第6話 地主の馬鹿息子をこらしめる
痛い……あとで痣になるかもしれない。思わず眉根を寄せ、迫ってくる熊を見返す。
すると。
「俺のことは姓ではなく、親しみを込めて
なんだそれは――そんなつまらないことで不機嫌になったの? 咥えていた母の乳が離れてぐずり出す赤子くらい辛抱がないわね!
「いえ、無理です」
「雪華――」
ここまでの流れで艶っぽい空気は一度も流れていないはずなのに、熊が口づけをせがむように顔をさらに近づけてきた。
もしかして熊の脳味噌は連日の深酒でとけてしまったのか?
雪華はぞわりと鳥肌が立ち、とっさに掴まれていないほうの腕を動かして、熊の顎をガツンと押し上げた。
「む――おい――手をどけろ」
噛み合わせが変になった熊が、くぐもった声で唸る。
「どけるわけないでしょ」
雪華も苛立ち、熊を睨み上げた。
「このお転婆娘め――いつもは燕珠がいるから退いてやっていたが、邪魔者のいない今こそお前と口づけしてやるからな」
「なんの宣言だ黙れ変態」
雪華のほうも余裕がなくなり、ぞんざいな口調になる。
ああまったく――姐姐がいなくなってまだ半日もたっていないのに、こんなことになるなんて!
先ほど熊には姐姐の不在について「ちょっと出かけているだけです」と説明した。つまり熊は「燕珠はすぐに戻るけれど、今はたまたま不在」の認識で、ここまで大胆な行動に出たわけだ――そうなると姐姐が長いこと戻らなかったら、この先一体どうなるのか見当もつかない。
雪華は深く息を吸い、すっと瞳を細めた。
ひとつ、ふたつ、三つ――……熊の呼吸を読み、合間を見計らってまず脱力する。そこからの雪華の動きは速かった。
掴まれていた手首を無駄なく回して拘束を解き、逆に熊の親指を掴んで捻り上げる。熊からすると『ふと気づいたら、なぜか腕を捻られていた』と感じたはずだ。
「い、痛でででででで……‼」
「やろうと思えばこのまま骨を折れるけれど……」
「や、やめてくれ! ごめんごめん!」
熊が詫びるのを聞き、雪華は目を瞠った。
おっと……この尊大な男が誰かに謝ったのは、これが人生初なのではなかろうか?
ただひとつ問題なのは、熊自身がなぜ詫びる必要があるのか理解しておらず、心が一切こもっていないことだろう。単に痛みから逃れるために、薄っぺらい謝罪を述べているにすぎない。
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