サーラと魔法のたまご ~一日一度だけの魔法

みこと。

全一話

「なんて愚図グズな娘! 今日は食事抜きよ!」


 したたかに頬をたれ、サーラは冷たい床に倒れ伏した。

 エノク伯爵家の日常だ。


 拾い子のサーラに、夫人は容赦しない。

 十年前、伯爵が連れ帰った幼子おさなごを、夫人は使用人以下に扱った。


 夫人が去った後、サーラは重い足取りで自室に戻る。

 館の奥の狭い物置。


(大丈夫。私には母様の魔法があるわ)


 部屋隅に隠してあったたまごを、サーラは取り出した。



「たまごよ、たまご。不思議なたまご。お腹が空いたわ、ご飯を出して」



 サーラが唱えてたまごを割ると。


 湯気の立つ美味しそうな料理が目の前に並んだ。


 どれも本物、良い香り。


 一口食べればサーラの頬が。

 二口食べればしぼんだ心が。


 次々癒され、やがて料理が無くなる頃には、サーラは元気を取り戻していた。


御馳走様ごちそうさまでした」


 サーラに残る唯一の記憶は、母のこの魔法のたまご。

 気づけば辛い伯爵家にいたのだ。



 たまごを割れるのは、一日一回。

 けれど割ったたまごは、翌朝すっかり元通り。


 万能薬も、柔らかな布も。たまごはサーラが望む品を与えてくれる。

 それらはサーラの身も心も、優しく癒してくれるのだった。



 ある時、夫人に秘密がバレた。

 でもサーラ以外にたまごは扱えない。


 夫人は"私の前でたまごを割れ"とサーラに命じ、出た品々を取り上げた。


 そんなある日。


「サーラ! たまごから薬を出して」


 夫人の声が館に響いた。


「奥様。今日のたまごは使用済。まだ割れたままです」


 夫人の希望で宝石を出した後だった。


「大変よ! 旦那様がお招きした王子殿下がお怪我を負われたの! 我が家が責を問われてしまうわ」


 伯爵は王都に勤めた帰郷の際、王子を自領の狩り場に誘ったらしい。 

 血相変えて夫人が叫ぶが、たまごは明日まで戻らない。


 サーラが見た若い王子は、青い顔を苦悶に歪ませ、大量の血が止まらずにいる。


 命の危機を見過ごせず、サーラはたまごのカラを持ち出した。



「お願い、殿下を助けて」



 壊れる覚悟で願いを唱え、手元の殻を砕くと。

 たまごではなく、サーラ自身から光が溢れた。



「これは妖精の癒し……」 


 傷がえた王子が呟く。



 妖精達はたまご型の魔道具で、魔法の練習をする。

 幼いうちは一日一度まで。


 本人は気づいてなかったが、たまごの魔法はサーラ自身の力だったのだ。


「もしかして君は、僕の従妹イトコ?」


 王家に嫁いだ妖精。生まれた姫は、魔法目当ての何者かに攫われていた。



 伯爵家は潰され、サーラは王子に連れられて家族と再会を果たし。


 たまごからは幸せがかえった。

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サーラと魔法のたまご ~一日一度だけの魔法 みこと。 @miraca

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