七、【小四】一つの花
戦時中。幼いゆみ子はいつも空腹で、「あと一つだけちょうだい」というのが口癖でした。そのたび母親は、自分の配給食を「一つだけよ」と分け与えました。
両親は、「ゆみ子は幸せというものを知らずに生きていくのかもしれない」と不憫に思います。
父親の出征の見送りの際、いつものように空腹で「あと一つ、あと一つ」と泣き出すゆみ子。そんな娘に、父は駅のホームの片隅に咲いていた一輪のコスモスを手渡します。
十年後。ゆみ子は父親の顔を忘れていました。自宅の庭にはたくさんのコスモスが咲いています。成長した彼女は、毎週日曜日にごはんを支度し、小さなお母さんをしているのでした。
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本作を学んだ小四当時、「空腹なのに食べ物がない」という状況に対して、さほどピンと来なかったように思います。
それどころか大人になった今でさえ、「飢える」ということを真には理解できていない自覚があります。
だけど人の親として、「我が子がお腹を空かせていたら迷いなく自分の食べ物を分けるだろう」という確信だけはあります。
両親がゆみ子の人生の先行きを案じる場面も、昔はあまり理解できませんでした。
でも今なら分かります。
満ち足りることを知らなければ、幸せを感じることは難しい。物理的にも、精神的にも。
常に何かを欲して、施しを求めてばかりでは、貧しく苦しい人生になってしまう。
出征の日、空腹でぐずるゆみ子に、父親は一輪のコスモスを手渡します。
「たった一つの花、大切にするんだよう」
当然、花は食べ物ではありませんが、ゆみ子は笑顔になります。
この一つの花こそ、我が子の幸せを願う父の想いを象徴するものでしょう。
物語のラスト、十年後の姿が描かれているのがいいなと思いました。
ゆみ子は毎週日曜日にごはん当番をしているのです。
「一つだけちょうだい」とねだるばかりではなく、他者に与えることのできる人に成長したのです。
庭に咲き乱れるコスモスの中に、もう顔も思い出せない父の願いが息付いているように感じました。
作・今西祐行、絵・松永禎郎『一つの花』 光村図書『国語四上 かがやき』2022年発行版 p.68〜77
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