彼女が好きだから幸せになってほしくないと思った

お小遣い月3万

第1話 告白

 勝算はあった。

 鼠谷ねずみたにミキと出会って3年。仲良くなって、お互いの家に行き来するようになって、この先の続きがあると思っていた。

 2人とも両親が家にいないおかげで一人暮らしのような状態で、お互いの寂しさを癒すように、お互いの孤独を誤魔化すように、俺達はいつも一緒にいた。


 友達以上恋人未満。


 俺は彼女の肌色に触れた事がない。

 ミキの肌色に触れてしまえば、俺達の関係は壊れてしまうんじゃないだろうか、と思っていた。 

 そう思っていたけど、もう一歩先に関係を進めなくて、彼女の肌色に触れたくて、背の小さい可愛いらしいミキの頭をポンポンと撫でたくて、彼女の制服で隠れている体を見たくて、背のわりには大きな胸の谷間に顔を埋めてたくて、告白を決意した。


 告白さえすれば、彼女のベッドに入ることも、俺のベッドに彼女を招く事もできると思っていた。


 学校からの帰り道。

 見慣れた青い空は初めて見たように新鮮で、9月も半ばなのに半袖のワイシャツは汗で湿っていた。道路には働き蟻のように車が行き交っていて、歩道には俺達と同じように通学路を歩く生徒達がいた。

 いつものようにミキと一緒に帰っていた。

 いつもと同じなのに、街の雑音は耳に入らない。自分の心臓の音だけが聞こえた。


「ねぇ、聞いてるの?」

 とミキが尋ねた。

「えっ、なんの話?」

「晩御飯なにがいいって聞いてるの」

 とミキが尋ねた。


 俺達は晩御飯を交代制で作っている。1人分作るのも2人分作るのも労働時間は同じなので、交代制にして休みを作っていた。


「カレーがいい」と俺が言う。

「またぁ?」とミキ。


 ココが告白のタイミングだと思った。

「歳をとってもカレーを作り続けてほしい」

 と俺は言った。つまり、ずっと君と一緒にいたい、と俺は伝えたのだ。

 もしかしたら、わかりにくかったかな?

 直球に「好き」、と言うと頭が爆発してハゲてしまう恐れがあるので、「好き」を変換して告白したのだ。

 

 ミキが俺を見上げた。

 眼光は鋭く、少し苛立った様子だった。


「俺も歳をとってもカレーを作り続ける」

 と俺は言った。


「ヤダ」とミキが言った。

 

 ヤダ、と頭の中で繰り返される。

 それはカレーを作ることが嫌なのか、それとも歳をとってもカレーを作り合うような関係が嫌なのか? 


「カレー工場にでも就職するつもり?」とミキが言う。


 もしかして彼女は言葉通りに受け取ったのか?


「あっ、そういう事じゃなくて俺のパンツを洗ってほしい」と俺が言う。

 彼女の目はさらに鋭くなる。


「もちろんミキのパンツは俺が洗う」

 と俺は言った。


「最低」

 とミキが言った。

「自分のパンツぐらい洗えよ。カレーからのパンツは、相当キモい」とミキが言う。


「違う違う。月が綺麗だね、って伝えたかったんだよ」と俺は言った。

 恥ずかしさのあまり、耳からはマグマが噴火しそうだった。夏目漱石がアイラビューユーを翻訳した時のセリフが「月が綺麗だね」である。誰もが知る告白のセリフだった。あまりにも伝わらなくてアイラビュユーを言ってしまった。


「月?」とミキは言って、空を見上げた。

「月なんて出てないじゃん」と彼女が言う。


「月は出てない?」と俺は呟いた。

 月は出てない? 夏目漱石語で直すと『あなたのことは愛してないわ』ってことになる。


「バカじゃない? 仁成ひとなりにしか見えてないのよ」とミキが言う。

 夏目漱石語に直すと『あなたの片思いよ』ということになる。


 まさか勝算があったのに、……。


「ごめん。俺、忘れ物したわ。学校に取りに行くから先に帰っていてくれ」

 と俺は言った。

「一緒に付いて行くけど?」

 とミキが言う。

「いいんだ。ミキはこれから用事があるんだろう? 俺、1人で行くから」

 と俺は言って、2人で歩いた道を1人で戻って行く。


 泣いてなんかない。

 涙なんて流していない。

 だって男の子だもん。

 フラれるパターンを考えていなかったから、ショックが大きすぎる。

 

 目的地である学校が見えて来たけど、学校に用事はなかった。

 だから近くの公園に行き、ベンチに腰かけた。

 


 ミキは俺の事を好きじゃないのか?

 俺だけが彼女の事を好きだったのか?

 そんな事を考えると闇に落ちていく。


「フラれたみたいね」

 と近くから声が聞こえた。

 聞きなれない女性の声だった。

 俺は顔を上げた。


 どうして、この人がココに?

 

 そこに立っていたのは生徒会長であり、冷酷パーフェクトヒロインと言われている虎尾とらおメアリーだった。

 彼女は俺を見下ろしていた。


「どうして絶世の美女がココに? という顔をしてるわね」

 と虎尾メアリーが言った。

 絶世の美女とは思っていない。よく自分で言えるな、と思ったけど口に出して言わなかった。

 たしかに彼女は美しい。

 西洋と日本のハーフで、髪も神々しい金色に輝いている。


「ご存知の通り、私は生徒会長の虎尾メアリーである」

 と彼女が自己紹介をした。

 我々は初対面であり、自己紹介をしなければいけない間柄だった。


「俺の名前は……」

 と名前を言おうとしたところで、虎尾メアリーが俺を手で制した。

「アナタの名前は大蛇仁成おろちひとなり

「どうして、俺の名前を?」

「生徒会長だもの。月が綺麗だね、でお馴染みの大蛇仁成って事は知ってるわ」

「……聞いてたんですか?」

「聞こえちゃったのよ。包茎が告白するところを」

「包茎って俺の事ですか?」

「アナタ以外に誰がいるの?」と彼女が俺を見下ろす。


 包茎って顔に出るのか? でも仮性だせ? 日本人の6割は仮性だと聞く。


「フラれたみたいね」

 とメアリーが言った。


「……違う。伝わらなかっただけ」

 と俺が言う。

「フラれたのよ。認めなさい」

 とメアリーが言った。

「鼠谷ミキには好きな人がいる。もちろん大蛇仁成みたいな包茎ではない」

「どうしてアナタが、そんな事を知ってるんですか?」

「生徒会長だもの。メアリー」

 と彼女が言う。

 相田みつおみたいに言うなよ、と思ったけど口に出して言わなかった。

「なんのために、そんな事を調べてるんですか?」と俺は尋ねた。

「少し付いて来てくれるかしら?」

 と彼女が言って歩き始めた。

 仕方がないので、俺は付いて行った。

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