ESTの冒険話

チリソース

急にダンジョンに転移させられた話

どうしてこうなってしまったのか。


事の発端は、週の始めの日課である薬草のクエストを終え、街に帰ろうとしたときのこと。


ふと、いつもの森の雰囲気に紛れた異様な気配を感じ、報告のために捜索をすることにしたのだが。


魔力を感じた場所に辿り着いた瞬間、急に発生した激しい光に咄嗟に目を瞑っていると、いつの間にか薄暗い洞窟のような場所にポツンと立ち尽くしていた。


「……え?」


あまりの出来事に頭が真っ白になる。


あたりを見回すと、前方は薄暗いく通路が続いており、後方も同様で、まるで洞窟の中にでもいるかの様だ。


壁はざらざらとした手応えがするだけで、なんの特徴もない壁だった。


「分かることがなにも無いな」


次に自身の状況を確認するため、ポーチの中身を確認する。


「非常食、ナイフ、何かあったときの小型爆弾、身分証」


あとは普段から来ている深緑のコートのみで少し心許ないが、あるだけでなんとかするしかない。


「さて、ここからどうしたもんかね」


今の場所から動き出すのを決めたのはいいのだが、この洞窟(?)は一体どこにあるのか。そして、どれくらいの広さなのか?


考え無しに行動して状況が悪化するのはよろしくない。


とは言ったものの、ここでボーッと立っていても何も解決しない。


腰のポーチにあったナイフを取り出すと、壁にガリガリと丸印を付け、


「とりあえずマーキングはこれで良し」


左右を確認すると、 地面にナイフを立てる。


手を離してパタンと倒れた方向へ向くと、


「とりあえずこっちだ」


ナイフを回収し、 そのまま歩き出した。


こういった判断基準が少ない時は、 最低限備えをしてとにかく行動する。


(少し歩いて何も収穫が無ければ、また戻って来ればいいか)


そう考えながら歩いていると、 視界に簡素なドアが入りこんだ。

よくみると、ドアに向かって何かを引きずった跡がある。


ドアノブが付いているだけで何の装飾もない。


ノブを回し、 ゆっくりと扉を開けた。


中には大きなテーブルが見えたが、 薄暗いため細かいところまでは分からない。


そして、テーブルの向こうには人影らしきものが見えた。


この洞窟のことを何か知っているかもしれない。


そう思い、 目が合ったので声をかけようとした瞬間、


「……食材」


そう言い放ったのが聞こえた瞬間、 唐突にこちらに向かって何かが飛び出してきた。


「危なっ!?」


顔面に当たる寸前で屈んで躱す。


視線を向けると、 背後の壁に包丁らしきものが半ばまで刺さっていた。


視線を戻すと、人影はこちらへ走り出している。


(とりあえず戦略的撤退!)


ドアを閉めて来た道へ向かって走り出す。 


すると、後方で何かを蹴り飛ばすような音に続いて足音が聞こえてきた。


どうしようか考えながら走ること数十秒、 向こうに曲がり角が見えてきた。


ポーチに手を突っ込み、 手のひらサイズの板を2枚取り出す。


角を曲がり進んでいくと、行き止まりになっていた。


「行き止まりか」


背中を壁に預け、 少し待つ。


段々と足音が近づいてきて、人影が角を曲がろうとしたその瞬間、手元の装置のボタンを押した。


すると、曲がり角にいた人物のすぐ横で、大爆発が発生したため吹き飛ばされ、反対側の壁に強く叩きつけられると、そのまま動かなくなった。


少しの間様子を伺ったが、動き出す様子は見られない。


「なんだったんだこいつ」


包丁を持っていることだし、料理人だろうか?


考えたところで、いま答えは出ない。


装置をポーチに仕舞い、 来た道を戻る。


(幸い、 先程の部屋からそれほど遠く離れていない。とりあえずあの中を探って……!?)


歩き出した瞬間、 弾けるように左へ動き出した。


「グウゥッ!?」


爆発で倒れていた料理人?がすぐ背後まで迫っており、 その手に握られている包丁をこちらの右腕に突き刺していた。


とっさに避けていなければ、背後から胴体をひと突きされていた。


「食材が、手を煩わせるんじゃない!」


「……!痛ぇなこの!」


腕に走る強い痛みに顔を歪めつつ、 すぐに相手の顔を蹴り飛ばす。


鈍い音が響き少し仰け反ったが、 すぐに持ち直しこちらに向かってくる。


「しつこい!」


苛立ちが募り右腕に突き刺さったままの包丁を抜きとると、すぐさま取り切りつけたが、


「……!?」


次の瞬間、 出血が止まり切りつけた傷が見る見るうちに塞がっていく。


予想外の状態に思わず目を見張った。


「あんた、 何者だ?」


その言葉に答えることなく、 もう一本の包丁を振りかぶり、再びこちらへ飛びかかってきた。


掴み掛かってくる腕を何度も躱しながら切りつけるが、堪えた様子もなくすぐに回復してしまう。


「なぁ、あんたさ」


迫り来る包丁を躱しながら言葉を投げかける。


「そろそろ止めてくれない?そもそも、こっちはあんたに斬りかかられる理由がない。というか、どこかで会ったことあったっけ?」


問いかけ続けると、迫り来る剣撃が一旦止んだ。


「……貴様、 何者だ」


怪訝な顔になりつつ、しょうがないので答えることにした。


「俺の名前はエスト。 現在はグリンの街で便利屋ギルドに所属してる。 森に変な気配を感じたから調査したら、ここに飛ばされてきたらしい」


「そんなことはどうでもいい」


何者だと聞かれたのだが、勝手な言い草にイラッとする。


「貴様、 人間ではないな」


「……いったい何を言っている?」


「貴様は人間ではない。 俺の嗅覚がそう感じている」


その人物は、嗅覚を理由に断定してきた。


「俺はあらゆる食材を調理する料理人。どんな味がするのか、試さなければ気が済まない。 人間以外全てが対象だ。 貴様も、人間でないならば例外ではない」


そう言い切って切りかかってきた瞬間、迫り来る切先を掌で受け止めた。


「……ああそうかよ!」


「なに!?」


唐突の行動に驚愕し動きを止めたところで、包丁を奪い取り胴体を蹴り飛ばして壁に打ちつける。


更に包丁を両方とも投擲し、両腕の前腕に突き刺し、壁に縫い付けた。


念の為、柄の部分を蹴りつけて包丁が抜けないようにする。


痛みに悶える様を横目に一息つく。


「お前の言う通り俺は人間じゃない。 ただし、半分だけな」


神経を集中し、傷を回復させつつ言葉を投げかける。


「それでも人でありたいんだ。もしまた俺を狙うんだったら、今度は容赦しない」


そして背を向け、歩き出した。


「しばらくそこでジッとしてろ。あと、さっきの部屋の食材少しいただくよ」


そこからは何の障害もなく探索が進んだが、これといった進展は無かった。


ドアを見つけては中を確認し、 何もないため次の部屋を探す。


そういった状態が何度も続き、 再度行き止まりに直面した。


(いや、 これは……)


壁に近づいて叩いてみる。


その感触に確信を持ち、少し距離をとると助走をつけて思いっきり蹴りつけた。


石の壁に見せかけていただけの隠し扉がこじ開けられ、 砂埃が舞う。


「よし、隠し扉発見」


扉を潜り抜けるとそこには光が差しており、 広い空間の向こうには潜り抜けれる程度の大きさの出口らしい穴があったため、思わず溜息が漏れた。


(ようやく出口か。ひとまずここから出て、 ここがどこなのか確認しなきゃな)


穴に向かって歩いていると、ふと気配を感じ、その場から左側方へ飛び出した。


(あっぶな!?トラップか?)


その直後、 さっきまで立っていた場所で爆音が響き、 地響きと共に破片が飛び散る。


視線を送ると、 どこから現れたのか、 こちらよりふたまわりは大きい熊のようなゴリラのような怪物が地面へ拳を叩きつけていた。


「何だこいつ。こんなモンスター見たことない」


とりあえず出口にと走り出そうとした。


しかし、近くにあった大石を投げつけられたため、躱したら唯一の出口にぶつかり、塞がってしまった。


「は?」


辺りを見回すが、 先程の出口以外で外の様子を見ることができる穴は見られない。


「おいおい、出られないじゃん。とりあえず、こいつをなんとかしなきゃダメか」


ポーチの中に手を突っ込み目当ての物を取り出すと、 怪物に向かって走り出す。


そのまま掴みかかってくる腕をすり抜けるように躱し、 手に持っていたものを怪物の腕に取り付けながら、


「オラッ!」


怪物を蹴りつけた。

しかし、


「固い!?」


まるで鋼鉄を蹴ったかのような感触に驚いてしまう。


怪物は少し揺れただけで大して効いているようには見えなかった。


再び殴りかかってきたため、 背を向けて走り出しながら手に持っている装置のボタンを押す。


次の瞬間、 怪物の腕に取り付けた機械が爆発を起こした。


爆発により腕が大きく抉れ、 周辺には血液が撒き散らされる。


(よし、 今だ!『全身強化』!)


怪物が体勢を立て直す前に決着をつけるため、

全身に力を込めた次の瞬間、 異様な感覚とともに全身に力が湧き上がった。


(今の装備ではこいつを倒すには至らない。生半可じゃない、全力の強化を!)


漲る力を両足に集中し、怪物のもとへ飛び出す。


先ほどとは比べ物にならないスピードで近づくと、腕を大きく振りかぶる。


「まずはこれだ!」


怪物の顔面を殴り飛ばして大きく後退させる。


「今度は痛ぇぞ!」


すかさず接近し、腹部へ蹴りを放つ。


怪物が呻き声を漏らしながら前傾姿勢になったところを、跳躍後に顎をアッパーで殴りつける。


あまりの衝撃に怪物はたまらず倒れ込んだ。


「これでトドメだ!」


大きく足を大きく振り上げ、 その頭部を踏み抜くと、肉 骨 脳を砕きいた感触と共に、大量の血液が溢れ出た。


そのまま向こう側へ転がり、様子を伺う。


怪物は四肢を投げ出して横たわっていた。


疲労を感じながらも、出口の方へと歩き出す。


「さて、さっさと岩を退かすか」


さっさとこんな場所から出ようとした瞬間、


「ぐぁ!?」


背中に衝撃が発生し、壁に叩きつけられた。


なんか今日はこういったことが多い気がする。


強化されていることもあり大事はなかったが、それ以上に衝撃を感じていた。


(増援?……違う!頭を潰したのに生きてる!?)


視線を送ると、先ほどの怪物が腕を振り抜いた状態で立っていた。


先程まで潰されていた頭部は段々と出血が収まっていき、見る見るうちに修復されていく。


更に、爆破で破壊した腕も元通りになっていた。


「最近回復するの流行ってんの?うざったい!」


再度怪物へ近づき、今度は拳を開いて貫手の構えをとると、心臓へ一突きする。


そして、心臓へ到達したところで握りつぶした。


腕を引き抜くついでに前蹴りで押し出し、倒れたところをストンピングで頭を潰す。


「流石にこれで痛ぁ!?」


今度こそやったと思ったが、倒れている怪物がその腕を振るい、殴り飛ばされた。


続けて放たれる2撃目を飛び前転で回避し、視線を向けるとふらつきながらも立ち上がる姿があった。


(強めの強化を続けて疲労の蓄積が大きくなってきた。これ以上はジリ貧か。しかし……)


逃げようにも、入り口の手前に怪物が立ち塞がり、だんだんとこちらへにじり寄ってきて逃げ場がない。


(こうなったら相打ち覚悟で……)


覚悟を決めたその瞬間、急に怪物が身を捩ってもがきだした。


今のうちにと思っていると、向こうには先ほどやり合った料理人が包丁を両手に佇んでいた。


もがき苦しむ怪物の横を通り抜け、料理人と怪物両方に距離をとる。


よく見ると、怪物の背面の至る所に深い切り傷が刻まれていた。


「あんた、どうやってここに?」


「どうやっても包丁が抜けなかったから手の平に風穴を開ける羽目になった」


先程と変わって、問いかけに返答があった。


やり取りの最中にも、互いに視線の先は傷が治りかけている怪物へ向かっている。


「問答無用に切りかかってきたあんたが悪い。あと、料理美味しかったぞ」


「レアモンスターばかりだったのに無銭飲食しやがって。身体で支払ってもらうぞ」


共闘ができそうなので、先ほどよりも強化の出力を下げて身体の負担を減らす。


「あの怪物、頭や心臓を潰してもすぐに再生しやがる。痛みは感じる様だが、見た感じ消耗しているようには見えない。あんた、アレ見たことある?」


料理人は両手の包丁を腰部に取り付けてある鞘に収めるとすぐに引き抜いた。


すると、そこには新品同然の包丁が鈍い光沢を纏っており、刀身も先ほどよりも大きくなっている。


包丁というより、最早、鉈のようだ。


「なにそれ」


「俺の魔力ですぐに再生するし大きさも変えれる。ああいった手合いには大きい方がいいだろう」


あんなものに切り裂かれてたらと思うとゾッとした。


「以前、幾つかの動物を組み合わせて誕生したモンスターがいると聞いた。なんでも核となる器官が複数あり、これを短時間で全て潰さなければ倒せないそうだ。お料理ギルドでは名をキメラと名付けたらしい」


「(お料理ギルド?)へぇ。他には?」


「見たところ、熊とゴリラを組み合わせではないだろうか。筋肉ががっしりとついている。どれだけの旨みが凝縮されているのだろうか」


「……他には?」


「ふむ。焼き肉がいいが、シチューもいいかもな」


(駄目だ。こいつ、基本的に料理のことしか考えてない)


とりあえず、最低限必要な情報は手に入った。


まずはこのキメラの体内にある器官を全て潰す必要があり、手当たり次第では回復が追いついてしまい倒すには至らないだろう。


しかし、原因が体内の器官によるものならば、それを感知すればいい。


「まず俺があいつの核となる器官の位置を探る。あんたはその包丁で攻撃しつつ牽制。核の位置を特定したら、同時に核を潰して完了。これでどう?」


視線を送ると、「しかたない」と頷きが返ってきて、キメラへと素早く向かっていった。、、


唸る剛腕を紙一重で躱しつつ深く切りつけて激しく出血する。


更に、何度も切りつけることで、ダメージを蓄積させていった。


俺はキメラから距離をとりながら自身の両目に力を集中させる。


目に力を集中させると視界がサーモグラフィーのようになり、キメラの身体を流れる力の流れを感知した。


料理人に切り付けられることで再生が起こった際に、心臓の近くにある器官と腰部にある器官が強く発熱し、血管を通してエネルギーが送られて傷の修復が始まっているようだ。


「核となる器官は二つ!一つは心臓でもう一つは肝臓の近くだ!」


それを聞いた料理人はキメラの大腿部を切り付け、俺の蹴りによってうつ伏せに倒れ込んだ。


その隙に料理人は追加の包丁を抜き取り、背面から心臓と肝臓の位置に突き刺すと抉るように包丁を捻り込んだ。


再生に必要な器官を損傷したためか、今までに比べて傷の治りが目に見えて悪くなっている。


それを確認し、俺はまた強化を最大限に上昇させた。


「今度こそ、これで終わり!」


素早く跳躍し、キメラの頭部を全力で踏みつけた。


頭部を潰され、もがいていたキメラはビクンと全身を痙攣させると、力無く手足を放り出した。


「……よし、今度こそ仕留めた」


器官に突き刺さっている包丁を抜き取り、料理人に投げつける。


それを受け取ると、鞘に一旦納めてからすぐさま抜き取り、血抜きを始めた。


「とりあえずここからオサラバしようと思うが、あんたはどうする?」


「俺はこのキメラの調理をしてからにしよう。せっかくだし食うか?」


料理人の提案に少し考える。


「じゃあ、折角だしいただこうかな。ただし、俺の肉は勘弁な」


そう伝えると料理人は目を見張る。


「忘れていた。……まぁ、いいだろう。人は食わん主義だ」


そう言い放った彼の表情はほとんど変わっていなかったが、なんとなく微笑んでいる気がした。



その後、キメラの肉を美味しくいただいた俺たちはなんとか無事脱出に成功し、外で探索をした結果、拠点であるグリン街から歩いて数日かかる場所に転移されたようだった。


料理人はシェーゴと名乗った。


なんでも、世界を走り回る料理人であらゆるモンスターの調理法の模索と味の追求を欠かさず行っているらしい。


俺より先に急にあの洞窟に転移させられたらしいが、最後のモンスター以外を狩り尽くしてしまったため、俺はとても楽に探索できたらしい。


なお、お料理ギルド所属を名乗っていたが、正式に立ち上げているのではなく勝手に名乗っているとのこと。


別れの際は、ちらちらと俺の身体を見ていたことから、調理欲が無くなったわけではないようだ。


(いつかまた会ったら切られないように気をつけよう)


こうして、不意に始まったちょっとした冒険は終わりを迎えた。


なお、くたびれながら街に戻った日に俺を待っていたのは、相棒の心配した声と、依頼の期限を大幅に超過したことによるお説教であった。


人生とはままならないものである。


後日、調査団によると俺を転移させた不思議な魔力は消失しており、転移先の洞窟を調査中らしい。


今後はもっと用心してポーチの中身も考えなくてはなと思いながら、俺は普段の日常に戻っていった。

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