずボールを追うお姉ちゃんを追いかけます。

 あと少しでつかまえられる、というところでお姉ちゃんがさわるので、ボールはまた転がりました。

 ボールが速く転がったので、それを追いかけるお姉ちゃんも速く走ります。あまりに速くて、タビはお姉ちゃんに追いつけなくなってしまいました。

 タビがソファの下から出て来た時には、お姉ちゃんもボールも見えなくなっています。

「あれ? あれ、おねーちゃーん」

 タビが呼んでも、お姉ちゃんは来てくれません。

 お姉ちゃんをさがしに行こうと歩き出したタビは、向こうに白いねこがいることに気付きました。タビと同じように、前あしだけが黒です。

「あなた、だぁれ? おねーちゃん、しらない?」

 白いこねこも何か言ったようですが、声は聞こえません。

「ねぇ、ちゃんと言ってよ」

 タビがちょっと怒って言うと、白いこねこも怒ったような顔をします。

「どうしておこるの。あなたがちゃんと話してくれないからでしょ」

 白いこねこは、やっぱり怒っているようです。

「も、もういいもん」

 タビはちょっぴりこわくなって、そこから離れました。振り返ると、白いこねこも遠くへ行こうとして、こちらを見ています。

「ふ、ふーんだ」

 タビはしらんぷりをして、お姉ちゃんをさがしに走りました。

 でも、お姉ちゃんはどこにもいません。それに、タビは自分がどこから来たのかもわからなくなってしまいました。

「おねーちゃーん」

 お姉ちゃんは見付からないし、走り回ったからか、タビは急におなかがすいてきました。

 でも、ここにお母さんはいません。お母さんがいなければ、タビはおなかがすいたままです。

「おかーさーん」

 ものすごく悲しくなって、タビは泣き出してしまいました。

「あらあら、こんな所にいたのね」

 そんな声が聞こえたかと思うと、タビは首のうしろをくわえられていました。

 あっという間にあの壁の中へ運ばれ、目の前にお母さんがいます。近くには妹や弟もいました。

 みんなでお母さんのおっぱいを飲み、おなかいっぱいになったタビはうとうとしながらお母さんに言いました。

「おかーさん、あのね。あたし、おかーさんをさがしに、おそとへ行ってたの」

「お外? あなたがいた所は、お外じゃないわよ」

「え? おねーちゃんといっしょに行ったよ」

「あなたがいたのは、おうちの中。お外はもう少し遠いの。でも、タビにはまだ早いわね」

 お母さんはそう言って、笑いました。

 タビは「そんなことないもん」と言おうとしましたが、その前に眠ってしまいました。

 ボールみつけに、おそとへ行くんだ……。

 目がさめたら、タビはまたお外へでかけるようです。

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