第3話 人間らしさ。

「どうしてバレたの……!?」

 腕を掴まれた痛みに顔を歪ませながらも、疑問を口にする女の子。

「どうしてって言われてもな……だって、服があちこち斬られてるのに肌や下着は一切傷ついてないからおかしいと思ったのが最初かな。逃げようとしてるところを追われて斬られたら多少なりとも傷はつくだろうし」

 その言葉に女神は改めて女の子をじっくりと見る。

 確かに、服だけが綺麗に切り裂かれているのに肌は奇麗でどこからも一滴の血も流れてはいない。

「あと、あの男の人たちも森から飛び出してきてすぐに僕らの方を向いて、背中に隠れていたキミをすぐに見つけたのも変だな、普通、開けた道に出たら左右見て探すでしょ?でも、真っ先に僕らの方に来た。そこに居るのが分かってるみたいにね」

 淡々と事実だけを騙る勇者。

 そこには、敵の仕掛けた罠を見破った優越感や、高揚感などかけらも感じない。

 「どうして」と質問されたから答えた、という事象があるだけだ。

「アンタ……よく気付いたわねそんなの……」

 勇者の洞察力に驚く女神だが、勇者はこともなげに言い放った。


「気づいたっていうか……信じてないだけですよ、人間を」


 その時、女神は勇者の瞳に初めて感情が……悲しみが宿ったように見えた気がした。しかしそれは女神がそう思いたかっただけなのかもしれない。

 そんな言葉を口にするときは悲しみを抱えていて欲しい……仄かな願いが見せた一瞬の幻……だとしても、もう確認することは誰にも、勇者本人にも出来はしない。


「おっと」

 刹那、気配を感じて勇者は、掴んだままの女の子の手を引っ張り、位置を移動させる。

 その瞬間、勇者を狙って飛んできた弓矢が空気を切り裂き近づいてくるが、それは勇者ではなく女の子を額を貫いて――――

「ちょっとぉ!!」

 貫いてしまう直前に、女神が奇跡の力で矢を空中で止めた。

 矢は女の子の眉間に皮一枚刺さり、一滴の血が流れ落ちた。

「ひぃぃぃ……!」

 声にならない声を上げて、命を失う直前に陥った恐怖に座り込む女の子。

「何してんのよアンタ!!さっきの話聴いてなかったの!?人殺しはダメ!!ってか、女の子盾にすんな!!」

「えー、でもこの子 僕らのこと殺そうとしてたんですよ?その罪に男も女も関係なくないですか? そもそもこの弓矢だって僕が放ったわけじゃないからこれで死んだとしても別に僕の罪は無いと思うんですけど。あの人のせいでしょ?」

 視線を送ると、ベストを脱ぎ捨てた先ほどのリーダーが弓を構えているのが見える。

 矢があの弓から勇者を狙って放たれたことに疑問の余地は無いだろう。

「それでも、結果としてアンタがこの子を盾にしたことで人が死ぬならそれをアタシは許さないわよ」

「そうですか……えいっ」

 突然勇者が女の子をぽいっと放り投げると、女の子が凄い勢いでリーダーのところへ飛んでいく。

 純粋なパワーと風の魔法の組み合わせで実現した不自然な動きだ。

「んなっ!?」

 驚きの声を上げて、とっさに弓を捨てて女の子をキャッチする。

「だ、大丈夫か!?」

「ア、アニキィ!あいつやべぇよ!!異常だよ!!」

 女の子が泣きながら訴えてるところへ、忍び寄る勇者。


「ああ、やっぱり仲間でしたね」


 そう声を上げた瞬間にはもう近くで剣を振り上げていた。

「「ひいぃぃいぃぃぃいいいぃーー!!!」」

 放たれる純粋な殺意に、リーダーと女の子が死を覚悟して悲鳴を上げたが、剣は二人に触れる直前で空気の壁のようなものに弾かれる。

「だーーかーーらーー!!すぐ殺そうとするな!!」

 慌てて追いかけて来つつ壁を展開した女神様。

 奇跡ポイント大盤振る舞いです。

「そうは言うけど、こんなやり方で人を騙そうとするやつら、ほっといたら次々と犠牲者が出ますよ。というかそもそも手慣れてたし初めてじゃないでしょこの人たち。今まで犠牲になった人もいるんだから殺した方が世のため人の為でしょ?」

 理屈を口にしながらも何度も何度も振り下ろされる剣がその度に空気の壁に弾き返されるが、壁がハッキリとは見えない為に何度も死の恐怖を感じる二人はもはや意識を失いかけていた。

「それでもよ。どんな命でも尊いものよ。……とは言え、もちろんこんな人たち……ほっとくわけないでしょ!!」

 キッ!!と女神が射貫くように睨みつけると、二人の周囲にだけ突然竜巻が発生し、巻き込むように二人を空高く舞い上げる!!

 竜巻はそのまま離れた位置で様子を伺っていた仲間たちや、逃げ出していた仲間も追いかけて巻き上げた。

 しばらくの間、竜巻の鳴らす風の音に混じって人々の悲鳴が聞こえていたが……現れた時と同じように竜巻が今度は突然消滅すると、10メートルほどの高さから6人が落下してきて、地面に叩きつけられて意識を失った……。

「……いや、これはこれで死ぬんじゃない?」

 一部始終を眺めていた勇者がぽつりとつぶやく。

「だ、大丈夫よ。着地の寸前に一応少し風でガードしたから……大丈夫、よね?」

 心配になったのかそっと倒れた人間たちの様子を伺う女神様。

 完全に不安が顔に出ているが……その顔が、ぱっ!と晴れた。

「大丈夫!!ギリ生きてるわ!!」

「ギリかい」

「ギリでも生きてることが大事なのよ!っていうかギリで良いのよこんな奴らは!!」

 顔を真っ赤にして怒鳴る女神様。

 どんな命でも尊いとはなんだったのか。

「じゃあ、ギリギリのところに僕がとどめ刺しときますね」

「はいはいよろしくー、ってちがーーう!!」

「……女神ってノリツッコミとかするんですね。有史以来初じゃないですか?女神のノリツッコミって」

「女神もね、長く生きてると俗っぽくなるのよ。永遠に浮世離れした存在ではいられないのよ!」

 そんな話をしながらも、手際よく盗賊たちを縄で縛りあげていく女神様。

「で、どうすんですかこの人たち」

「どうってなによ」

「いやだって……警察……は無いか、でもなんか治安維持の組織あるんですよね。その人たちって、電話で呼んだら来てくれるんですか?」

「うん、まず電話が無い」

「異世界にスマホ持ち込めるのってもう常識じゃないんですか?」

「常識じゃあない」

 スパっと言い切られた。常識ではないようです。

 まあ、仮に持ち込めたとしても相手が電話持ってないなら呼び出せないことくらいはいくらサイコパスでも理解してるので、さすがにこれは冗談だと受け止めるべきだろう。

「じゃあどうすんですか。ここにほったらかしておくんですか?」

「確か狼煙を上げたら来てくれるのよ。そのくらいの物なら女神の力で出してあげるわよ、ほら」

 何もない空中から突然、ダイナマイトのような紐の付いた筒が出てくる。

「へー、これに火をつけると煙が出るんですか?」

「そうよ」

「どうせなら、こいつら木の上に吊るして狼煙で燻して良いですかね」

「……何のために……?」

「……逆に、何でやっちゃダメなんですか?」

「質問に質問で返すな!」

「なんでですか?」

「うるせぇー!!こいつうるせぇーー!!」

 なんかもう色々面倒になった女神は、まあ別に死なないからいいか、という理由で狼煙で燻すことを許可したのでした。



 

「やっぱり、殺した方が良かった気がするんですよね」

「まだ言ってんの?」

 あの後、狼煙でやって来た警察的な組織に盗賊たちを引き渡し、ひとまず事件は一段落したが、勇者は納得してないらしい。

 ちなみに警察的な人たちは盗賊が燻されている事に驚いていたが、なんとなく触れない方が良いと察してそこはスルーしたようです。

「だって生かしといても何の意味もないっていうかむしろマイナスじゃないですか」

「意味とかじゃないの。生きてる事に意味があるのよ」

 もう何度目かわからないに多様な問答にため息をつく女神。

 しかそこでふと気づく。

「……そういえば、さっき珍しく他人の為に動こうとしたわよね。あいつら常習犯っぽいから被害者の為にも殺した方が良い、とか。まあすぐ殺すとか言うのはどうかと思うけど、他人の気持ちも考えられるようになって嬉しいよ女神は。人は成長するのね」

 感慨深そうにうんうんと頷く女神だったが……

「ああそれ、そう言った方が殺して良い雰囲気になるかなーと思っただけです」

「―――――は?」

「だって、一番わかりやすい大義名分でしょ、「正義のために」なんて。それさえ掲げれば人を殴っても殺しても許されるって、みんな思ってるじゃないですか。バカみたいですよね」

 その言葉に、大きくため息を吐く女神。

「あんたねぇ……なんでそんなに殺したいの?」

「え?別に殺したくなんて無いですよ。ただ、その方が手っ取り早い、って言うだけですよ。わざわざ警察的な人たち呼んで引き渡したりなんてしなくても、殺してすぐ横の森にでも放り込んでおけば動物とかが処理してくれるか土にかえるんですから、それでいいじゃないですか」

 女神は思い出した。

 サイコパスとは快楽殺人者では無いのだと。

 人の気持ちを理解できず、良心や常識を持ち合わせず、自分の利益の為に行動する。

 殺人はその為の手段にすぎないのだ。

 他人の気持ちも、命も、ただただ軽い。そういう考え方なのだと。

 そして女神は決意を固める。


「――――よーしわかった。私はこの旅の中で、絶対にあなたに人間らしい心を理解してもらうわ」

「人間らしさってなんですか?」

「人間を人間足らしめてるのは、社会活動なのよ。社会の中で人と関わりあいながら文化圏を作り共存共栄をしていく。それが肉体的には力の弱い人間がここまで生き延びられた最大の利点なのよ」

「でも僕、チートで最強だから一人で良いんですけど」

「ほんとに?私が居なくてもいい?」

 その問いかけに、少し考え込む勇者。

「……いや、女神様には居て欲しいですね。便利だし可愛いし」

「―――……っ、そ、そうでしょう!?私が必要でしょう!?だったら、他にも必要な人に出会えるかもしれない。そういう人と関係を築くには必要なのよ社会性が」

「……ふーん」

「わかって無いわねアンタ……まあいいわ、いつかわからせてみせるから」

「はーい、楽しみにしてまーす」

 面倒になったのか話を打ち切って歩き出す勇者と、その後ろでわーわーと人の道を説く女神。


 二人が世界を救うのは、まだまだずっと、先の話だ――――


              おしまい。

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サイコパス勇者は今日も世直し。 猫寝 @byousin

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