第5話 痴漢男が来た
団子を作り終え、丁寧に身支度を整えてから店に出る。
粉をこねて丸めてから大量の湯でゆがき、釜揚げでゆで汁ごと碗によそって提供されることが多い。
ところが向家の団子屋では、竹串に刺した状態で販売している。
これは昔、姐姐が考案したやり方だった。「客が帰ったあと、碗とレンゲを洗うのが面倒くさい」という理由からそうすることにしたらしいのだが、「面倒くさい」と思っただけで終わらせずに、「どう工夫をしたら面倒ではなくなるのか」まで思考を進めるのが、姐姐のすごいところである。
しかもこれを考えついた時、姐姐はまだ十二かそこらだった。姐姐は子供の頃からいつも何かを深く考えていた。
もっと良くできるはず……日々知恵を絞って妥協しない姐姐の背中を見て育ったため、雪華にも自然とその生き方が身についた。
困ったら解決方法を考える――そうしたらきっとなんとかなる。
店に出た雪華は、
串で売ると洗いものが減るのはもちろんだが、持ち帰ってもらえるという利点も大きい。客がすぐに帰ってくれれば、空いた時間を勉強に当てられる。
生活のすべてに姐姐の工夫が詰まっていて、雪華はたまらない気持ちになった。
店に出たら気が紛れるかと思ったのだけれど、胸が押し潰されそう……。
団子屋の店舗は台所の隣で、引き戸で仕切られているだけ。店も生活の一部だから、どこを見ても姐姐を思い出す。
店を開けてすぐに、四人ほど客が立ち寄った。山村のわりに客が多いのは、ここ
接客を終えてひと息ついたところで、五人目の客がやって来た。
「――雪華、店なんて閉めて、裏山に
訪ねて来た
いつ見ても彼は落ち着いていたことがなく、軽薄に騒いでいるか、つまらない理由で不機嫌にむくれているか――基本的にはそのどちらか二択だった。
今日は『軽薄に騒ぐ日』みたいね……。
ちなみにこの地方で「海棠を見に行こう」は男女の秘めごとを意味する。綺麗な花でも見て心を和ませましょうという
この男が地主の息子じゃなければ、「海棠」と口にした瞬間に店から叩き出しているところだわ……雪華は熊の顔を眺め、微かに瞳を細めた。喧嘩をしてもこちらには益がないので、口角は微かに上げた状態を保つように気をつけた。
「店を閉めるわけにはいきません」
雪華が淡々と返すと、熊がぐい――と身を乗り出して来た。ふたりのあいだには団子皿が載せられた頑丈な案があるのだが、彼は天板に手を突き、台を乗り越える勢いで雪華のほうに顔を寄せてくる。
「店番は
姐姐の名前を持ち出されて、雪華はドキリとした。熊は昔から姐姐を嫌っている。
熊のように
「ちょっと出かけているだけです、それより――」
食べものに平気で覆いかぶさるという、この男の無神経さが信じられない。
雪華は団子の載った大皿に手を伸ばし、それを熊から遠ざけるように案の端に移した。人の口に入るものが狼藉者に汚染されるのは耐えられなかった。
するとその手をガシッと乱暴に掴まれ呆気に取られる。
「は、
ふりほどこうとするが、熊はますます力を込めて雪華の手首を握り締めてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます