【長編ver】私立清泉学園

飴傘

スライムの怪

1 私立清泉学園



 私立清泉学園しりつせいせんがくえん。それは、駅や住宅街から少し離れた丘の上にある、全寮制の学園である。清泉小学校から清泉高校まで存在し、そこそこの実績とそこそこの知名度を誇る、地方にあるにしては名の知れた学園だ。

 ただし、清泉学園には重大な、重大な秘密があったのだーー。


ーーー


 一花いちかはあくびをかみ殺した。本日は晴天なり、しかしお昼寝には向かない真夏日である。だが、年中居眠り常習犯の一花には全く関係ない。一花は眠い目を擦りながら、黒板を書き写すためにシャーペンに手を伸ばした。しかし理科教師のダンディボイスが、一花の意識を奪っていく。昼休み後の化学はいけない。いや、この理科教師の授業はいつも寝るが、昼休み後は特にやばい。一花は陥落した。


 と、ドシャーンという爆音と振動で一花は覚醒した。落雷のような音に、さっと周りの状況を確認する。クラスメイトはみな、上履きのまま各々の机の上に退避していた。

 机の上に、である。

 普通は下だよな、あ、それは地震か、と心の中でツッコみながら、一花もとりあえず机の上に退避する。と、足元を何か素早く動くものが通り過ぎた。

 なんだろう。一花はきょろきょろ見渡してみて、そして見つけた。教室の中を人面犬のようなものが走り回っていた。


 もう一度言おう。教室の中を人面犬のようなものが走り回っていた。


 またか、と一花はため息をついた。人面犬は教室の中を縦横無尽に走り回る。声だけでなく見た目もダンディな理科教師は、教壇の近くの2-A書記の机の上に一緒に退避していた。ダンディなおじさまが大好きな2-A書記は満足そうである。

 目をこらせば、コーギーの身体におっさんの顔面がくっついたような人面犬であった。おじさまではない、おっさんである。せっかく人面を持っているなら、せめて千年に一度の美少女の顔面を持って生まれて欲しい。コーギー単体なら可愛いのにね、と一花はもう一度ため息をついた。


 すると、もう一度ドシャーンと爆音がした。

 

 うるさっ。生徒達は一斉に耳を塞いだ。そして音のした、教室前方を見た。

 抜き身の刀を持った生徒会長が教壇の上に乗っていた。


 もう一度言おう。抜き身の刀を持った生徒会長が教壇の上に乗っていた。


 一瞬後、教室から歓声が沸き上がる。「いいぞ、会長!」「会長かっこいいよ~!」「頑張れ会長!」教室にいる全員が生徒会長を持ち上げる。どさくさに紛れて2-A書記に抱きつかれたダンディな理科教師も、「やったれー」とやはりダンディに生徒会長を応援していた。


 「声援ありがとう! 僕、頑張る☆」


 ひっどい棒読みのセリフであった。黒縁メガネをかけたイケメンの、しかしどう見ても堅物そうな相貌の会長は、死んだ目でアイドル並みのきらきらスマイルを浮かべて飛んでいった。逃げていった人面犬を追いかけて。教室の空いていた窓から。


 また、ドシャーンと爆音がした。生徒会長の移動と爆音は切っても切り離せないハッピーセットである。ダンディな理科教師は書記の手をほどきながら「はぁい授業授業」と授業を再開した。一花は再度陥落した。一花の手元にはひらがなで「ぶんしこうぞう」と書かれたノートだけが残った。




 そう、清泉学園には重大な、重大な秘密がある。

 それは、清泉学園には怪異が集まる、ということだ。

 それは地形的な由来からか、それとも怨念的なものなのかは不明である。しかし、怪異が引き寄せられ、また新たに生まれる場所というものは、日本各地にいくつか存在する。そのうちの一カ所を学長が買い上げて作られたのが、清泉学園なのである。


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