彼女が好きだから幸せになってほしくないと思った
お小遣い月3万
第1話 告白
勝算はあった。
2人とも両親が家にいないおかげで一人暮らしのような状態で、お互いの寂しさを癒すように、お互いの孤独を誤魔化すように、俺達はいつも一緒にいた。
友達以上恋人未満。
俺は彼女の肌色に触れた事がない。
ミキの肌色に触れてしまえば、俺達の関係は壊れてしまうんじゃないだろうか、と思っていた。
そう思っていたけど、もう一歩先に関係を進めなくて、彼女の肌色に触れたくて、背の小さい可愛いらしいミキの頭をポンポンと撫でたくて、彼女の制服で隠れている体を見たくて、背のわりには大きな胸の谷間に顔を埋めてたくて、告白を決意した。
告白さえすれば、彼女のベッドに入ることも、俺のベッドに彼女を招く事もできると思っていた。
学校からの帰り道。
見慣れた青い空は初めて見たように新鮮で、9月も半ばなのに半袖のワイシャツは汗で湿っていた。道路には働き蟻のように車が行き交っていて、歩道には俺達と同じように通学路を歩く生徒達がいた。
いつものようにミキと一緒に帰っていた。
いつもと同じなのに、街の雑音は耳に入らない。自分の心臓の音だけが聞こえた。
「ねぇ、聞いてるの?」
とミキが尋ねた。
「えっ、なんの話?」
「晩御飯なにがいいって聞いてるの」
とミキが尋ねた。
俺達は晩御飯を交代制で作っている。1人分作るのも2人分作るのも労働時間は同じなので、交代制にして休みを作っていた。
「カレーがいい」と俺が言う。
「またぁ?」とミキ。
ココが告白のタイミングだと思った。
「歳をとってもカレーを作り続けてほしい」
と俺は言った。つまり、ずっと君と一緒にいたい、と俺は伝えたのだ。
もしかしたら、わかりにくかったかな?
直球に「好き」、と言うと頭が爆発してハゲてしまう恐れがあるので、「好き」を変換して告白したのだ。
ミキが俺を見上げた。
眼光は鋭く、少し苛立った様子だった。
「俺も歳をとってもカレーを作り続ける」
と俺は言った。
「ヤダ」とミキが言った。
ヤダ、と頭の中で繰り返される。
それはカレーを作ることが嫌なのか、それとも歳をとってもカレーを作り合うような関係が嫌なのか?
「カレー工場にでも就職するつもり?」とミキが言う。
もしかして彼女は言葉通りに受け取ったのか?
「あっ、そういう事じゃなくて俺のパンツを洗ってほしい」と俺が言う。
彼女の目はさらに鋭くなる。
「もちろんミキのパンツは俺が洗う」
と俺は言った。
「最低」
とミキが言った。
「自分のパンツぐらい洗えよ。カレーからのパンツは、相当キモい」とミキが言う。
「違う違う。月が綺麗だね、って伝えたかったんだよ」と俺は言った。
恥ずかしさのあまり、耳からはマグマが噴火しそうだった。夏目漱石がアイラビューユーを翻訳した時のセリフが「月が綺麗だね」である。誰もが知る告白のセリフだった。あまりにも伝わらなくてアイラビュユーを言ってしまった。
「月?」とミキは言って、空を見上げた。
「月なんて出てないじゃん」と彼女が言う。
「月は出てない?」と俺は呟いた。
月は出てない? 夏目漱石語で直すと『あなたのことは愛してないわ』ってことになる。
「バカじゃない?
夏目漱石語に直すと『あなたの片思いよ』ということになる。
まさか勝算があったのに、……。
「ごめん。俺、忘れ物したわ。学校に取りに行くから先に帰っていてくれ」
と俺は言った。
「一緒に付いて行くけど?」
とミキが言う。
「いいんだ。ミキはこれから用事があるんだろう? 俺、1人で行くから」
と俺は言って、2人で歩いた道を1人で戻って行く。
泣いてなんかない。
涙なんて流していない。
だって男の子だもん。
フラれるパターンを考えていなかったから、ショックが大きすぎる。
目的地である学校が見えて来たけど、学校に用事はなかった。
だから近くの公園に行き、ベンチに腰かけた。
ミキは俺の事を好きじゃないのか?
俺だけが彼女の事を好きだったのか?
そんな事を考えると闇に落ちていく。
「フラれたみたいね」
と近くから声が聞こえた。
聞きなれない女性の声だった。
俺は顔を上げた。
どうして、この人がココに?
そこに立っていたのは生徒会長であり、冷酷パーフェクトヒロインと言われている
彼女は俺を見下ろしていた。
「どうして絶世の美女がココに? という顔をしてるわね」
と虎尾メアリーが言った。
絶世の美女とは思っていない。よく自分で言えるな、と思ったけど口に出して言わなかった。
たしかに彼女は美しい。
西洋と日本のハーフで、髪も神々しい金色に輝いている。
「ご存知の通り、私は生徒会長の虎尾メアリーである」
と彼女が自己紹介をした。
我々は初対面であり、自己紹介をしなければいけない間柄だった。
「俺の名前は……」
と名前を言おうとしたところで、虎尾メアリーが俺を手で制した。
「アナタの名前は
「どうして、俺の名前を?」
「生徒会長だもの。月が綺麗だね、でお馴染みの大蛇仁成って事は知ってるわ」
「……聞いてたんですか?」
「聞こえちゃったのよ。包茎が告白するところを」
「包茎って俺の事ですか?」
「アナタ以外に誰がいるの?」と彼女が俺を見下ろす。
包茎って顔に出るのか? でも仮性だせ? 日本人の6割は仮性だと聞く。
「フラれたみたいね」
とメアリーが言った。
「……違う。伝わらなかっただけ」
と俺が言う。
「フラれたのよ。認めなさい」
とメアリーが言った。
「鼠谷ミキには好きな人がいる。もちろん大蛇仁成みたいな包茎ではない」
「どうしてアナタが、そんな事を知ってるんですか?」
「生徒会長だもの。メアリー」
と彼女が言う。
相田みつおみたいに言うなよ、と思ったけど口に出して言わなかった。
「なんのために、そんな事を調べてるんですか?」と俺は尋ねた。
「少し付いて来てくれるかしら?」
と彼女が言って歩き始めた。
仕方がないので、俺は付いて行った。
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