第12話 一度水に浸かった手紙


「姐姐の頼みごとはなんだったの?」


「手紙を預けていった」


「手紙?」


こくになったら団子屋に持って行ってと言われた」


 巳の刻はちょうど今――ひるの一刻前だ。なぜ早朝に届けるのではだめだったのだろう?

 そもそも姐姐は雪華に対して、鋏と一緒に置手紙をしている。それには『鋏を預ける。肌身離さず持ち歩くように。燕珠』と書いてあったのだが、豆妹にはまた別に手紙を預けたというのがせない。

 団子屋に持って行けと指示したとのことだから、そもそも隣家に宛てたものではないようだし……二通用意して、どちらも雪華宛。一度で済まさず、時間差で雪華が読むように工作したのはなぜなのか。


「見せて」


 雪華が手のひらを差し出すと、豆妹が初めてためらいを見せた。


「あの……あのね? 預かった手紙、汚しちゃったの」


「何かあったの?」


「巳の刻に届けなくちゃと思って、ずっとそわそわしてたんだけど……」


 豆妹は真面目で素直な子だから、大好きな姐姐から頼まれて、必要以上に責任を感じてしまったのだろう。すぐに届けたいという気持ちを抑え、時間が過ぎるのをじりじりと待っていたようだ。

 それを聞き、雪華は思わず眉尻を下げた。

 豆妹のけなげさに心打たれたというのもあるし、いなくなった姐姐を案ずる気持ちもあった。様々な想いが込み上げてきて胸がきゅうっと締めつけられる。

 安心させるように豆妹の頭を撫でてやると、ホッとした様子でこちらを見上げてきた。


「それでね、私……手紙を持ってあちこちうろうろしてたら家の外で転んじゃって……水たまりに手紙の端っこがついちゃって」


「豆妹、転んだ時に怪我はしなかった?」


「うん」


「それならよかった。手紙を汚したのは問題ないから見せて」


 一度水に浸かった手紙か……嫌な予感がしたが、幼い豆妹を責める気持ちにはなれない。それで「問題ない」と告げた。

 豆妹は安心したようで、懐から手紙を取り出して渡してきた。


「転んだあとは手紙の水を拭き取って、懐に入れてこれ以上汚さないようにした。そのまま巳の刻が来るのをじっと待ったんだ――家の玄関から見て、お日様が桑の木のてっぺんに来たら、大体巳の刻でしょう? それで玄関口に立ってお空をじっと見ていたら、地主様の屋敷から煙が上がったのに気づいたの」


 なるほど……だから豆妹は遠方の火事をいち早く知ることができたのか。そして今はちょうど巳の刻であり、火事の知らせとは別に、豆妹が律儀に約束の時間を守ったことにも驚かされた。

 雪華は豆妹を優しく撫でてやった。


「手紙を時間通りに届けてくれてありがとう。それから火事の件も、豆妹が知らせてくれたおかげで、ゆう殿はすぐに帰ることができた。今日はふたつも良いことをしたね」


「そうかな」


 豆妹が照れてもじもじしている。


「そうだよ。豆妹はすごい」


 手紙を読む前に、雪華は豆妹を心からたたえた。内容に目を通したあとは取り乱してしまうかもしれないので、まず言っておきたかった。

 へへと嬉しそうに笑う豆妹と笑みを交わしてから、慎重に手紙を開く。

 緊張で少し手が震えた。豆妹がここにいてくれて助かった……他人の目があると思えば、いくらかシャキッとする。


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