死の見送り人
佐々井 サイジ
第1話
ここの信号は待ち時間が長い。昨日までは暖冬だと思っていたのに、今日は最高気温が三度しかなく、待ち時間が鬼のように長く感じた。冷気が鋭く肌が出ている首や手を切りつけるような痛みに襲われた。
「もしもし」
背後から肩を叩かれた佐々木は振り返った。ハットを被りコートの中にはスーツ姿の男が、佐々木をにこやかに見つめていた。
「あ、どうか、されましたか?」
道でも訊かれるのかと佐々木は思った。だが、今どき、道など人に聞かなくてもスマートフォンで検索する方がすぐにわかる。
「突然で驚かれるかと思いますが、佐々木さんは数日後にお亡くなりになります」
「え、は?」
男はにこやかな笑みを絶やさぬまま意味不明の発言をした。佐々木は言葉が呑み込めず言葉が出てこない。
「信じられないことは無理もありません。ですが事実です」
「あ、あなたは誰ですか?」
「私に名前はありません。どんな名づけをいただいて構いません。トムとかジェリーとか、ハリーとかポッターとか、それからロードとかオブザとかリングとか、何でも構いませんよ」
ふざけているのか。もしかしたらかなり狂人に絡まれたのかもしれない。あたりを見渡すと、信号待ちをする人々は視線を落とし、スマートフォンを見ている。きっと自分に飛び火しないようにしているのだ。あいにく信号はまだまだ変わる気配がない。
「これはねえ、なかなか信じてもらえないんですよ。信じてもらう前に亡くなられる方もけっこういますしねえ。そこで私、考えたんですけど、今から予言をします。えっとですね、あ、この方」
男は突然佐々木の目の前にいる男を指差した。かなり男は大きい声を出していたが、目の前の男は振り向く気配がなかった。
「信号が変わって歩き出したとき、この方ポケットからナイフを取り出して人々に襲い掛かります。幸い死人が出る前に数人によって取り押さえられ、現行犯逮捕されます」
「あんまりでたらめ言わない方がいいですよ」
そうこう言っているうちに信号が変わった。佐々木は男から離れるように早歩きで渡るものの、ハットの男はしつこくついてくる。
「もうついてこないでくださいよ」
「いやいや、これが私の仕事なもんで」
「ついてくることが?」
「いえ、寄り添うことが」
突然、野太い咆哮が聞こえた。振り向くと、先ほどまで目の前にいた男がサバイバルナイフのようなものを片手に横断歩道の真ん中で構えていた。
「えっ」
佐々木が怯んだ瞬間、逃げている女性に向かって男は襲い掛かった。助けようとしたいが、足がアスファルトに密着して離れない。怖気づいているのだと気づき、情けなかった。
「大丈夫です。ご覧になっていてください」
ナイフを持った男は何かの拍子に躓いた。それを機数人の人が男を取り押さえた。まもなくパトカーの音が鳴り響き、警察官に男の身柄が引き渡された。
「これで信じていただけますか?」
「は、はあ」
佐々木は頼りなく返事するしかできなかった。
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死の見送り人 佐々井 サイジ @sasaisaiji
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