第2話 とにかく面倒臭い

「はぁ~~~……」

 森の中を突っ切るように整備された道を歩いてる勇者の横で、空中に浮いたままうなだれている女神様。

「どうしました女神様。だから言ったじゃないですか、拾った牛のフンなんて食べたらお腹壊しますよ、って」

「言われた記憶は無いし拾わないし食べない!アタシ女神よ!?」

「ははは、人だってしませんよそんなこと」

「……あんたと会話すると頭がおかしくなりそうだわ……」

「あざまーす」

「ていやっ」

 神の雷。しかしダメージは薄い。

「拾った木の実ならあるけど食べます?今のでちょっと焦げましたけどむしろ香ばしいですよ」

「食べるわよ!」

「食べるんだ」

「食べなきゃやってらんないわよ!!毎回毎回あんたの尻ぬぐい大変なんだから感謝してほしいんだけど?」

「尻ぬぐい、ってちょっとエッチな言葉っぽいですよね」

「感謝の前にそれが出るの……?」


 そんな、ほぼ意味のない会話をしながら二人が歩いていると(正確に言うと女神様は浮いているが)、突然叫び声が聞こえて来た。

「きゃああ!!助けて!!」

 空気を切り裂くような女性の悲鳴が森の中に響く。

「今のは何!?」

「悲鳴じゃないですかね」

「助けに行くわよ!」

「……え、意味わかんない」

「わかんないことあるか!!悲鳴が聞こえたら駆けつけるんだよ!!勇者ってそう言うもんでしょ!!」

「既成概念に縛られる生き方って疲れませんか?」

「うるせぇな動けよ!!」

「メリットが無いので」

 頑なに動かない勇者。

 何ならさっきまで歩いていたのに今はもう足を止めている。

「あーもう!!だからさ、ほらあの……こういう場合、助けた女の子が可愛かったりしたら惚れてくれたりとか、そういう出会いだったりするじゃん!!アンタがいくらサイコパスでもそれなりの年齢の男性なんだから、女の子に興味あるでしょ!?」

「んー、でもなぁ」

「なによ!?」


「僕が人生で出会った中で一番かわいい女の子って女神様だからなぁ。それ以下の女の子助けても意味無くないですか?」

 

 その、あまりにもするっと飛び出した発言に、一瞬意味が理解できずにフリーズする女神様。

 1、2、3秒後……

「は、はぁ!?あ、アンタ今、なに、なに!?それどう、どういう!?」

 混乱と赤面により、空中で縦横無尽にくるくる回転し始める女神様だったが、そこへ―――

「た、助けてください!」

 舗装された道の左右に茂る森の中から、一人の女性が飛び出してきた。

 服のあちこちが切り裂かれて肌があらわになっている様は少しセクシーに見えるが、それどころではない必死の表情で勇者の方に駆け寄って来る。

 棒立ちのまま動かない勇者の背中に隠れると同時に……


「待てコラァ!!どこ行った女!!!」


 明らかに堅気の人間ではないと思われるガラの悪い成人男性たちが、女性が来たのと同じ位置から飛び出してきて、すぐに勇者たちの方に駆け寄ってくる。

「ああーーーーこれ面倒臭いやつだなーーー……123……3人かぁ」

 すぐさま現状を把握する勇者。優秀ではあるのだ。

 その3人のうちの一人が大きな斧を構えてにじり寄ってきた。

「女をこっちによこしな」

 人数有利の余裕からなのか、茶色い髪と髭がボサボサの男はニヤニヤと嫌らしい笑顔と勇者たちを見下す空気をまとっている。

 おそらくリーダーなのか、他の2人がボロボロのシャツとズボンなのに対して、一人だけ丈夫そうな生地で作られているゆったりとしたズボンと、いかにも山賊という感じの袖の無い毛皮のベストのような服を着ている。

 ただここは山ではないので、山賊というのもおかしな話だ。

 シンプルに盗賊と定義しておこう。

 そんな盗賊の足が止まり、ビクッと一瞬たじろいだ。

「うおっ、なんだお前その、そこの女!なんで浮いてる!?」

 女神が浮いていることに対する、当然の疑問だ。

 基本的に神が地上に降りて姿を現すことのないこの世界で、浮いてる女性という存在はあまりにも異質すぎる。

 しかしそれに対して女神は、あっさりと一言だけ答える。

「魔法よ」

「……そういう魔法があるのか?」

「あるわ」

「そうか、じゃあまあ良いとして……仕切り直しだ!その後ろに隠れた女をよこしな!」

 本当はそんな魔法は無いのだが、魔法に対する知識が無いので簡単に騙されてくれたようだ。知識を蓄えることがどれだけ大事なのか痛感する出来事ですね。


「ひとつ聞いても良いですか?」


 しかし勇者は流れを無視して、突きつけられる剣に対しても相変わらず表情を変えることなく質問する。

「なんだ?命乞いか?」

「その服、格好良いと思って着てるんですか?」

 勇者に空気を読むという概念は存在しない。

 なぜならサイコパスなので。

「テメェ殺されてぇのか!?」

 それゆえ、こうして頻繁に人を怒らせるのだが、本人はそれが理解できない。

 他人の気持ちや心を察するという事を知らないのだ。

「殺されたい人間なんてこの世に居ると思います? 自殺願望のある人でも、殺される相手は選びたいと思いますよ」

「口のへらねぇガキだな……!」

「口って減るんですか?」

「てめぇ……!」

 空気が冷えていくような感覚。しかしそれすら勇者は感じ取れない。

 今すぐに、一秒後にはこの張り詰めた糸が切断されて殺し合いが始まってもおかしくない。

 この場に居る通常の感覚を持つ人間は全員――――命のやりとりを始める覚悟を決めようとして―――――


「だまらっしゃーーーい!!」


 凍り付いた空気をバッキバキに砕き割る勢いで、女神がどこかから取り出したハリセンで思い切り叩いた。もちろん、勇者の方を。

 破裂音のような小気味良い音が森の木々に反響すように響いた!

「痛い」

 本当はそれほど痛くない。

「アンタねぇ、ホントいい加減にしなさいっ!!そうやって余計な事言うからトラブルに巻き込まれるんでしょうが!」

「余計な事は言ってない、ホントの事だけ言ってる」

「それがダメだっての!」

 今度は下から上に、アッパーのように炸裂するハリセン。

 スパーンと良い音が鳴り響く。

「本当の事でも言っていい時と悪い時があるの!っていうか、基本的に本当の事ってだいたい言っちゃ駄目だから!!本当の事なんて、喧嘩になる原因一位なんだから!」

「なんで?」

「だって見たらわかるでしょう!?あんなダサい服、着たい人しか着ないのよ!そういうセンスなのよ!!そこを突っ込むのは、あなたダサいですね、って言ってるようなものなのよ!」

「……その通りだから良くない?」

「良くはないっ!!」

 スパパーン。

「ダサい人にダサいですねって言うのは絶対だめよ!だってかわいそうじゃない!あの変な毛皮ベストだって本人はイケてると思ってるのよ!?現実を突きつけないであげてよ!自分に酔わせてあげてよ!たとえ陰で笑われてたって、気付かなければそれは幸せなのよ!」

「笑われてるかな」

「笑われてるに決まってるでしょ!!仲間たちは誰も着てないのが証拠よ!!全然憧れてないのよ!!でも言い出せないのよ!それが優しさなのよ!!」

 そんな二人の会話が繰り広げられている横で、何も言わずにゆっくり毛皮のベストを脱ぐリーダーらしき男。

 目には少し涙が溜まっている。

 何も言えないでいる部下たちに、リーダーは震える声で問いかける。

「お前ら……これ、ダサいって知ってたのか……?知ってて陰で笑ってたのか…?」

「笑ってません!」「そんな、とんでもない!!」

 口々に否定の言葉を吐き出す部下たち。

 両手を前に出し、首をぶんぶん振りながら、「大丈夫です!」「ダサくないです!」「最高に似合ってます!!」と励ましの言葉を贈る。

「……じゃあお前、これやるよ」

 リーダーが、部下の一人に毛皮のベストを差し出す。

「えっ、あ、あ、ありがとうございます!いやぁ光栄です!!まさかリーダーのこの、すごい、素敵な、あの、イケてる服を頂けるなんて!」

「そうか、じゃあお前、明日からそれ毎日着ろよ」

 涙目でそう詰め寄るリーダーに、部下の動きが一瞬止まる。

「いや、その……毎日はちょっと……尊敬するリーダーから頂いたものだから家宝にしたいっていうか……恐れ多いというか……寒い時期でもないのに毛皮はちょっと暑いというか……」

 目が泳いでいる。釣りたてのカツオを両手でがっちりつかんだ時くらいの暴れっぷりをする視線。それは泳いでないのでは?と言う疑問は浮かんだ傍から捨ててください。

「やっぱりダサいと思ってんじゃねぇかーーー!!」

 斧を振り回すリーダーと、逃げ惑う部下たち。

 そしてそれを他人事のように眺める勇者と女神。

「ほら見なさい、本当の事が争いの原因になってるでしょ?そういうものなのよ」

「……今の流れで一番悪いのは女神様なんじゃないか、という事は僕にもわかりますけどね?」

「……まあともかく、ちょうど良いわ。今のうちに逃げるわよ」

「逃げるんですか? こうなったら別に戦うのも逃げるのもどっちも面倒というか……むしろ逃げる方が面倒まであるんですけど」

「ダメよ、戦ったらアンタ平気で殺すでしょ。アタシはね、もう二度とアンタに人を殺させないって誓ったのよ」

「はあ、そうなんですか……じゃあ……」

 勇者は会話の途中で突然後ろを振りむいて手を伸ばしたかと思うと、背中に隠れていた先ほど逃げてきた女の子の手を掴んで、思い切り上へと持ち上げた。

「痛いっ!!」

 その力の強さに女の子は声を上げる。

「ちょっとアンタ何を――――」

 しかし、それを制止しようとした女神の動きが止まる。


「じゃあ、この子も殺さないようにしないといけませんね」


 そう呟いて勇者が手に力をこめると、女の子の手に握られていた短刀が、ゆっくりと手を離れ、地面に落下して石にぶつかり甲高い音を響かせた。


「くっ……どうして、どうして気付いたの……!?」


 完全に背後から虚を突けると思っていた女の子が、痛みに顔をゆがめながら疑問の声を上げた――――。






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