第13話 立派な行列が近づいて来る!


 雪華は手紙に視線を落とした。書かれているのは間違いなく姐姐の字だ。


『白い糸を切ると原因の相手に災返る、黒い糸を切る時は助けたい相手のために――……』


 目を凝らしてみても、その続きはすみにじんで読めない。

 雪華はしばし茫然とした。

 ……一体どういうこと? 『白い糸を切ると原因の相手に災返る』――災返る、ですって?

 おそるおそる顔を上げ、遠くに立ち上がる炎と煙を眺める。

 あの時――熊は雪華の腕を掴んでいた。雪華は嫌悪を覚え、奇妙な感覚に囚われた。視界が揺れ……そして白い糸が自分の腕にからみついていることに気づいたのだ。雪華は咄嗟に姉から預かった鋏で白い糸を切った。

 そのすぐあとだった。

 豆妹が火事を知らせるため駆け込んできたのは……。

 じゃあ……私が白い糸を切ったから、それが原因で、熊の屋敷が燃えたということ?

 いえ――そんな馬鹿な!

 雪華は基本的に怪奇現象のたぐいを信じていない。頭ごなしに「絶対にありえない」と断言することもないけれど、奇妙なことが起きた時にはまず冷静に受け止め、分析する癖がついている。それは「何事も深く考えれば答えが出る」と姐姐に教わったからだ。

 世間には「神秘的な力を持つ者」と自称する道士どうし巫女みこが多く存在し、当たり前のように受け入れられている。だから物事を論理的に検証しようとする姐姐や雪華の在り方は、異端といえば異端なのだった。

 ただ今回ばかりは……雪華は頭が混乱してきた。

 一度は疑う癖がついているにもかかわらず、これは怪異だと雪華も認めざるをえない。だってこの目で実際に見ているのだ――切った途端にあとかたもなく消失した、不思議な白い糸を。

 その少し前に、視界いっぱいに色とりどりの糸が交差して消えるのも見た。

 そうだ……不思議な糸には複数の色があるということよね? 雪華が実際に切断したのは『白い糸』だが、姐姐の手紙には『黒い糸』についても触れられている。

 黒い糸を切る時は助けたい相手のために、か――……どういう意味だろう。分からない。


「ええと……手紙、中は無事だった?」


 水に浸したことをまだ気にしているらしく、豆妹がためらいがちに尋ねてきた。手紙に目を通した途端、雪華が深刻な顔で考え込んでしまったので、ふたたび不安になったのだろう。

 雪華は豆妹に微笑みかけた。ああ……どうか頬が引き攣っていませんように……。


「ちゃんと読めたよ。大丈夫」


「そう?」


「豆妹が届けてくれて助かった」


 雪華は手紙を畳み、懐にしまい込んだ。ひとりになってから、あとでよく確認してみよう。ここで手紙に気を取られて思い悩むさまを、幼い子供に見せるのは良くない。


「そういえばね、姐姐の後ろ――だいぶ離れたところに、見たことがない男の人がいたよ」


 豆妹が意外なことを言い出した。


「男の人?」


 雪華は思わず眉根を寄せる。

 豆妹はちょくちょく団子屋に遊びに来るので、当家の人間関係は大体把握している。

 記憶力が良いらしく、「一度見た顔は忘れない」そうだ……そんな豆妹が「見たことがない」と語っているのだから、村の人間ではないし、近隣に住む常連客でもない。

 そうなると……姐姐と一緒にいた男というのは誰?


「どんな人だった?」


「まだ若い男の人。しゅっとしてた」


 まさか、恋人……? 雪華の鼓動が速まる。

 だけど……姐姐にそういう特別な相手がいるなんて、本人から聞いたことがない。どうして姐姐はその人を私に紹介してくれなかったの? 今朝は慌てて出て行ったのだとしても、これまでにいくらでも機会はあったはず。

 考え込んでいると、


「ん――あれ? 通りの向こうから、立派な行列が近づいて来る!」


 不意に豆妹が雪華の背後を指差し、声を裏返らせた。

 行列……? 雪華が振り返ると、確かに大勢の人間がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。地元の人間ではない――それはすぐに分かった。身なりが皆上等で堂々としている。馬に乗っている人もちらほらいた。馬車も何台か……。

 あの人たちは誰? そしてこの山村になんの用があるのだろう?

 行列の人たちは、熊の実家が火事になっている件とは関係がなさそうだ。地主の屋敷が燃えていると聞き、縁故があって駆けつけたわけではないらしい。何人かはチラチラと山の上のほうの火事を気にしているが、必要以上に案じている素振りもない。あくまでも他人事といった風情である。


「豆妹――店の中に入りましょう」


 雪華が促すと豆妹はこくりと頷き、飛びつくように腕をからめてきた。大勢のよそ者が村に入って来たので、幼いこの子はそばにいさせたほうがいい。

 さて――鬼が出るかじゃが出るか。

 雪華は姿勢を正し、もう一度行列を一瞥いちべつしてから豆妹と一緒に店の中に戻った。

 この時点ではまだ気づいていなかった――彼らの目的地がこの団子屋であることに。


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