2 会敵
「ってことがあったんですよー」
放課後。
「へ~、会長も大変だねぇ」
「もう、あの応援を受けるときの死んだ目! 面白すぎて」
「ふ~ん」
「あの堅物がどうしてああいう能力を開花させちゃったんでしょうね。もしかして心の底ではヒーローになりたいとか? ウケるー」
「ウケるね~」
「マスターちゃんと聞いてます?」
「マスターじゃなくて竜平って言って」
このマスター、身長が180cmあるくせにぽわぽわしているのである。高身長ぽわぽわDK。誰得である。
清泉学園喫茶部は、代々学園内で小さな喫茶店を運営している。喫茶部部長、
「えー、マスターでもいいじゃないですかー」
「だ~め。マスターの称号はいつか僕が本当に喫茶店を開いたときのためにとっとくの」
「はーい」
一花はわざと間延びした返事をする。ちなみにこのやりとりは通算524回目である。高等部一年のときに一花が竜平に惚れてから、ほぼ毎日やっている。もちろんわざとである。基本ぽやついている竜平が、唯一鋭く返事をくれるのが、マスターと呼びかけたときなのだ。
カウンターの向こう側で、竜平の手が踊る。無駄のない動きでコーヒー豆を挽き、口の長いポットから静かにお湯を注ぐ。普段ぽやついてるくせに、コーヒーを煎れる手際だけは熟練の域である。一花はほぅ、と感嘆の息を漏らした。
「・・・・・・そういや、スライムって知ってます?」
「スライム~?」
「スライムです。小等部の素質がある子が理科の実験で作ったスライムが、なんか動き回り始めたらしいです」
「へぇ~」
いつものようにゆるく世間話をしていると、コーヒーができあがったらしい。小洒落たカップに注がれたコーヒーが、一花の前に置かれた。しかし一花は口をつけられない。苦いのは苦手なのである。
「スライムって弱っちそうじゃないですか。でも集まると手を焼くみたいで。小等部の子が何人か窒息させられかけたそうです」
「え、普通に危ないじゃん」
「だから今日、喫茶店に人いないんですよ。まだ全部のスライムが駆除されていないから、高等部以下は寮で待機って言われてます。竜平先輩、また通知見なかったでしょ」
「え? あ~、ほんとだ!」
竜平がエプロンを着けたままカウンターに回り、一花の隣に座る。手には各生徒に学園から支給されるタブレット。危険な怪異が出たときなど、緊急時の連絡は一律でこれに入るのだ。
「わぁ、ほんとに『高等部以下は寮待機』って来てる。それなのに一花ちゃんをこんな所に拘束しちゃって、僕の馬鹿~」
漫画なら背景に「ズーン」とかかれていそうな落ち込みぶりである。180cmの男子高校生が「僕の馬鹿~」とか言いながら打ちひしがれている。でもそんな先輩もかっこいい、と一花は心のシャッターを切った。恋する乙女のレンズにはSN⚫Wばりのフィルターがかかるのである。
「だーいじょうぶですって。先輩より私の方がそういうのに対する手段持ってますし」
「でもさぁ、こう、腕っ節が必要な怪異だっているじゃん」
「スライムに腕っ節いります?」
「えっ、と、必要なときもあるかもでしょ!」
「腕っ節だって、私と先輩そんな変わらなくないですか?」
「変わるもん!」
180cmの高身長男子が語尾にもん! をつけても何も可愛くない。だが一花の心臓には突き刺さった。一花はわざと胸を押さえてうっ、と呻き、それを見た竜平がわたわたする姿を楽しんだ。信じられないが、このぽわぽわマスター、天然でやっているのだ。怪異退治の名門・聖沢家から見込みなしと判定された、太鼓判つきの180cm版ぽわぽわである。
「ほ、ほら、帰ろ! 何事もないうちに! 女子寮まで送るから!」
「むしろ私が男子寮まで送るべきでは・・・・・・?」
「それとこれとは話が別! だから!」
ぐいぐいと一花の背中を押す竜平。しかし一花が「片付けしなくていいんですか」と尋ねれば、あっ、という顔をして急いでキッチンに戻っていった。抜けている。一花が竜平の喫茶店に通い詰めているのを、コーヒーが好きだからだと勘違いしているくらいには抜けている。ちなみに一花は竜平の前でコーヒーを一度も飲んでいない。
どんがらがっしゃーん、と何かを落とす音がした。「ゆっくりでいいですよー」とキッチンの奥に向かって声をかければ、「ごめーん」と気落ちした声が帰ってきた。かわいいなぁ、と思わず口が緩む一花。しかし、その口に何かが張り付いた。
【長編ver】私立清泉学園 飴傘 @amegasa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。【長編ver】私立清泉学園の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます