赤いきつねとご来光
浅野エミイ
赤いきつねとご来光
深夜2時。
富士山頂での沸点は87℃だと聞いた気がする。なんでこの温度までしか上がらないのか小学生の僕にはわからないが、やっぱり山の上だからだろう。ここは日本一高い山だ。
僕は山小屋で赤いきつねを食べる。1杯800円はぼったくりだろと思うが、富士山頂まで物資を運ぶのがとても大変だというのを、昔テレビで見た。その運んでくれる人の苦労代だとするならば、喜んで払うべきだ。僕みたいに物見遊山で山に来ているのではなく、山が仕事場の人もいるのだから。
1杯800円の赤いきつね。フタを開けると、粉末スープと七味を取り出す。粉末スープはお揚げの上にどうしてもかかってしまうのだが、仕方がない。お湯を入れ、5分。
またフタを開けると、ほかほかとした湯気が顔に当たる。だが、すぐに冷えて寒くなる。僕は七味をかけると、まだ粉末が溶け切っていないお揚げを、おつゆに沈める。そして、大きな口でパクリ。こうやって食べると、おつゆが余計にお揚げに染みる感じがして、うまい。
もっちりとしたうどんをすすると、体が暖かくなるような気がする。わがままをいうのなら、この赤いきつねがでか盛りだったらよかったんだけど……。
温かいおつゆを最後まで飲み干すと、僕とお父さんは山頂に繰り出す。ここからが長いんだから、頑張らないと。寒いし、暗い。一歩足を踏み外せば死。それでも山に登るのは、そこから見える景色が素晴らしいから。何も代替の効かない、自然の作り出す芸術を見るために、僕らは山を登る。
時刻は4時半を回った。そろそろだろう。寒い中、体を小さくしながらそのときを待つ。
「うわぁ……」
オレンジ色の光が、雲の上にうっすらとグラデーションを作る。それはゆっくりと、空に昇っていく。しばらくすると、雲海の上にまんまるな太陽。僕と父さんや他の客の頬を暖かく包む。これが御来光かぁ……初めて見た僕は、あまりの美しさに言葉を失った。
それから僕は、赤いきつねを食べるとき、あのときの御来光を思い出すようになった。山小屋の独特な雰囲気に、極寒の山。頑張った先に見えた自然のご褒美。あの御来光の美しさは、忘れられない。
きっとまた、僕は富士山に登るのだろう。自然の作り出す芸術を見に行くために。
赤いきつねとご来光 浅野エミイ @e31_asano
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