第2話 包茎おろちンポ

 歩いて15分ぐらい。

 メアリーの後ろ姿を追いかけた。

 彼女が歩くたびに金色の髪が揺れて桃の匂いが漂っていた。

 スラッとした足が迷いなく、前へ進んで行く。

 どうして俺はこの人に付いて行ってんだろう? 付いて来い、と言われたけど決して従わなくていいのだ。

 だけどメアリーには人を従わせるナニカがあって、一般ピーポーの俺は従ってしまった。



 彼女が俺を連れて来た場所はマンションの一室だった。

 女子の家に……しかも生徒会長であらせられる虎尾メアリー様の家に入るなんて、胸がドキドキするイベントだったけど、失恋のショックで、胸のドキドキは相殺されてしまっていた。


 案内されて居間に行く。

 引っ越す前の家みたいに部屋には何も置かれていなかった。

「趣味の部屋なのよ」

 とメアリーは言った。

「……趣味?」

 何も置かれてない、この部屋が趣味?

「趣味でマンションの一室を、借りてるんですか?」

「借りてるんじゃないわよ。このマンションのオーナーが虎尾のモノなの。そんな事はどうでもいい。勝手に部屋の扉を開けて入らないでよ」


 大金持ち。

 マンション丸ごと持っているって初めて聞いた。


「どんな趣味なんですか?」

 と俺が尋ねると、ゾッとするぐらい冷たい目で見られた。

 もう何も聞きません。


「もうそろそろね」

 とメアリーはスマホを見つめて言った。

 そしてベランダの窓を開けた。

 彼女はゲームのモンスターが描かれているスリッパを履いてベランダに出た。

 

 そしてベランダに置かれている、遠い星を見るための双眼鏡を覗いた。

 まだ空は青い。

 唯一出ている星は、双眼鏡で見たら目が潰れる。

 彼女は双眼鏡を地上に向けていた。

 

 ココはマンションの15階。

 双眼鏡を覗けば下にいる人間を見る事ができるんだろう。


「チェ」

 とメアリーが舌打ちをした。

 彼女の横顔が少しだけ見えた。

 その顔には怒りが宿っていた。あんなに美しい顔なのに、まるで鬼のような目つきだった。

「包茎もコッチ来なさい。最悪なモノを見せてあげる」


 最悪なモノ?


「裸足で降りて来るな。玄関から靴ぐらい取りに行きなさい」とメアリーに言われて、裸足で降りようとした足を引っ込めて玄関に行く。


 最悪なモノを見ずに、このまま帰ろうかと思ったけど、メアリーが見ているモノを見たかった。


 ベランダに革靴を置く。

 そして靴を履いてメアリーに近づいて行った。


 彼女が双眼鏡から顔を離す。

 だけど彼女の般若のような顔はそのままだった。

 俺は双眼鏡を覗き込んだ。

 そこにいたのは、……。


「……ミキ」


 公園で彼女が他の男と一緒にいる姿が見えた。

 2人は寄り添うようにベンチに座っていた。

 隣にいる男は、牛尾田マサルだった。

 短髪で爽やかなイケメンで、誰にでも優しい奴である。

 中学から転校して来て馴染めないでいた俺に親切にしてくれた奴だった。


 双眼鏡から見える2人は親しげで、どこからどう見てもお似合いだった。

 それを見ているだけで、胸の奥に切れ味のいい包丁が刺さったみたいに痛んだ。


 だけど……2人は小学生の頃からの友達で……公園のベンチに座っているのは……友達だからで……。

 

「毎日、2人でベンチに座って喋っているの」

 とボソリとメアリーが言った。


 ミキは毎日のように、どこかに行っていた。

 それはマサルに会うためだったのか。

 ミキの好きな人は……マサルだったのか。


「包茎はあの女と相当、仲が良かったんでしょ?」

「……まぁ」

「それが別の男と一緒にいるのよ。気分はどう? 最悪でしょ?」

「……最悪」と俺は言った。

「私も最悪。あの女を殺したい」

 殺したい?


「あの女と一緒にいる男は……」と彼女が言った。

「私のモノなの」


「マサルの事が好きなんですか?」

「アナタも、あのチビちゃんが好きなんでしょ?」

「……はい」と俺は言った。

なんじ、力がほしいか?」

 とメアリーが鋭い目で言った。

「汝、我と共に2人の恋を邪魔する覚悟はあるか?」

 メアリーが手を差し出した。


 この手を握れば物語が始まる、と思った。

 それは恋愛小説のような甘酸っぱいモノじゃなくて、大好きな女の子を幸せにしない物語である。


 俺は2人の姿を双眼鏡で見た時に思ってしまったのだ。

 俺は彼女のことが好きだから幸せになってほしくない。

 メアリーさんの細くて白い手を俺は握っていた。



包茎大蛇おろちンポ」

 とメアリーが言った。

「それがアナタの新しい名前よ」



 俺はメアリーの手を握っていた。

 ミキとマサルの恋を邪魔することを決意して握手を交わしたのだ。

 俺は彼女の手を離そうとした。

 冷たくて細い指で強く握られて離れない。

 薄々感じていたけど、この女やべえ奴だわ。


「離して下さい」

 と俺は言った。

「これから私のしもべになって従いなさい」

「やっぱり、無理かなぁ、ハハハ」

 と俺は言って、彼女の手を離そうとした。

 でも力強くてメアリーの手が離れない。

 

 メアリーがスマホをイジって、ある動画を再生した。

「月が綺麗だね、って伝えたかったんだよ」と動画で撮られた俺の声が聞こえた。

 

 盗撮されていたんだ。


「月が綺麗って伝えたかったのね」

 とメアリーが言った。

 いっそのこと殺してくれ、と俺は思った。


「この動画をSNSに上げようと思ってるんだけど、どうかしら?」


 そんな事されたら俺の黒歴史が世界に発信されてしまう。


 彼女と共に2人の恋を邪魔する事は、渡りに船だった。

 ミキとマサルの恋は応援できない。

 だけどメアリーのキャラがしんどい。


「はぁ」と俺は溜息をついた。

「わかりました。俺は2人の恋を応援できない。だからアナタに協力します」

「今日から君の名前は包茎大蛇ンポだ」

 とメアリーが言った。

「ゲームでゲットしたモンスターに卑猥な名前を付けるみたいなのはやめて下さい」と俺は言った。

「この動画をアップしようと思うんだけど……」

「わかりましたよ。人前で呼ばないで下さいよ」と俺が言う。

「わかったわ。包茎大蛇ンポ」

「そう呼ばれるの、めっちゃ嫌」


 ようやく彼女の手が離れた。


「それで、どうして鼠谷ミキが好きなの? いや、鼠谷ミキとお月見がしたいの?」

 とメアリーが言った。

 俺の告白をイジるために、好きの事をお月見と言っているんだろう。腹立つ。

「お月見がしたいのに理由が必要ですか?」

「必要に決まってるじゃない。コレから大蛇ンポは大好きな女の子を不幸せにするために頑張るんだから、好きな理由がハッキリしてた方が臨場感があるじゃない」


 大好きな女の子を不幸にする。

 彼女の言っている事は間違いなかった。

 間違いないけど、なんていうか、……不幸せにしたいんじゃなくて、マサルと幸せになってほしくないのだ。ミキのキラキラした青春の1ページにマサルとの恋が描かれるのは嫌だった。それを阻止するのが彼女を不幸せにする結果になっても。


「それじゃあ、なんでマサルの事が好きなんですか?」と俺は質問を質問で返した。

「私が聞いてるの」とメアリーは強い口調で言って、俺のほっぺを結構強めにつねった。

「痛ったたた」と俺が言う。

「SNS」と彼女が滅びの呪文を唱えた。

 俺の告白を世界に発信しようとするな。

「わかりましたよ。言います。言いますから、ほっぺを離してください」

「わかればいいの」とメアリーは言って手を離した。


「とりあえず部屋に入りましょう。ポップコーンとか用意しなくちゃ。コーラも用意しなくちゃ」

 と彼女が言って、スリッパを脱いで居間に入って行く。

「なんで映画を見る気分なんですか?」

 と俺は呟いた。


 何もない居間のフローリングに座る。彼女はキッチンから持って来たポップコーンとコーラを1人で飲んで食べている。俺の分はないらしい。

「それじゃあ話ますね」と俺が言う。

 さっさと恋バナをして、帰ろう。

 とりあえず今日は帰って枕を濡らして眠ろう。

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